スペインの法的性別変更手続が簡易化したのをきっかけに、このトピックについて振り返ってみよう!
スペイン議会は2023年2月16日、16歳以上が法律上の性別変更の手続きをする際に診断書を不要とする法案を、191対60の賛成多数で可決しました。
スペイン、性別変更手続きを簡易化 有給の生理休暇も導入へ
スペインではこれまで、法律上の性別変更手続きには性別違和(生物学的な性別とジェンダーアイデンティティに違和感がある状態)の診断書に加え、2年間のホルモン治療が必要とされてきました。
しかし新法により、今後は性別変更手続きにかかる期間が3~4カ月となりました。
また、対象者が12~13歳の場合は裁判所の判断が、14~15歳の場合は保護者の同意が必要となります。
本記事ではこのニュースをきっかけに、性別変更に関する日本や諸外国の現状や課題について改めて考えてみたいと思います。
日本における性別変更の要件
日本で戸籍上の性別を変更する法律として、平成15(2003)年、性同一性障害者に関する法令上の性別の取扱いの特例について定める「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下「特例法」という。)が成立しました。
この特例法によって、日本では以下の5つの要件を満たすことで戸籍上の性別を変更することができるようになりました。
①18歳以上であること(年齢要件)
②現に婚姻をしていないこと(非婚要件)
③現に未成年の子がいないこと(子なし要件)
④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(生殖不能要件)
⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること(外観要件)
①年齢要件
日本では「性別はその人の人格そのものに関わる重大な事柄であり、また、その変更は不可逆的なものであるから、本人に慎重に判断させる必要がある」ことから、性別変更するためには成人となる18歳以上でないとならないとされています。
一方で今回のスペインと同様に成人でなくても性別変更できる国としては(2020年3月現在)、オランダやノルウェー等があります。
日本と同様に成人でなくてはならない国としては(2020年3月現在)、スウェーデン、イギリス、スペイン、デンマーク等があります。
②非婚要件
日本で非婚要件がある背景としては、現に婚姻している性同一性障害者について性別変更を認めると、同性婚の状態が生じてしまうからであるとされています。
同性婚が法制化されていない諸外国においても非婚要件を設ける立法例は多かったようです。
しかし近年、欧米諸国を中心に同性婚を認める国及び地域が増えており、そのような国では非婚要件が廃止されています。
例えば、スウェーデンでは2012年に、イギリスでは2013年にアイルランドでは2015年に同性婚法が成立した際に非婚要件が削除されました。
③子なし要件
日本において性別を変更するためのに、特例法の成立当初は「現に子がいないこと」とされていたところ、平成20(2008)年の改正法によって、「現に未成年の子がいないこと」に緩和される形で改められました。
成立当初の「現に子がいないこと」という要件は、「女である父」や「男である母」が生じることによる家族秩序の混乱や子の福祉への影響を懸念する議論に配慮して設けられたとされています。
しかし、親子の関係性は多様であるところ、現に子がいる性同一性障害者について一律に法的性別変更を不可とすることには批判が強かったようです。そのため平成20年の法改正によって「現に未成年の子がいないこと」へと緩和されました。
一方で、身分登録の単位が個人である諸外国の立法例には、子なし要件は見当たらないとされています。
④生殖不能要件
生殖不能要件に対しては、
①元の性別の生殖機能によって子が生まれることで様々な混乱や問題が生じかねないこと
②生殖腺から元の性別のホルモンが分泌されることで何らかの身体的・精神的な悪影響が生じる可能性を否定できないこと
が理由とされています。
生殖不能要件に対しては、子が生まれた場合の「混乱や問題」が具体的に何を指すのかが明確ではないとの指摘があるようです。
また、いわゆる「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利;SRHR)の観点からも批判があります。
国際社会においては、世界保健機関(WHO)等は2014 年5月、不妊手術を法的性別変更の要件とすることを批判する共同声明を公表し、日本も国際社会から生殖不能要件について非難されています。
それ以前からもこのような動きがあり、2006 年に国際人権法の専門家会議において採択された「ジョグジャカルタ原則」は、国際法上の拘束力を持つ文書ではないが、「法的性別変更の要件として、性別適合手術、不妊手術又はホルモン療法その他の医療処置を受けたことを強制されない」としています。
20 世紀後半に性別変更を制度化した諸国では生殖不能要件が置かれていましたが、近年、見直しの動きがあります。
例えば、2013年にはスウェーデンやオランダでそれぞれ法律の改正があり、生殖不能要件が廃止されました。
ドイツでは、2011年、連邦憲法裁判所決定によって生殖不能要件を定める規定が違憲であるとされました。
⑤外観要件
日本で性別変更するためには、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」が要件とされています。
これは、公衆浴場の問題等、社会生活上の混乱が生じる可能性が考慮されたものであるとされています。
この外観要件に対しては、4で述べた生殖不能要件に関連して、ホルモン療法、性別適合手術等の身体的治療を要求することは、
①性別変更を望む性同一性障害者にとって身体的・経済的な負担が大きい
②本来的には身体的治療を望んでいないにもかかわらず性別変更のために身体的治療を受けてしまうことがあるのではないか
等の指摘があります。
諸外国においては日本における外観要件のように、生殖不能要件以外に何らかの身体的要件を課す諸外国の立法例は、特例法の制定当初は多くありました。
しかし、生殖不能要件と同様にこれを見直す国が増えており、生殖不能要件を廃止した国(又は当初から除外している国)のほとんどが強制的な外科的侵襲を法的性別変更の要件から除くようになっています。
2004 年の英国法では、ホルモン療法や性別適合手術等によって身体的特徴を変化させることは要件とされていません。
オランダでも、2013年に成立した民法典改正により、4で述べた生殖不能要件を含む一切の身体的要件を廃止しています。
法的性別変更の手続きにおける診断書等の要否
スペインではそもそも手術要件はなく、今回可決された法案は性別変更の手続きをする際に診断書を不要とするものです。
診断書が不要となった国とその年は、ヨーロッパ諸国では、2019年5月現在、デンマーク(2014年)、マルタ(2015年)、アイルランド(2015年)、フランス(2016年)、ノルウェー(2016年)、ベルギー(2017年)、ギリシャ(2017年)、ポルトガル(2018年)、ルクセンブルク(2018 年)が挙げられるようです。
しかし欧州においても全ての国で手術要件が撤廃されているわけではないようです。
ヨーロッパと中央アジアにおける状況が、TGEUが作成したTRANS RIGHTS MAPによって見ることができます。
オレンジ色の国が手術要件の無い国で、グレーの国が手術要件のある国です。
この地図は2022年に作成されたものでフィンランドがグレーになっていますが、2023年2月1日に手術要件が撤廃されました。
男女以外の性別への法的性別変更
以上は主に男女の性別への変更について解説してきましたが、少ないながらも男女(MF)以外の法的性別を用いることができる、ノンバイナリー・オプションのある国があります。
下記の画像で示す、星なしはインターセックス限定、紫の星はインターセックスに限定しない(トランスジェンダーへの適用可能性あり)、ピンクの星は場合による("州による"や、"パスポートにはトランスも使えるが出生証明を変えていいのはインターセックスのみ"など)。
上記で紹介した諸外国と比較すると日本ははるか後方にいるような状況ですが、手術要件の撤廃はもちろん、ノンバイナリー・オプションといった制度が一刻も早く法制化されることが願われます。
引用文献:法的性別変更に関する日本及び諸外国の法制度
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文責:Kazuki Fujiwara
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