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動画の独自性と著作権

僕は最近喉が死んだのでYoutubeの動画が殆ど所謂「ノーコメンタリー」動画になっていたりする。無理しなければ声入れる事は可能なんだけど、この2年間の実績から僕の声と実況には何の需要も無いという事は明らか。更にそれで喉壊すようじゃそんな事をやる意味は全く無いのである。実際、しっかり聞き取れる声を動画に入れるには、それなりの音圧が必要なので毎日何時間もそんな事やってれば何時かこうなるのは予想できた事。人間の声っていうのはその人個人の有限なユニーク資産なのである。僕の喉がもうちょっと強ければ良かったんだけどね。

で、声が使えない場合、ゲーム動画っていうのは窮地に立たされる。
というのは、海外で作られてるゲームはそうでもないんだけど、特に日本のメーカーはゲームの著作権については結構厳しい所が多い。ゲーム動画ってちょっと前までは著作権上完全なグレーゾーンの領域であって、実は今もそれは変わっていない。ただ単に世の潮流的に、それを認めない事がメーカーにとっても悪影響であるという事になって来た為「それならまあルールを守ってくれるならいいじゃない」という感じで”容認”するようになってきただけなのである。
で、そのルールというのが海外メーカーの場合「何か常識外れな事をやらない限り、私たちのコンテンツを楽しんでくれるならOKだよ」という感じ。
国内メーカーの場合「まず常識外れな事はやめてね。それと、私たちのコンテンツをただ垂れ流しにするような事はやめてね。私達は貴方が私達の作ったコンテンツを上手く使って、貴方自身の創造性を活かす事に期待していますよ」という感じ。
なので、「ノーコメンタリー」動画というのはあんまりよろしくは無いというのが僕の見解。カット編集はするしプレイしているのはクリエーターでは無いのでダメでは無いけど、まあ作った側からすると歓迎されるべき内容ではないと思う。
だからその人の声を入れるという事がゲーム動画のその人個人のギリギリの独自性という観点上の防衛ラインであるとも言えるので、声入れられないとなると・・・まあ作らない方が良いかなと僕は思う。
今UPしているような、新作ゲームのDEMO版とかならそんなに問題じゃ無いと思う。むしろある意味ゲームの触りを知るという意味では、究極にダイレクトなPR方法でもあるし。ただ、例えば丸々一作ノーコメンタリーでUPするというのは僕はどうかと思う。ぶっちゃけそれって単なる壮大なるゲームのネタバレであって著作権上も好ましくない。

まあ長くなったんだけど、そんな感じで僕がゲームの通し動画やらなくなったのは時間と労力の問題もあるけど、実際は声死んだのが実は大きかったりする。ただ、でもやっぱり僕は動画作らなくてもゲームやるので、そういうプレイ時間が上手く動画にならないかなって思ったりもする。
それで最近色々動画にコメント入れる感じで動画の作りを変えてたりする。
で、今はくにおくんSPやってるから、これ何か上手く形にできないかなと思って色々試していたりするけど・・・やっぱ声無いとな・・・
人間は観ながら聴くことは出来ても、観ながら観るのは無理、やっぱり声が最強なんです。

不思議なもので、共有性を失って行くゲームプレイは僕にとってあまり意味を成さず、僕は最近ゲームから結構遠ざかりつつある。むしろ何か美味いもん食いたいなって思う時間の方が長くなりつつすらあったりもする。
ゲーマー卒業の日が近いのかもしれない。

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