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日記時々嘘 ボーは恐れている

知らず知らずのうちにネタバレするかも!

アリアスターの映画はとても生命力があって好き。
アリアスター作品といえば、ヘレディタリーやミッドサマーが有名。なんだか気味が悪いだの、後味が悪いと言われがちだけど、アリアスターの作品って人間的で優しいと私は思う。

作品で共通している気がするのは
①この世の理不尽の中で自己反省しつつも生き抜く。でも、その中で苦悩。
②苦悩が解決しないとわかっていても死を肯定的に選ばない。(ただし、例外もある。)

どうにもアリアスターの作品には理不尽、苦悩、死の三つが付き纏ってくる。
現実は生きるに値するか。死ぬに値するか。それを判断することは、人生の途上にいながら判断することはできない。人生の価値を判断できない人間と、不条理な苦痛から逃れ出ることのできない苦しさは、生きている限り付き纏ってくる。
アリアスターの作品には苦悩と共存しようとするもがきを感じる。

今の世の中で価値があるとされる、受け入れられている生き方は、ベンチャー的、いわゆる積極的な生き方じゃないのかなと思う。
「私は私の選択によって作られる!私は私の人生を肯定する。常に人生の選択肢に恐れず向き合う。過去に言い訳をしない!後悔しない!私は行動者なのだ!!」とするあれだ。食い気味な人生を歩むかどうかはどうぞご自由に。と思う。
だけど、積極的な生き方を社会や周囲が望むのは間違っていないか?
苦痛をもたらす不条理に抗うことが本当にそんなに重要なことなのだろうか。
苦痛や苦悩を解決することが本当に重要なのか。
不条理によってもたらされた苦痛や苦悩から逃避することを、善悪のどちらかに据えることはできないのではないか。

アリアスターは苦悩を解決しない。「ミッドサマー」では、結局苦悩の要素を焼き殺すが、解決ではないだろう。主人公の抱える問題は全く解決することはなく、宗教と共同体に絡め取られていくのだ。
「ボーは恐れている」では、逃避の誘惑がある。
例えば共同体、芸術。共同体である一つの価値観に従い生活することは、人生に充足感を与える。共同体に奉仕することが一つ共通の価値にあるからだ。自分の人生の価値を自分の手から共同体へ明け渡すことで不安は和らぐだろう。共同体がそう望むからだ。と逃避できる。
芸術について、芸術はある人生を追体験する装置になる。その装置を通じ自己を変容させる。芸術の作り手の思想世界に追従することになり芸術は気持ちが良い。しかし、それも人生の価値を芸術の作り手へと委ねたに過ぎない。
結局、苦悩を解決するのは自分しかいないのだ。

では、アリアスターの描く人物は苦悩とどう向き合うか。
苦悩は解決せず、逃げることでなんとかその日をやり過ごしている。実存主義で批判される自己欺瞞そのものである。
さらに、逃げることは常に不安を意識化し対峙することと同義であるから、常に不安に苛まれているのだ。
一見、自己解決を図れよとか、現実を見ろよと言いたくなる。しかし、自己欺瞞しつつも生きていることの方が大事なのではないか。とてもではないが直視すると死ぬようなものをわざわざ見なくてんもいいんじゃない?と思う。
メデューサに真正面から戦って死ぬよりは、鏡を見ながら戦略的撤退の方が賢明だよな。と思う。ボーはボーなりに生きようとして生きているならそれでいいんじゃないのかと思ってしまう。

映画の最後に裁判のシーンがあったがあれは、とてもカミュの『異邦人』的だ。
マッチョに生きろ!!という価値観が良いとされる社会で、ボーは異質である。常に逃げ続け、かろうじて生きながらえる姿はとても醜く不可解だったのだろう。
しかし、裁判で捌くとはどういうことであるか。
社会にそぐわない人物を罰し殺害するのは、サルトルの実存主義が批判した社会的な理想や道徳に基づき正当化されている排斥である。
ボーはボーの生きていた社会から排斥されたのである。

社会から理解できないものを排斥するのは簡単だが、本当にそれだけでいいのだろうか。エンドロールで傍聴席の観客がどんどん退席していく。
彼らは裁判の最中あんなにボーに関心を持っていたのに、排斥が完了したとわかると関心を失い私は関係ないですよ、と言わんばかりにいなくなっていく。
アリアスターと映画館で見ている観客だけがボーを見つめている風景。アリアスターは、きっとマッチョに生きていくことも、自己欺瞞の中で生きながらえることもどちらも嫌なのかな。どちらも愚かだと思っているのかなと思ったけど、殺されない限り絶対に自分から死んだりはしないぞという姿勢はありそう。生命力を感じる。
苦悩しまくって人生で溺れかけていた結果その苦悩がまるまるこの映画になったのかなとかいろんなことを考えてしまった。





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