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大好きなお店が閉店する


6年通っていたカフェが閉店する。

“通っていた”と書くと毎週決まった時間に行っていた。と想像する方もいると思うが私は静岡県に住んでいてカフェの場所は東京都池袋にある。そう頻繁に行くことはできなかった。けれど、私が通った6年間このお店で色んな世界を知り、色んな人と出会い、たくさん泣いてたくさん笑った。私の小さな世界、居場所だったことに変わりはない。

◻️何故今回noteに書こうと思ったのか
私は1人でも多くこのお店が存在したことを知って欲しい、覚えていて欲しいと思って衝動的に書き始めました。ほとんど私の思い出語りです。
初めてnoteを利用する為、不慣れなところもありますが目を瞑ってください。

◻️カフェの詳細
東京都池袋にある
『迷走Cafe&Bar閉店しました。』
(公式アカウントhttps://twitter.com/heiten0324?s=21&t=PSXz5lbJqpz0BWuevr7Slg)

1度聞けば忘れられないであろう名前だ。
私がお店にいるときにも「名前が気にになって」と言いながら入ってくるお客さんを何度も見た。落ち着いた白や茶色で纏められた家具や装飾とは裏腹にいつでも笑顔で元気なそらママがいる。

※このお店は元々2016年8月〜2017年3月まで『池袋サンシャイン富士交番』という男装カフェでした。(以下、ISFKと略します)

お店の事を知って欲しい!お店の思い出を残したい!という理由で書き始めたので初めて男装カフェに行った女の話がダラダラと書かれています。

◻️カフェとの出会い
2016年8月、都内の友達から面白い男装カフェができたから行こ!と誘われた。
そのお店こそISFKだった。

『池袋サンシャイン富士交番』という名前の通り交番モチーフのコンカフェなので勿論キャストさんはポリス服を着ている。
他にもポイントカードは免許証と呼び、イチオシメニューはカツ丼だ。

ISFKのポイントカード

ちなみにシャンパン等のボトル系は【有罪判決】と称し値段に応じて「執行猶予5年」〜「死刑宣告」がある。
このような細かいところも魅力的だった。


当時私は男装カフェという存在が気になっており、それこそ当時の池袋や秋葉原等にはたくさんの男装カフェで賑わっていた。1度行ってみたいと思っていたので誘われた時はとてもドキドキしていた。

まずは気になってお店やキャストさんのTwitterをフォローする。どのキャストさんもとても魅力的だ…地毛なのに男装のレベル高すぎでは…?!と思っているとまだお店に行っていないにも関わらず、どのキャストさんもTwitter上でよく絡んでくれた。
文面を少しでも可愛くしたいと思ってたくさん絵文字をつけていたけれど、思い返すとあれは所謂”オジサンがキャバ嬢に送るメッセージ”みたいだったと思う(偏見)
世の中のオジサン達も同じ心情なのだろうか。

特に中性的な顔立ちで人懐っこそうな笑顔が可愛い柊汰くん。下世話な話だが顔がどタイプで絶対に会いたい!と思っていた。

当時のHP

◻️初来店
そして友達から誘われた翌月の9月某日、誘ってくれた友達とISFKへ初来店。
お店の扉の前まで来てとても緊張していた。
入口には木でできた縦の掛け看板に『池袋サンシャイン富士交番』と書かれていた。

ISFK入口

扉を開けると中はシンプルな装飾で、パイプ椅子に机には店名の『交番』を想像させるような緑色のシートと滑り止めシートが貼られていた。
店内には他のお客さんはおらず、金髪で元気な一樹くんと、最近入店した亮くんの2人が迎えてくれた。
案内された席に着き、ドリンクを注文すると湯呑みで飲み物が出てきた。

恥ずかしながら初めてのコンカフェ、格好良いキャストさんを前にしてド緊張していたので話した内容を覚えていない。のだがお店でおしぼりアートと称して友達と一緒におしぼりで男性器を再現するという最低行為をした。出禁にならなくて本当に良かった。

その2日後、当時コスプレをしていた私は別の友達と池袋のスタジオで撮影をした後、再びISFKへ向かった。その日は会いたいと思っていた柊汰くんの出勤日だった。
お店へ入るとすぐに柊汰くんがいて目が合い一瞬の静寂が流れた後、柊汰くんが「まりちゃん?!(私の名前)」と口を開いた。
あぁ、目の前にいる……会えたんだ……と感動と同時にまたも緊張が私を襲う。
どうやっても目見て話せない。そんな乙女のような自分も気持ちが悪い。が、顔が良い自分のどタイプの人が目の前にいるのだ。
この日は柊汰くんと、もう1人切れ長な目で美人の零斗くんがいた。

フードメニューのたこ焼きを注文した。白いお皿に盛られた6つのたこ焼き、お皿には柊汰くんがソースと青のりでアンパンマンの顔面を落書きしていた。
柊汰くんになんでアンパンマンなの?と聞くとアンパンマンが好きだとのこと。

可愛い。


特にメロンパンナちゃんとクリームパンナちゃんが好きなのだと。

ただただ可愛い。

推せる……。

もう完全に柊汰くんしか見えていなかった。

帰る前に個人ブロマイドの購入とツーショットチェキを柊汰くん、零斗くんと撮ることにした。
チェキなんて初めて撮るからポーズなんて言われても触ってもいいのか分からないしただただ困惑していた私を見て零斗くんが「壁ドン顎クイチェキ撮ろう!」と言い出した。

えっ?えっ?え、ええ??

混乱している私を他所に零斗くんは私を壁ドンし、顎に手を添える。

人生で1番緊張した。
鼻息が触れてしまうから息ができなかった。
零斗くんに目を見てって言われたから頑張って目を見た。綺麗な人の目にこんなブスを入れてしまうのが申し訳なかった。

続いて柊汰くんとのチェキ。柊汰くんも人見知りするタイプだと言っており、チェキを撮る前ポーズをどうしようかと2人であたふたして結局2人並んで柊汰くんが私の肩にもたれ掛かるチェキを撮った。
もうそれだけでも心臓が破裂するかと思うくらい緊張した。我ながらチョロいな〜と思った。

チェキに落書きをして貰い受け取ったチェキを見ると顔が強ばってるも鼻の下は見事に伸びている自分がいた。

帰りの新幹線の中でずっとチェキとブロマイドを眺めていた。
ブロマイドにもメッセージを書いてもらった。何度も何度も読み返した。

今までにない幸福感が身体を包み込んでいた。

完全にハマってしまった。

余談だが柊汰くんは漢字が苦手でチェキやブロマイドでも何度も誤字していた。そこが可愛い。

苦手なのに必ず『会う、出会う、出会えて』→『逢う、出逢う、出逢えて』と書いていた。
違いを調べてみたら『逢う』の方は”運命的な出会い、強い心情がある”という意味があった。

柊汰くんが考えて書いていたのか今となっては聞くことはできないけれど、自分の都合の良いように解釈することにした。

◻️男装カフェに通った半年
そこから毎月必ずISFKに通った。
初来店から1ヶ月後、ハロウィンイベントが2日間開催されるということで友達とISFKへ。
そこで初めてのちにそらママと呼ばれる長官とも出会った。

ハロウィンイベントということでいつもの装いではなくみんな個性豊かな仮装をしていた。
因みにだがこの時点で私は柊汰くんと亮くんが推しだった。

2日間とも柊汰くんと亮くんが出勤していて楽しく過ごしていた。
余談だが因みにこの日も友達とおしぼりで男性器を作っていた。

そんな男装カフェ初心者の私はまだ何も知らなかった。

コンカフェの世界に対して無知すぎた。

最後チェキを撮って帰ろうと思い、柊汰くんとチェキを撮ろうとしていると撮影していたら近くのテーブルに座っていたお客さんがこちらを見て「柊汰ァ〜早く来てよ〜!」とわざと私に聞こえるように話していたり、チラチラ見ながら同じテーブルの友達らしき人とコソコソ話している。

もちろん私の耳には届いているし見えてるしとにかく居心地が悪かったしチェキも早く終わらせたかった。

多分そんな気持ちが表情に出てたのか柊汰くんが撮り終えた後、小声で「ごめんね」と呟いたのを聞いて余計に辛くなってしまった。
柊汰くんは悪くないし私も悪くないのにどうして楽しかった気持ちを壊されなくてはいけないのか。

それから帰るまでずっと早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
落書きをしてくれたチェキを受け取るとすぐにお店を出たくてお見送りしてくれた柊汰くんと目も合わせず店を出た。

一緒にいた友達も察してくれていたのか何も言わず、だからと言って無理に会話をしようとしなかった。助かった。
何か話したら涙を我慢できずに泣いていた。

山手線に乗っているときもずっと我慢して、新幹線に乗って1人になった瞬間静かに泣いて家に帰った。

後から知ったことだがあのお客さんは柊汰くん推しの子で、所謂同担拒否の方だった。

今思えばまぁコンカフェだしこういう事なんて普通にあるんだろうなぁ…………ってなるか!!!!!!!!!不快にさせるようなことするのはだめだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

早く帰りたかった私はお店にいる時にチャッキーの仮装をしていた亮くんが付けていたナイフの被り物を腕に着けたまま取るのを忘れ持って帰ってしまった。本当に馬鹿。

そこから私もお店に行くたびに過激な同担さんがいないかビクビクしながら過ごしていたし、情緒不安定になってしまい結果面倒くさい客になっていた。良くないね。

柊汰くんも亮くんも優しかった。2人だけじゃなくてみんなら優しかった。楽しかった。

ハロウィンイベントだけじゃなくてその後にはクリスマスを一緒に過ごしたり誕生日もお祝いしてもらった。
楽しかった。色んな話をした。
途中、卒業したキャストさんもいたけど新しく入ったキャストさんもいた。みーーんな可愛くて格好良くて優しくて面白くて魅力的だった。

◻️ISFKの閉店、閉店しました。の開店
2月、突然ISFKの閉店発表があった。
この時、キャストさんがかなり減っていて心配だったことが現実になってしまった。
受け入れられなかったし受け入れたくなかった。

ISFKと出会って7ヶ月たくさん楽しいこともあったしたくさん泣いたし色んなことや知らなかった世界を知れた。

ISFK閉店する10日前、公式Twitterから3月下旬にお店がリニューアルオープンすると告知が出た。
リニューアル後はコンカフェではなく、見た目や性格に拘らないLGBTのキャストさんがいるお店になるよ。という内容だった。
キャストさんは誰がいるのか、今いるキャストさんなのか、そういった情報はなかった。

3月某日、ISFKの最終営業日。
オーラスでお店に入り浸り柊汰くんの残りブロマイドを全部買い占めた。
何十枚もあったのに嫌な顔せず全てにメッセージを書いてくれた。
チェキもたくさん撮った。私は自己主張することが苦手だったが思い残すことが無いように一緒に撮りたいポーズをお願いして撮った。

最後、ポイントカードの特典を消化する為にツーショット動画を2本撮った。

柊汰くんとたくさんの思い出を残した。

閉店時間になりお店を出る。
お見送りしてくれた柊汰くんは最後まで笑顔で「またね」と手を振ってくれた。

これも余談だが通っているうちに緊張も解れていた私はキャストに乗せられ最後までチョけてやろうと思い、来店特典の缶バッジでふざけた。

数日後、公式Twitterが『迷走Cafe&Bar閉店しました。』のオープンを発表した。

閉店しました。の公式Twitterができていたので見てみるとそこには柊汰くん、一樹くん、そしてISFKに途中入店していた陸くん、長官がいた。

みんなISFKの時と名前を変えています。
・柊汰くん→らく
・一樹くん→嶺
・陸くん→ちとせ
・長官→そら
(以下、この呼び方に変えます)

初めて閉店しました。に足を運んだのは6月だった。
お店の雰囲気もガラッと変わり服装もみんな私服。アットホームな雰囲気で何時間いても話が尽きない。

閉店しました。になってもほぼ毎月遊びに通っていた。
“柊汰くん”のときに抱いていた感情は完全に消えたわけではないがいつの間にかそれ以上に一緒に話していて、呑んでいて楽しい!お店が好き!という感情に変わっていた。

頻繁に通えていなかった私でもお店で出会った友達がたくさんいる。
1度しか会えなかった子もいるけれど、その1回がとても楽しくて記憶に残っていて、クサイけどそれが一期一会なのかな。なんて思ったり。

そこから2年閉店しました。で楽しく過ごしていた。
2019年9月、半月後にらくちゃんが卒業すると発表があった。
最終日私には予定があり、卒業までの半月の間にも行ける日がなかった。
最後に見送りができない悔しさでいっぱいだった。

その後も私が忙しくて年内に遊びに行けずにいた。お店にいる嶺ちゃんやそらママに推していたらくちゃんが卒業したから行かなくなった。と思われているんじゃないのかと色々考えてしまった。
そして2020年に入りコロナが流行し始めた。
同時に嶺ちゃんもお店を卒業した。

コロナ流行により自粛自粛が続き県外に出ることすらできなかった。
お店にはそらママしかいないけれどママとお話したい気持ちでいっぱいだった。

◻️約2年振りの来店
去年11月、私は都内に行く用事がありママには内緒で閉店しました。の扉を開けた。

一瞬動きが固まるそらママ。
直後驚きの声を上げた。
私も嬉しくなった。

やっぱりらくちゃんが卒業したからお店に来て貰えなくなってしまったのでは。と思っていたらしい。もちろん全力否定した。

たくさん色んな話をした。会えなかった2年を埋めるかのように色んな話をした。
途中そらママが泣きかけた(というか泣いてた)
私もつられて泣いちゃうかも?って思ったけどそれよりも今目の前でそらママと話ができていることが嬉しくて楽しくてずっと笑ってた。
ぶっちゃけ話もたくさんした。ごめんなさいもした。聞けなかった話も勢いで聞いた。ママも色んなことを教えてくれた。当時たくさんそらママが頑張っていたことを知った。ママだけじゃなくてキャストさん全員大変な思いをしていたことも知った。
そらママは本当にみんなのことが大好きだった、愛していた気持ちがたっくさん伝わってきた。
途中そらママが私の写真を撮ってらくちゃんへ送っていた。すぐに返事が来た(笑)

ほんの数時間だったけど楽しくて幸せな気持ちでいっぱいになった。
初めてISFKに行った時と似た気持ちだった。

2年振りの再開から数ヶ月、今月5/28を最後にそらママの卒業と共に閉店しました。の閉店が発表された。
衝撃が走ったとはこの事を言うのか。
発表があった時、私は仕事をしていた。
仕事どころでは無くなってしまった。
頭が真っ白になった。

どうにかして行かなければ。と思い予定を確認すると最終日は予定があったがその前に行くことにした。

今も閉店しました。が閉店してしまうことを受け入れたくない気持ちでいっぱいだ。
けれどそらママ自身が決めたことで、ママがやりたいことをする為に決断した結果なのだから私も逢いに行くまでに少しでも気持ちを整理して、今度こそ好きな人を笑顔で見送れるようにしようと思う。


◻️最後に
こんな支離滅裂で長文な思い出語りを最後まで読んで下さりありがとうございました。
閉店しました。は5/28まで営業しているのでお店に足を運んでください!偉そうな言い方みたいになってしまっているのですが本当に1人でも多くそらママとお店の魅力を知って欲しい!という気持ちでいっぱい!ただそれだけです!

そらママTwitterアカウント:@sora0324heiten

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