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植物を育てること

ベニバナの芽の表面が、ラメのようにきらきらしていることを知った時に、心が同じようにきらめくことを幸せだと感じる。そう感じられることもまた、幸せだと感じる。

私はペットを飼ったことがなく、植物を育てても水をあげすぎて枯らしてしまうタイプで、さらには圧倒的末っ子気質であるため、何かを育てるということをしたことがほぼない。

あえていうなら2年で飽きた「てんしっち」やゲームのポケモンなどだが、育成をやりこんだこともない。

そんな私だが、この秋から植物を育てることにチャレンジをしている。
水耕栽培によるバジルやパセリ、鉢植えによるベニバナ、ジャーマンカモミール、キンレンカ、コリアンダー。
その他もろもろ。
根腐れさせたり萎れさせたりジタバタしているが、これがとても楽しい。

きっかけはyoutubeでたまたまおすすめにでてきた「Her86m2」という動画チャンネルだった。


ドイツで暮らしているベトナム人の女性が、日々の暮らしのvlogを美しい動画と音楽と共に紹介してくれるチャンネルなのだが、心の豊かさや繊細さにとても胸を打たれる。

そして強烈な憧れを覚えた。

丁寧に、そしていつも試行錯誤しながら自分を愛し、家族を愛し、自然を愛し、子どもや植物、動物を慈しみ育てること。
そのやりとりの中で、幸福を得て、自覚し、また、幸福を返すこと。

幸せになる努力を正しく積み重ねてきたような姿に眩しくなった。

「やりたいことをやってみる」ことができるまで気力が回復してきていたので、まだ心が熱い内にやってみることにした。

(計画から実行までをなるべく短くしてみたことはとてもいい習慣だった)

大の虫嫌いのため、避けてきた分野でもあったけれど、植物を育てるというのはまあなんと癒されることか。

種から根が出たとき、芽が生えてきたとき、夜になると葉が閉じて、朝起きるといつのまにか小さな葉が増えていたとき。

がんばれ、がんばれ、と思う。
かわいくて、何度も見に行ってしまう。
生きている姿に強く励まされる。

食いしん坊のため、食べられる植物ばかり育てているのだが、きっとこれらをいただくときは、いつもよりずっと多く、生きるエネルギーに換えられると思う。

わたしもこのようになりたい。
何もない、役に立たない、と思ってしまうときもある。けれど、誰のためでもなく自分のために生きている姿が、残したものが、自然と誰かの励ましになるような。

ちゃんと育てられるだろうかという不安と、明日はどんな姿を見せてくれるのかという楽しみを、植物たちは予想外のたくましさでどんどん裏切ってくれる。

繊細さとたくましさは両立できる。
強烈な憧れは、私を活かしてくれる。
この秋はそんなことを学んだ。

3月にはさらに育てるものを増やしていきたい。

明るいベランダより、この気持ちを書き残しておく。

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