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しっけばらい

じゃばじゃば雨が止まないので、
はやくおうちに帰ってしまった。
ちょうど玄関で母と鉢合わせる。

ただいま。
そしておかえり。

家のなかはじっとりと暑くて、薄暗い。
いつもならパタパタと台所に向かう母が、
のんびりと
「あ、なぁんもないわ」
と言いながら冷蔵庫をのぞいているので、
きっと同じようにこの雨にうんざりしているんだろう。

「そうめんにしようか」
とつぶやきながら
ぼんやりテレビの前の人になった母を横目でながめて、
こんな日に夕飯なんて作ってらんないよね。
と冷蔵庫を開ける。
ホントになんもねぇな。

買い出しにでもいくかねぇ
という気分を、
屋根に叩きつける雨の音が丁寧に打ち消す。
一応、腹は減っているのかと声をかけたらみたら、
テレビのほうからの返答は
「ぜんっぜん」
だった。
だよね。

私だって別にすごくお腹がすいているわけではないけど、
こういうときの夕飯は、
食欲のある方が作るべきなんだろう。
とりあえず豆腐と納豆はある。
こんな夜だもの、
あとは肉か魚がちょっとあればいいんじゃないかな。
あ、チルドのところにへしこがある。

へしこというのは郷土料理で、
簡単に言うと鯖のぬか漬けだ。
開きにして、内臓のあったところにもぬかを詰めて漬けるので、
一本買うと背骨のある半身とない半身ができる。
背骨がない側はちゃっちゃと切って食べれるけど、
背骨のある側はちょっと厄介だ。
焼けばいんですけどね。
脂っけが多くて匂いが強いのでね。
薄切りにすると
骨がある分切りにくいし、ひっかかってぼろぼろ崩れてくる。
まぁ、今日はそういう夕飯なので、
みめの映えなさは脇において、
ガチャガチャに身の残った骨も弱火でじぅじぅ焼く。

とりあえず薬味がたくさんあれば夏らしいんだろうと
あれこれ取り出してきては細かく刻む。
雑な発想だけど、頭がまわんないんだ。

物々交換の末に舞い込んだ紫蘇が一株あったので、
葉を2、3枚もぎとって
パンと叩く。
そんなに力を入れたつもりはないのに、
若葉は両手の間で破けてしまった。
わっと香りが立つ。
押し込むように細かく刻むと、
明るい緑がまな板に散る。
いいなぁ。

だし茶漬けにしたくてひいておいた出汁を温めなおして、
へぇ、今宵はこのような始末で。
と食卓に運んでいる間に、
テレビの前の人が
ゆうらりと台所へ立って
トマトサラダを作ってきたので、
パッと見た目が華やかになる。
バランスとか、献立とか、
毎日のことの積み重ねの差が
こういうところに現れますな。

焼いた骨と
薄切りの身をあわせて
出汁をかけると、
脂のとけでた出汁の旨みと
塩気の効いたカリカリの骨がたまらない。
そこへただよう紫蘇の香りの
若々しさ。

特別に手がかかっているわけじゃないけど、
うん、ちょっと元気がでたね。
おいしい。
こんな雨の晩なのだもの。
お腹が満ちたら何もせずに寝てしまいましょう。

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