「鵞鳥湖の夜」

 昔はノワールもの、バイオレンスものも好きでよく見たが、年を取ったらめっきり弱くなった。それでもこれを観ようと思ったのは、スチールの絵に惹かれて。
 確かにバイオレンス的場面はあるし、血も流れるしリアリティもある。けれど、かなり抑制された映像で、監督がどこまで見せるかをきちんと意識しているのがわかる。結果、私のようなちょっとそういう場面がつらくなってきた人間にも大丈夫な品の良さがあった。
 何より映像の美しさに、それもアジア的な美しさに久しぶりにうっとり。主人公二人のなんともいえぬ佇まいに目が釘付け。美術館で上映されるようなアートフィルムに寄り過ぎていないのも好感。ストーリーも複雑すぎず単純すぎず。
 全編を通して、そして最後の場面まで見て初めて、男女に起こりうる(男同士にも女同士にも、もちろん)恋愛でもなく、性愛のみでもない、情愛というか、つかの間のあわいのような交歓というか、心の通じ合うほんの瞬間のような、その言葉にならない情感が確かに映像から伝わってきた。
 たまに、人と通じ合ったと思うことが確かにある。
 次の瞬間、それは幻想だったかもと思うこともあるけれど。
 その、瞬間の奇跡のようなもの。
 いわく言い難いその瞬間を確かに見たような気がした。
 映画はときにそういうものを、確かに見せてくれるのがやはりすごいと思う。
 第七芸術の素晴らしさをたっぷり味わえる一本。これはやはり映画館で見るのがいいと思う。

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