「スパイの妻」

 久しぶりに混雑した映画館で一席おきを懐かしみながら「スパイの妻」を鑑賞。
 多くの評論家が蒼井優の素晴らしさを書いていて、私もそれに異論はないが、個人的には高橋一生の凄さを強調しておきたい。
 彼の、何よりも動きの美しさに痺れた。そしてセリフの切れの良さ、得体の知れなさ。私は往年の森雅之を思った。
 三船を目指す人は多いだろうが、森雅之を目指す人は少ないと思う。
 ぜひこの静かな凄み、姿の美しさ、底の知れなさ、を保っていってほしい。できるならこの凄さを生かせるような役をたくさん演じてほしいと思った。
 そして東出昌大の不穏さ。やはりただものではない。この人の存在の大きさが評価し直されるきっかけになれば何よりと思った。
 濱口&野原の脚本は黒沢作品に今までと違う色を加えていた気がした。それがよい意味での間口の広さや、作品全体の強さのようなものになっていたのではないかと思った。
 最後に、これはセリフの美しさを味わう映画でもあった。それが往年の名画を思わせたのではないかとも思った。「お見事です」を、日本語を解さない人は字幕で見るのだろう。それでももちろん伝わると思うが、それでも、久しぶりに日本語を解するものの特権を味わった気がした。
 騙し、騙される、愛という罰を受けた男女の物語に、眩暈を覚えながら酔った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?