ピアノを弾く者にとっては、MVのストーリーに感情移入せずにいられない

Pianista

初めて聴いた時に、腰が抜けたシリーズの代表格。2023年で最も衝撃を受けた楽曲は間違いなくこれだ。たいていHISASHI楽曲は想像の斜め上、鋭い角度から攻めてくるが、さすがに長いことファンをやっていると、並大抵のことでは驚かなくなってくるが、今回はまんまと彼の術中にはまってしまった。術中にはまったと言っても、なんとも心地よい感覚しか残らないものなので、なんなら幾らでもはまっていたいくらいなのだが。

HISASHI楽曲のあるある要素の一つが変拍子だが、のっけから8分の7拍子という、楽譜上でそんな表記を見たことあっただろうか?と思うほど、馴染みがない。馴染めない。この拍子はHISASHIというよりアレンジャーの方が仕掛けたものっぽいが、HISASHI楽曲でないとこの荒技(リスペクトを込めてこの表現を使います)は成立しないであろう。初めて耳にした時の違和感だらけの8分の7拍子は、繰り返し耳にすることで、中毒性に変容する。そう、変態するのである。
なぜ、耳馴染みの悪さが、変態して中毒性に変わるのか。違和感の正体を知りたて、どういう構造になっているのか解き明かしたくて、何度も聴くうちにメンバーが要所要所に仕掛けている中毒性因子にどんどんと中枢神経を蝕まれていくからだ。中毒性因子の正体が何かは判然としないが、確実にこの楽曲を何度も繰り返したくなるスイッチを何度も押されるような因子が散りばめられているのだ。そうでなければ、こんなにも何度も聴いてしまう理由が見当たらない。

メンバーも口を揃えて、過去最高難度であると言うが、ライブの時もそうだが、苦戦を強いられているようにまったく見えなかった。ある意味で、メンバーもこの楽曲に取り憑かれているのだろう。TAKUROが歌詞の観点で、今までのHISASHIが表現する世界観と一線を画すものであるということを言っていたことが興味深かった。今回の歌詞もまぁ、聞いたことがことも触れたこともない言葉がたくさん並んでいるからこそ、その言葉の強さに引きづられてしまったが、さすがは作詞家TAKURO。目をつけるのは、エッジのきいた単語ではなく、普段使う言葉を詞の中でどのように表現しており、他の楽曲とどう異なっているのかという点。メンバーから見た分析がまた面白い。

変拍子であることに加え、一音の中に乗せる文字のチョイスとか、休符の使い方とか、それこそエッジのきいた単語と単語の組み合わせとか、ボーカリスト泣かせの楽曲だと思うが、TERUのリズム感の良さからか、そこに不自然な感じはもちろん、背伸びをしている感じやリズムをとりにくそうにしている感じがまったくない点に恐れ慄く。そして、GLAYの曲にする。ライブでは、想定以上のパフォーマンスになる。

JIROのベースもよく動くし、歌う。JIROのリズムの取り方がこれまでの楽曲とは異なり、流れるようなしなやかな動きの中に、独特のリズムを刻む。このリズムの取り方は、この楽曲が生み出した発明であると思っている。HISASHI楽曲、あっぱれ!

MVとライブ演出である導入のクラシックの楽曲もまた、この楽曲を一層彩るには欠かせない存在だ。

#GLAY #pianista #8分の7拍子 #HISASHI楽曲の真骨頂 #JIROのリズムの取り方

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