メジャーな曲なのに、これほどの切なさをもたらす要因は何なのか

Runaway Runaway

ラスサビの「♪よく晴れた〜」のTERUの歌い方が好きと言う話は、相方との共通認識。低音から高音に一気に飛ぶところに艶っぽさがあり、それでいて切なさを感じさせる。
そう、そんなふうにこの楽曲全部に通ずることは、対比による矛盾が起こること。ベースとなっているのは、明るいメロディなのに、切なさを感じること。そして、何よりタイトルが「Runaway Runaway」であること。
個人的には、前向き子な楽曲であると捉えているけれど、ただ、その前向きさも天然のものではなく、後天的なものであり、そのために強いられた苦労が存在している。そのことに気づくことが、この楽曲がポジティブな楽曲であると捉えることにつながる。

初めて聴いたのは、ライブだった。GLAYの王道を突き進んでいるような楽曲だったので、新曲として聴いても、すぐに体が覚えた。当時は、今のようにスクリーンに歌詞が表示されることはなかったため、2公演で聴いたけれど、歌詞を味わうよりも、とにかく気持ちよくライブで跳ねられる曲であるという認識。当時は、さほど切なさを感じることはなかった。

そして、満を持して音源となったのが、『THE FRUSTRATED』というアルバムの12曲目。13曲目に「STREET LIFE」が収録されているため、それに引っ張られてからかもしれないが、アルバムの収録楽曲として耳にしたときに、切なさを感じた。気持ちよくライブでノレる楽曲という認識でいた自分にとっては、戸惑いの瞬間。どうして、切なさを感じるのだろう、不意に泣けてくるのはどうしてだろう・・・未だに明確に言語化できる理由は見つからないけれど、冒頭のTERUの歌い方も含めて、セトリに含まれていたときには、小躍りするほど、好きだ。

TERUの力強くて、でも艶っぽくで、それでいて切なさまでも連れてくるボーカルにとどまらず、ギターもベースもドラムもまた、楽曲に通ずる切なさロックを体現している。
まずは、Aメロ。ここは、もうベースとドラムがうねるうねる。ベースが低音で歌うようなメロディアスさも感じるベースを弾くときには、その後ろでドラムが一定のビートで楽曲をコントロールする。1番終わり後は、ドラムが煽るようなリズムを叩けば、太い音でベースが楽曲を支えながら誘導していく。
ギターは、ちょっとした不穏そうな雰囲気であるドラムとベースがメインの掛け合いに割って入ってきて、GLAY節炸裂ソロで別の世界への扉をスッと開ける。曇っていた空を見上げると、重さるようにひしめいている雲の隙間から少しずつ太陽が姿を見せるようなパッと花を咲かせるギターソロ。それが、救いのように感じる。
その時は、ドラムも煽るように細かくて速いリズムで煽るように、2番Bメロまでを一気に引き連れていってくれる。めちゃくちゃ息があがっているけれど、頂上から見た景色にすべてがチャラになるようなそんな感覚。

対比による矛盾の正体は不明だが、始まりから終わりまでを通して聴くと、なぜか1本の映画を鑑賞したような気持ちになる。これもまた解明が難しい謎だ。

↑やばい、PVがカッコ良すぎるだろう!!!!!

#GLAY #runawayrunaway #明るくて切ないという矛盾 #立てた襟が似合いすぎるベーシスト #洞窟のような場所で歌う

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