夜9時の病室に添えられたもの

Hospital pm9

親からの愛をこのような形で受けられる子供がいるのかと、ある意味で衝撃だった楽曲。これまでにTAKUROが作る楽曲の中には、親と子について書かれた楽曲はあるが、自身が親になる前に、「どうしてそこまでリアルな表現ができるのか」と思わせるようなものにだったり、自身が子供の立場で書いた楽曲はあったけれど、「これはフィクションではないだろう」と強烈にい感じた楽曲は、おそらくこれが初めてなのではないかと思う。それほどまでに、リアリティがあり、それに心の奥の方をぎゅっと掴まれ、息がつまるような感覚に襲われる。

どんな思いで、何をきっかけにこの楽曲を書こうと思ったのか。いや、当たり前のように作品を作る中で、このような楽曲が自然と生み出させることに、理由はないのかもしれない。だとすると、それをこの『MUSIC LIFE』というアルバムに入れようと思ったのか、世に放とうと思ったのか。こういうところに、TAKUROの人となりや、GLAYというバンドの懐の深さを感じる。一人のアーティストとしての感情をメンバー全員が音にする、それを形として発信する。簡単なように見えて、これを自然とできるバンドがどれだけあるのか。経緯は分からないが、TAKUROがやりたいと言ったら、やれば良いという結論になることは容易に想像できる。
『MUSIC LIFE』の中で、「妄想コレクター」の後にこの楽曲に切り替わる展開。命について、異なる方向から書いた楽曲。それも、作者が異なるにも関わらず、根っこにあるものが共通している点も含め、バンドの底力のようなものを感じずにはいられない。

楽曲の大サビでのTERUの高音がどこまでも続くところに、優しさだけではなく、主人公の子供へのエールというか、闘う姿に向けたある意味での敬意を込めたメッセージ性を感じる。一貫した優しさのような、労わりの感情のような歌声が、最後の最後で力強いロングハイトーンになるところには、子供だからとか、そういう感情ではなく、一人の人間に対する畏敬の念のようなものを感じ取れる。そういう感情を歌声に乗せることができるボーカリストだからこそ、作者も信頼して楽曲を任せることができるのではないかと思うし、この人に歌ってもらいたいと思うのだろう。

夜9時の病院は、静かで冷たくて、寝付けない夜ほど、時間の経過が長く感じて。。。それにそっと寄り添ってくれる楽曲、そう思う。

#GLAY #MUSICLIFE #Hospitalpm3 #親の愛

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