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『特集・2024』No.3210、フロントガラスが鏡になる


日報「空車300km、実車0km」

デジタコ=信頼性向上

佐藤さんから川口市のセンターについて話を聞いていると、スマホに1件の着信があった。どうやら管理職Oさんからで、週明けのスケジュールに変更があったとのこと。

4月1日から年間の残業規制が設けられ、時間は960時間。1年=12ヶ月なので一月あたり80時間、1日辺りは20日出勤で考えると4時間となる。
毎日そんな残業していたら普通なら気が狂いそうになる。日付変って間もなく出発、定時と言われる8時間でまだ朝、4時間残業なら昼過ぎ。通勤渋滞、満員電車に揺られる一般のサラリーマンは夕方で定時だから、早く終わる感覚に陥るのか、佐藤さんは淡々と状況を話し始めた。

給与明細に残業や深夜手当が無くても、行政が覗く視点は日報が軸になる。ドーナツ形の用紙を使用するアナタコ(=アナログタコグラフ)はセットの方法次第で時間をずらすことができ、改竄は至る所で行われていると言われる。

佐藤さんはある運行の日報を見せてくれた。

1:00 ○○運送 群馬営業所 出庫
4:10 松戸市上矢切 休憩
5:20 千葉市花見川区○○ 休憩
7:00〜7:27 千葉市花見川区○○ 荷卸
9:40〜10:10 和光市新倉 休憩
13:10 ○○運送 群馬営業所 帰庫

佐藤さん提供 3月某日日報より

デジタコの日報はドライバーの手書きが無く、荷役作業や休憩場所の位置情報、スピードや回転数と言ったデータが記録される
430休憩が万が一取れなければ「長時間運転」として記録され、規定の運行時間からオーバーすればそれも記載される。
アナタコのように紙の扱い次第で誤魔化しが可能なシステムとは違い、記録を電子に全任してドライバーの手が入らないシステムだから、信頼性は高い

日報にない、膨大な残業

佐藤さんが見せてくれた記録は、朝1時に会社を出発し千葉県へ走り、13時頃に帰社している。拘束時間は12時間弱で、その日は4時間の残業となった。

しかし、この記録を見ておかしなことに気が付く。出庫して千葉まで走り、高速と一般道を交えて帰ってきた記録に嘘は無いと言うが、翌日分の荷物はどうするのか
帰路でパッと積めるなら「積込」記録があるはずだし、待機時間が発生するなら長さによっては所定時間内に収まらないことになる。
それについて佐藤さんに聞くと、同じ紙面のある場所を指差した。

空車 300km 実車0km

佐藤さん提供 3月某日日報より

空車」とは荷が積まれていない状態で、積まれている「実車」状態に積み合わせる方法と、空車をチャーターするのとでは運賃計算が変わってくる。
日報上のこの記載は言い方を変えれば、何も積まずに千葉まで走り、何故か「荷卸」をして会社へ戻るという超赤字運行。それは、運送会社の仕事として成り立っていない。

佐藤さんはこう証言する。
積み込みは会社の倉庫で行います。法規制が厳しくなってくる昨今、少しでも時間を確保して高速代を抑えるべく、出発から会社に戻るまでの最低限だけ記録に残し、積み込み作業は帰庫処理をしてから行います。
つまり、この運行記録には重大な違反行為が隠されており、日報の拘束時間+1時間以上は毎日だと言う

繁忙期の恐怖

佐藤さんの働く運送会社はデジタコの高い信頼性を利用して、記録にない残業を強いるという事実が発覚した。
記録外の作業は、監査の目は届かない。

しかし、普段の残業に対して溜息混じりで語る佐藤さんの語気が若干強まった。
倉庫のキャパも、台数や出荷量が多ければパンクする位。だから出きらない分は前の車が積み終わるのを待たないとダメなんです。多い時で待機時間が2時間、積み込までに4時間以上かかることもありました。

こうして人は辞めて行く

佐藤さんは再来月でトラックを降りることを決意したという。未払い残業代+未記録残業代で完全に搾取される事例は他にもある可能性がある。

佐藤さんはこう言った。
愛車のフロントガラスに、今まで以上にハッキリと顔が映りました。まるで鏡のように。
それは過労状態の彼を引退へと導く為に起きた、幻覚症状だったのか。
そして、今まで問題を放置し続けた運送業に対する戒めとして、「これ以上走らすまい」という神様からの罰なのか。

結局、何も変わらなかったのだ。

          佐藤さん編、一旦完結

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