ミスチル桜井さんとロンドンで握手をした話
カラオケ、好きです。
カラオケ、行きたいですね。
昔から小林武史さんとミスチルが好きだった。
いつからだろう。恐らく、中学生の頃から。
僕は中学生の時、全く恋愛をしていなかった。
いや正確には「ちゃんと好きにならない限り、付き合ったり好きとか言ったりするのは不貞行為である」と思っていた。
当時、友達と自転車で下校している時「求一郎は全く恋愛しないのに、"Sign"とか聞いて、何で感動できんの?」と言われてショックだった。うるせえ。いいだろ別に感動しても。
彼は最近、連絡が届いてプロのアートディレクターになっていた。おめでとう。本当にすごいね。
いつか何か御一緒できたらいいね。
小林武史さんから派生して好きになった音楽も沢山あって、リリィシュシュのアルバム『呼吸』は、冗談抜きで、寝る前にイヤホンを通して100回は通して聞いた。
あのアルバムは、夜、眠れない身体に溶けるように染み込んでいく。
昔、劇団をやっていた時に自分の演出の公演で、『アラベスク』を流したなあ。
岩井俊二さんの映画も、実は小林さんが劇半を手掛けているということで知ったのが最初だった。
小林さんプロデュースの楽曲の、清々しくて瑞々しい、恥ずかしいぐらいの"青さ"が、とても好きだった。てらいがない。
僕らが当然のように日々相対し、向かい合うのはいわゆる"芸能人"と呼ばれる人達である。
有名なスターやアイドルの方、あんな方やこんな方、多くの俳優さん女優さんと、これまでご一緒させて頂いてきた。
しかし、いちいち相手を有名人や芸能人だからと奉っていたり憧れまくったりしていたら、何も出来ないし、同じ人間なことには変わりないので、毎度、恐縮な気持ちを持ち、敬意も払いつつ、当たり前に接している。
そりゃそうだね。
とにかくミスチルは別なのである。
僕はどうもミュージシャンとお笑い芸人さん、アイドルに対するリスペクトを強く持っているようである。
あの方々は、俳優とは別格なのである。
正直に言うと、しょうもないことを言うと、知り合いの知り合いを辿ったりしてみれば、恐らく御本人たちに辿り着くのは不可能ではない。
そういうことではないのである。
であるである、うるさいのである。
節操という言葉をさ、みんな、忘れたかい?
誰彼構わず、すぐに会えるからってさ、会いにも行けないようなさ、会ったら何か達成されちゃうような、何か関係性が壊れちゃうような恐怖とか、慎ましい気持ちって、ないかい?
誰かに書く手紙。
手紙を書くという行為は、
"手紙を認める(したためる)"とも書く。
手紙を書くということは、
"その想いを認める(みとめる)"ことでもある。
僕は、今、ミスチルへの気持ちを日記のように、認めている。
これは『365日』を書いたときに、桜井さんが書いていた言葉だ、たしか。
誰かと文通をしたい。
その方がお互いのことが分かるかもしれない。
2019年、イギリス・ロンドン旅行をした時、僕は、Mr.Childrenの桜井和寿さんと、乗り換えの駅のホームですれ違い、握手をした。
奇跡的である。奇跡の地球。きせきのほし。
人生で僕がロンドンに行こうと思って行って、たまたまMr.Childrenがそこでレコーディングをしていて、たまたまその日その時間その場所で、一番好きだった桜井和寿さんと偶然、乗り換えの駅ですれ違うという。
今、これを書いて薄く自慢している時点で、僕はただのミーハーである。
ナショナルシアターで夜の芝居を観るために、それまで別行動をしていた同行者とウォータールー駅で待ち合わせをしていた。
待ち合わせの時間に少し遅れそうで、僕は小走りで乗り換えを急いでいた。
駅のホームに、日本人がいるなあと、その時は一瞥しただけだった。
ギターを持っていた。そして、日本だと目立つだろう格好(ライダースジャケット)で駅のホームに立っていた。
「…!?」
今まで何度も観てきた顔を、忘れる訳がなく、1秒で、日本人=ギター=ロンドン=ほくろ=横顔=桜井和寿さん=桜井さん!!となった。
僕「…あの、すみません、桜井さんですか…?」
桜井さん「はーい(笑顔で)」
僕「!??」
にこやかに応えてくれた。
快く握手をして頂いた。
脳が現実に追い付かなかったのと、余り長くお話をしても迷惑だと思ったので、お芝居をやっていることや、自分のことは全く話せなかった。
何が言いたいのかというと、ただ握手出来た奇跡の喜びを、伝えたいだけである。
本当はこんなこと書いちゃいけないかもしれない。
消すかも。まあいいか。いや、消すか。
だいたい桜井さんだって、話し掛けられたりするのは、そんなに快いことではないだろう。
僕も、国内でお見掛けしたら、こんなことはしなかっただろうと思う。
節操というのを大切にしたい。
憧れているから触れられないことだってある。
その直前の『Dome Tour 2019 “Against ALL GRAVITY"』のMCで、ロンドンへレコーディングに行きます、と話していた時のことが印象的で、すぐに記憶と結び付いた。
アンコールの最後の曲『皮膚呼吸』の前に、
「これ以上を望んだら、バチが当たるなって本当に思うんですけど。それでも僕らが続けているのは、ふと僕のなかからいまだにメロディが生まれたりするからで。クロスワードパズルの穴を埋めるようにバンドと丁寧に音をつくって奏でて最後の最後に言葉が、歌詞がのっかったときに、あぁこんなことを言いたかったんだって感動する。5万人を前にライブをやっていま思うことは、僕らがMr.Childrenとしていられなくなるその日までにせめてあと1曲、この5万人の心をひとつにできるような、そんな曲を作りたいと思っています。でも、1曲っていうのはきっと謙虚すぎるのかもしれない。10曲以上作ってまた、こんな5万人を相手にライブをしたいなと思っています」
https://www.gqjapan.jp/culture/bma/20190622/mr-children-against-all-gravity-live-report
ミスチルの歌詞で、世の中の感情ぜんぶ言い当てられるやろ、と本気で思っている時期があった。
幼いなあ。
それは映画と演劇との出逢いで決定的に打ち崩される訳だけれど、あれだけ富と名声を手にしてきた人達が、まだ何か大きなことや決定的な何かを成し遂げたいと願っていることを知って、凄く感動したことを覚えている。
ミスチルのミュージックビデオに出演すること、小林武史さんと何か御一緒することは、夢です。
井之脇海くんが、『SINGLES』のMVに出ていたなあ。
夢を語ったら、笑われることが多いよね。
好きなものを、好きって言って、いい筈だよね。
出来ることから、やろう。
それにしても。
続けられることは、ある種、奇跡で、同時に、臆病でもあるということだ。
共演者が芸能界を引退した。
共演者が急逝した。
共演者が結婚した。
僕はその日、映画を観た。
何をどう受け止めていいのか、分からない。
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