山口 vs 某ネットチンピラの後付け整理

山口氏は引用しているだけに元々敵対的になりたいと思っているわけではなく、論戦が非常にこじれたので後味が悪く何回か反芻しているのだが、ジェンダー論をやったのが久しぶりで、結構整理せずに論戦していた部分があり、反芻しているうちに色々整理したのでメモしておく。

基本的な構図

基本的な対立構図としては、「予言の自己成就的に主婦に落ち着くのが得策になるような環境があると考えて、管理職もワークライフバランス路線をとれるようにすべきだ」という山口氏の意見と、「管理職をワークライフバランス路線にするのは限界があるので女性のハードワークも求めるべきだ」という私の意見がかみ合わなかったことであり、基本的には規範的な部分を問うている色が濃い。

ただ、私の意見の中で、やはりワークライフバランス路線では解決できない問題、というものが抽出されてくる部分はある。

ワークライフバランス路線では解決できない引っ越し問題

私は今回の論戦含めて、共働きは転勤やジョブハントの引っ越しで破綻する、ということを何度か指摘している。転勤は《日本企業の悪習》かのように扱われることが多く、すでに共働きのために転勤制度をなくせという声は結構聴くのだが、アメリカでも昇進を目指そうとすれば(事実上個人営業の大学の研究者も)公募・ジョブハントの仕組みの中で引っ越すことは多い。というより若手研究者はそれが常態である。これを日本企業の慣習のせいと位置づけるのは難しいし、実際頂いた意見でも外国企業のマネージャークラスは転勤が発生するのは日常茶飯事のようだ。

出世を目指すのでなくても、共働きは居住の自由度を大きく抑制する。昔であればお父さんだけ長時間通勤して奥さんと子供は郊外で……という姿もあったが、今は違う。子育てや保育園環境の都合は二の次で夫婦ともに通勤しやすい場所を選ぶのであり、都心や乗換駅にタワマンが大量に建設されたのもその需要があるからである。

この点は私も比較的最近気づいたことで、私が読んだ共働き関係の文献でもまだ指摘されていない(何冊か確認したが記述はなかった)。おそらくこの問題は男女共同参画の議論では研究の俎上には上っていないのではないかと思う。

競争的環境における労働力の注ぎ込み

山口氏が最後にツイートしたように、今の研究職は競争的環境にある。ちょうど子育て世代に当たる若手は短期雇用であることもあって、その労働市場構造から博士学生やポスドクが長時間労働になることはよく知られており、ある調査では半数超が週50時間以上(5日x10時間=月48時間残業)、1/4超が週60時間(5日x12時間 or 6日x10時間=月96時間残業)という状態にあるとしている。

出世は多かれ少なかれ研究職同様より実績を上げたほうが選ばれるという競争的関係になるのが普通であり、何らかの方法で強くレギュレーションで縛っておかないと長時間労働することで実績を作る誘因が働くのは間違いないだろう。

女性のワークライフバランス路線を男性のサポートで解決しようとすると、サポートに必要なだけの男性の比率を維持する必要が出てくる場合があり、医大の女子差別事件などそれに由来する一種のbenevolent sexismと言える逆説的結果を生み出すことは別項で指摘した通りだが、そういった逆説的結果を生まないためにはワークライフバランス路線を男女ともに適用する必要がある。このためには、競争的環境自体を抑制する必要があり、そのコストは消費者が支払うことになる。

大学でフィールド実験できるはず

このような引っ越し問題+競争的環境の問題は、管理職や上級専門職に共通する要素だが、日本の労働市場でこれが特に強力に表出するのは研究者である。

個人的にある研究者に聞いたところ、職を得ている同業者は配偶者が専業主婦か別居婚であるそうで、引っ越しによる配偶者のキャリア破壊はつきものと言うことだろう。つまり、山口氏が主張する「子育てにやさしい共働きワークライフバランス路線」から最もかけ離れたところにあるのが大学の研究者だということである。

最近社会学の「社会実装」が話題になっていたが、「引越しをする必要がなく」「労働時間過当競争にならないような」ワークライフバランス路線になっていないもっとも典型的な労働市場が研究者であることから、そういった路線を実施するうえでどんな課題があるか、ジョブハントの仕組みをまずは大学内部でフィールド実験してみればよいのではなかろうか。大学が日本の中では一番エクストリームな環境とは思うが、大学で無理なら民間でも無理なところが多いだろう。

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