今回のウイルスの世界からの根絶は難しくなったし、戦いは長期化する

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・岸田直樹(@kiccy7777
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

昨日、「1国内で素早く根絶させて元の生活に戻ろう」という考えが成立しないだろう、という記事を書いたがこの記事はその続きである。

再流入によりこのウイルスとの戦いは長期化する

この数日、ヨーロッパやエジプトからの帰国者に新型コロナウイルスの感染者が相次いでいる。私はこれを見て、(ワクチンが開発されるまで)このウイルスの根絶は極めて難しいと認識せざるを得なくなった。

1. このウイルスの感染症は無症候・軽症が多く、検査にかからない例が潜在的に多数あると考えられている
2.
このウイルスはすでに世界に広まってしまっている
という2点が問題で、1の理由から、見えないところから侵入・復活してくるので対策が打ちにくく、2の理由から、仮に一国で根絶に近い対策をとっても海外のどこかでウイルスが生き残っている限り、常に再侵入のリスクがある。そしておそらくこのウイルスは海外に「拠点」を得るだろう。

つまり、ワクチンが開発されるまでの1~3年間、我々は長期に渡って新型コロナウイルスへの警戒を維持したまま、日常生活を新型ウイルス対策を基本としたものにシフトして活動する必要が出てきた。全ての対策は、長期的に実行できるものでならなくてはならない。

このウイルスは途上国に拠点を得るだろう

このウイルスは若年層では無症候・軽症になる傾向が強い。韓国とドイツが(現在まで)流行規模のわりに死者数が少ないのは、流行の中心が若年層に偏っていたからである。そして元々の公衆衛生の悪さから平均年齢が低い途上国では、ただの風邪として社会問題にもならず維持される可能性がある。

フィリピン帰国者の感染発覚を見る限り、フィリピンではこのウイルスが一定レベルで流行していると考えられるが、フィリピンは検査も進んでおらず、あまり問題にもなっていない。社会の年齢構成が若い側に偏っているので放置してもそうなるのだと思われる。

サブサハラのアフリカなどはHIVの影響で年齢中央値が20を切っており、これらの国にSARS-CoV-2が侵入しても、ただの風邪と認識され公衆衛生学上の問題として扱われないまま放置されるだろう。

画像1

年齢の中央値の国際比較(wikipedia)。

途上国に侵入させないためにアジアで食い止められるかどうかが勝負だったが、もう遅いだろう。国際的な人的交流のハブであるEU全土とアメリカで流行が始まってしまった以上、世界への拡散はほとんど不可避であろうと思う。

このような未来予測については、昨日高山先生が麻疹と比較しながら同じようなことをfacebookに書いていた。

麻疹は……恒常的に流行するためには、数十万の人口規模が必要とされます。ですから、限られた大都市にのみリザーブされ、ときどき農村や離島へと持ち込まれ、免疫のまったくない人々に壊滅的な被害を……
……
麻疹を含めた感染性の強い疾患の多くが、もっぱら小児期に感染し、成人と比すれば病原性が低いことを特徴としていました(ワクチンが普及するまで)
……
目下の、新型コロナウイルスの話をしましょう。いま、このウイルスが人類社会へと急速に広がろうとしています……もはや封じ込めることは困難です。高齢者や基礎疾患を有する人への高い病原性を持っていますが、子供たちへの病原性は低く、人類社会に定着する都合よい性質を有しているようです
――高山義浩 facebook 2020/3/15

21世紀の疫病であるウイルス性呼吸器疾患

新型コロナウイルスのようなウイルス性呼吸器疾患の広範囲での流行が特に問題視されるようになったのは、20世紀に入ってからのことである。

1918~ スペインかぜ(H1N1亜型インフルエンザ)
1956~ アジアかぜ(H2N2亜型インフルエンザ)
1968~ 香港かぜ(H3N2亜型インフルエンザ)
2003~ SARSコロナウイルス
2009~ 2009H1N1亜型インフルエンザ
2013~ H7N9鳥インフルエンザ
2015~ MERSコロナウイルス
2019~ 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)

19世紀以前に問題になっていなったことについては以下のような理由が考えられる。

1. 高齢者になる前に他の感染症で死んでいた
2. 人口密度も低く交通が発達していなかったので飛沫感染中心のウイルスはパンデミックにならなかった
3. 20世紀に入るまでウイルスは知られておらず、風邪と区別されていなかった

高齢化時代の疾患:20世紀以降のウイルス性呼吸器疾患の大規模流行の中ではスペイン風邪のみ若年層の死亡率が高かったが、アジアかぜや香港かぜなど一般的インフルエンザは概ね高齢者でのみ死亡率が高く、今回の新型コロナウイルスもその列に加わりそうである。高齢者が人口の25%を占める社会は、21世紀に入って初めて出現したものである。ウイルス性呼吸器疾患は、そのような社会が歴史上初めて出現したことで初めて問題になったとも言える。

別の感染症を制圧した後の疾患:また、20世紀の間は、別の感染症が平均寿命を押し下げ、高齢化社会は出現していなかった。天然痘、ペスト、マラリア、梅毒などは歴史的に大流行して人口の数割を減らすほどの猛威を振るってきたし、19世紀頃は大都市ではコレラが恐れられ、日本でも戦後しばらくまで結核が3大死因に数えられる主要な死因ですらあった。

マラリア【真核生物】(蚊の駆除)
ペスト【細菌】(虫の駆除)
天然痘【ウイルス】(ワクチン、20世紀に根絶)
チフス【細菌】(虫の駆除)
麻疹【ウイルス】(ワクチン)
梅毒【細菌】(抗生物質)
コレラ【細菌】(19世紀に流行、下水道整備)
結核【細菌】(19~20世紀に特に流行、ワクチンと栄養改善など)

これらの問題は20世紀のうちに解決された。コレラなど水道経由の細菌感染症は下水道整備で減り、吸血昆虫媒介の感染症は殺虫剤の登場で相当に数を減らした。20世紀中葉に抗生物質が発明されると、細菌性の感染症は相当に制圧された(後に耐性菌の問題が出るのでまだ解決したとは言えないが)。ウイルス性疾患もワクチンの開発が奏功し、天然痘は根絶に追い込むことが出来ている。ウイルス性呼吸器疾患は、これらの病気を制圧したことで初めて主要な死因になりうる病気として浮上してきたのであろう。

大都市の発展とグローバル化の時代の疾患:ウイルスは環境中で繁殖したりすることはなく徐々に分解されていくため、免疫を持たない宿主(人畜共通感染症であるか、新しく生まれた子供)に定期的に出会える環境でないと自然消滅する。このため、維持には社会のサイズが一定規模必要で、高山先生のエントリにもあるように、麻疹のようなウイルス性疾患が「恒常的に流行するためには、数十万の人口規模が必要とされ」る。

この社会の規模は交通の発達によっても変わりうる。その昔は人々の移動手段は限られており、ムラ社会と言われるように狭い範囲で閉じた社会を形成していた。しかし今は、自動車、新幹線、飛行機等で、事実上より大きな社会を形成しつつある。今回の新型ウイルスも、中国からイタリアまで面で広がるのではなく点が突然移動することで伝播した。ウイルス性呼吸器疾患は古代であれば局所的流行で終わっていただろうが、今は大都市で維持されそれは一瞬で世界に広がる、ウイルスがかつて経験したことのない拡散しやすい状況となっている。この点でも、21世紀の疾患と言えるのではなかろうか。

HIVやエボラなど20世紀後半に出現した感染症は、アフリカの人口増大で開拓が進むにつれ流行していた動物と接触したことで人間社会にもたらされたと考えられているが、今回のウイルスも何らかの自然宿主との接触によって人類社会にもたらされたと考えられており、これも社会が拡大したことによる影響の一つだろう。


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