PCR検査についての覚書――論争をする前に

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・岸田直樹(@kiccy7777
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。本文でも伝聞調で「ようだ」が多用されていますが、それだけ信頼性がないということです。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

今回のウイルス騒ぎでは、特に検査能力の話が揉めやすく、増強派・維持派がそれぞれ理屈を単純化しすぎて派閥抗争につきものの議論の劣化を招いているので、今一度整理しておきたいと思う。

要点

理想的には感染者は100%陽性、非感染者は100%陰性になる検査があり、それを日本滞在者全員に行って感染者を一括隔離すれば日本からウイルスは一掃されるだろう。しかし現実的には、

1. 日本滞在者or希望者全員に行えるほど増やせない
2.
検査の正確性は高いとは言えない

という問題がある。もちろん問題があったとて検査能力が増やせるなら増やしたほうが選択肢は広がるので良いに決まっているのだが、1.の制約により増やそうにも増やせず、2.の制約により増やした時の利得より損失のほうが多くなると懸念されている。――「その言い訳は聞き飽きた」と思っている人も多かろうが、そのような人でも興味を持って読めるように、PCR検査という手法が大規模検査をするには「帯に短し襷に長し」であるということについて、以下各論を示す。また患者側の立場で検査拡大を求める人に先に回答となる代案を示しておく。

3. 検査能力の拡大は、スクリーニングに適した(PCR以外の)検査法の開発やワクチンの開発を促したほうが早いし効果的であると考えられる
4. このウイルスを封じ込めるカギは検査より個人防衛、感染爆発を起こしやすいシチュエーションの回避である

前段:日本の本当の感染率の推測

「日本の検査体制は信じられない」という人が多かろうと思うので、日本政府の権力が及ばない人に日本人の検査をやってもらおう。すなわち、日本を旅行して帰国後に外国で感染が確認された人や、日本を出国後に現地で感染が確認された数は、日本政府がごまかすことはできない。

筆者はこれを2月末~3月頭にニュースを数えてみたが、約30万人に対して5名であり、これを単純に逆算すると日本の感染者は3000人程度である(執筆現在はもっと多いだろう)。なお、同時期のイタリアで同様の調査を行うと約100万人に対して100名はおり、20か国以上の初感染者がイタリアからの帰国・出国者であることから、イタリアのほうがはるかに流行していたことは容易に推定できるし、各国で同じように「本当の感染数」を推定しようとすれば、台湾やシンガポール以外はどこも確認感染者数の2~10倍程度の数字は普通に出ると思われる。

"PCRでは"検査能力は増やしにくい

まず直球の回答であるが、PCRは安全な検体採取、安全な輸送、安全な検査、そのいずれにも職人芸的な部分が多く残っている。このため、検査能力を拡大しろと言われても、BSL-2級施設を増築し熟練の検査技師を養成する、という時間のかかるプロセスを要する。はっきり言えば今からPCR検査能力を増やしても絶対に間に合わない。

今行われているリアルタイムPCR検査は手順が複雑で技術的にも難しく、大量・短時間の検体処理には向いていない。……こういった感染症ウイルスの検査にあたっては安全確保の観点からBSL-2(バイオセーフティレベル2)の施設と技術者の熟練が必須だ。……検体を採取する医療者にもリスクがある……防護服や採取場所の選定、採取後には部屋の消毒も必要だ。
―― 保険適用でも気軽に使えない「PCR検査」の実態 東洋経済online

韓国は以前に(別のコロナウイルスによる呼吸器感染症である)MERS禍を経験しており、普段から多くのPCRを活用してキャパシティに余裕があったが、大邱地域で一度流行が始まるとあっという間にキャパシティ不足となり、死後に感染が確認されることが多発した(以下は一例であり、実際にはもっとある)。また最近のソウルのコールセンターの集団感染では、働いていた人が重い風邪症状を訴えながら、大邱に検査能力を取られて検査が回ってこないうちに感染爆発が起きたようだ。事前準備していた韓国でさえ要求に合わせてPCR検査能力を増やすことは至難の業なのである。

また大邱地域では、3人の女性が死亡し……聯合(Yonhap)ニュースによると、他の2人は死後に行われた新型コロナウイルス検査で陽性の結果が出た
―― AFP 2020年2月29日

今回のウイルス相手に封じ込めには使えない

検査拡大を求める声の一つは、「感染者を全部発見して隔離すれば封じ込められる」というものがあるだろう。しかし、今回のウイルスに関してはそれは困難である。潜伏期間が短くなく、未発症者・軽症者が大量におり、検査をしたとしても3割くらいは取り逃す。加えて日本を含む多くの民主主義国家の法律では「感染したかもしれない」程度の人の行動制限は法律上相当難しい。検査の網をガンガンすり抜けてくるのだ。霊感だが仮に日本滞在者全員に一斉にPCR検査を行って陽性者を隔離したとしても、半分くらいは取り逃がすだろうというほど封じ込めるのが難しい。

これは実際「検査をしっかりやっているはずの外国」でもそうで、中国にしても韓国にしてもイタリアにしても欧州各国にしても、検査をしまくっていても検査の網から漏れた感染者から感染爆発を起こしている。厳格な検査を行い感染確認者の10倍以上の濃厚接触者すらも罰則付き隔離を行っているシンガポールですら、完全な封じ込めはできずこの1週間で今までの倍の感染者を出している始末である(WHOのダッシュボードから見られる過去履歴参照)。このウイルスの封じ込めを狙うなら、検査をただ増やすのは効果的ではなく、感染防止策と連携した検査の網の張り方の戦略のほうがよほど重要なのである。

感染防止策と連携した検査の網の張り方を論じるならば、以下の2つの目的で検査能力の拡大は必要だろう。ただ、いずれも「患者が検査を希望したらしてくれる」という類のものではない。

a. 臨床的には、医師の求めに応じて検査できる程度は欲しい(が、医師は患者ほど検査を求めないと思われる)
b. 疫学的には定点観測能力を増強したい

現状、PCR検査は「あなたが感染者かどうか」を判定できない

これはさんざん言われていることだが、感染者が少ないうちは偽陽性(感染していないのに陽性が出ること)が無視できない。詳しい計算は専門的な解説に任せるとして、素人の感覚的な目安は
■ 検査対象グループの本当の感染率と、検査が偽陽性になる率が同程度の時、陽性の人が本当に感染している割合は半々である。
■ 偽陽性になる率が十分低い時、本当の感染率が検査が偽陽性になる率の(オッズ比が)10倍くらいになれば意味が出てくる。
程度に考えればよいと思う。言い方を変えると、偽陽性になる確率が0.1%の場合、感染率が1%(100万人が感染)していれば日本滞在者一斉検査の意味が出てくる、という程度の数字である。

そして、先述したように、PCRは検査能力を増やしにくいため、100万人相手の検査など到底不可能である。検査能力を増やせというのは構わないが、ことさらPCR検査能力を増やせ、というのはあまり意味がない。

現在PCR検査が帰国者・濃厚接触者や医師の臨床所見が必要なのは、集団を接触者などに区切った集団、あるいは臨床所見で区切った集団、そういった感染率が高い蓋然性がある集団に区切って初めて「あなが感染者かどうか」を判定する能力を持つ、ということである。

検査しても治療は変わらない

現状、新型コロナウイルスの感染症に対する特異的な治療法は存在せず、基本的に軽いうちは家で寝る、肺炎が重くなったらただの「原因不明の肺炎」と同様に対症療法を行う、という方法しかない。端的に言って早期発見が早期治療に結びつかないので、臨床的には早期発見する意味がほとんどない

治療薬候補はあるが、効果が確認されたわけではないし(数種については否定する研究もあったはずである)、処方薬は副作用があるので効果の確認も取れていないものをタミフル並みに「とりあえず」では使えない。

また過去はインフルエンザの診断書をもらわないと特別休暇が貰えないといった問題があったが、現在は幸いにして、今現在は多くの企業が「ただの風邪でもコロナと思って出勤するな」というのを認めているので、検査要求は緩和されている(ただし所得補償などはもっとシステマティックに行われるべきだろう)。

新型コロナウイルス以外の検査にも使われている

これもよく言われるが、PCRは(職人芸的な手のかかる)汎用的な手段であるため、新型コロナウイルス以外にも使われる。検査しても治療の変わらない新型コロナウイルスを検査するより、検査によって治療実績を改善できる他の検査(例えば結核)をやったほうが公衆衛生――つまりあなたの健康には寄与するだろう。言い方を変えればPCRの稼動を新型コロナウイルスに全振りするのは、少し違う意味で「医療崩壊」(キャパシティ不足)を起こしている。

民間検査所には通常業務もあり、新型コロナウイルス検査だけにかかり切りになるわけにはいかない事情もある。
―― 保険適用でも気軽に使えない「PCR検査」の実態 東洋経済online

【回避提案あり】医療崩壊を起こす

検査問答ではよく「検査で医療崩壊(=医療のキャパシティを超えた患者が病院に送り込まれること)を起こす」という意見が出されるが、これはある程度真で、ある程度偽である。

これは韓国の大邱地域での実例がある。MERSの反省から新型コロナウイルスの感染者は片っ端から陰圧病室に送り込む規定があったが、静かに大量感染する今回のウイルス相手に同じ手法を使った結果、重症者用の病棟が軽症者で埋まり、重傷者が治療を受けられない、自宅隔離中に死亡するといったキャパシティ不足を招いた。これが「ある程度真」の部分である。

最初から症状の軽重とは関係なく、とにかく感染者を捜し出して隔離した。全体的な病床規模や医療陣状況などを綿密に考慮することもせずにだ。その結果、格別な症状のない軽症者は病院の食事を食い減らして重症者用陰圧病室に横になっている場合が多い。当の重傷者には病床がなく自家隔離中に死んでいくということだ。
――【時視各角】今のコロナ対策ではダメだ 中央日報

韓国では結局その後トリアージを行い自宅隔離もできるようにしてこの問題をクリアした。これが「ある程度偽」の部分である。

さて、日本はどうかというと、指定感染症2類相当なので、韓国のMERS規定に近い扱いである(感染症法では強制措置を最後の手段と見なしているので入院させないこともできるが、自宅隔離支援条文はない)。このウイルスの特性からして新型インフルエンザ同様に自宅隔離できるべきだが、その規定は感染症法側にある。しばらく前に「新型インフルエンザ等特別措置法を使え」なる要求があり問答になり、新型インフルエンザ等特別措置法側に新型コロナウイルスを加えることになっているようだが、自宅隔離を中心に据えるなら本当に変えるべきは感染症法第6条である(ここを改正すると同時に新型インフル特措法も使えるようになるが、よりソフトな手段もアンロックされる)。ことさら新型インフル特措法だけを追うのは、正直自分の目には「民意の暴走」――民意が本当の目的に対して間違った手段を要求している――と映った。

【回避提案あり】院内感染を招く

積極的検査が推奨されない理由として、医療者への感染や院内感染が多い(一説によると数割が院内感染によるもの)ということもよく言われる。この2つは中国を始めアウトブレイクを起こした国で強調されており、多くの専門家が「今現在日本で最も感染しやすい場所は病院」とさえ発言することをためらわない。

院内感染が多いということで、過去の新型インフルエンザの時のような発熱外来や、今回韓国で行われているドライブスルー検査などが回避策として提案されている。このことをフォロワーの医師と雑談したところ、感染率も低く検査したことでどれだけ治療や防疫に貢献するか分からない状況で、カルテ管理も大変で新型コロナ以外の疾患の見逃しもあるような方法を性急にとる意味はないだろうと述べていた。

院内感染防止策として現状したほうが良いのは、①外来に行く前、行った後に必ずマスクを着け手洗いする、②外来にふらっと行かず、電話予約して待合室での滞在時間を最短にする、③各地の行政の電話相談窓口に事前に相談する、あたりだろう。これらは感染させることも感染させられることも両方防ぐ。

検査を増やしてほしいという要望が真に意図していることを実現するには

さて、ここまでは《PCR検査という手法にこだわるなら》その能力を増強することの利得は薄くコストだけが多い、という話をしてきた。そのうえで、「検査を増やしてほしい」という要望が真に意図していることを実現するうえでは、まずは感染防止策と連携した検査の網の張り方の戦略を改善するのが第一歩であろう。

a. 臨床的には、医師の求めに応じて検査できる程度は欲しい(が、医師は患者ほど検査を求めないと思われる)
b. 疫学的には定点観測能力を増強したい

また疫学的には、肺炎のトレンドについても情報を集約できる仕組みも必要だろう(噂レベルなので誰かに検証してほしいが、ある医師によると現在はカルテ入力時に上手く集計できない仕組みがあるようだ)。

次に、患者側として「自分は怪しいのでは?」という疑いを持った時の確認法については、むしろPCR以外のスクリーニングなどの開発を待ったほうが良いだろう。現在は様々なところが開発中であるし、湖北省ではPCR検査のキャパシティをはるかに超えた患者が発生したため臨床所見で診断する方法が採用されていた。臨床所見が蓄積されれば、そのような方法も発展していくだろう。またここからは特に非医療者である私の記述を信用せずに読んでほしいが、WHOのガイドラインクルーズ船で対処した医師が経皮的動脈血酸素飽和度を肺炎の進行状況の評価に使えることを述べており、もしそれが実用的ならば民生用の普及品すら計測器があるのでそういったものも使われるようになるのだろう。

いずれにせよ、我々はPCR検査にこだわらず最善の方法をより早く確立してほしいと願うのがすべきことである。素人が専門家より賢い最善策を提案できる可能性は低いということを基本にしておいたほうが良いだろう(過去の科学では専門家の"常識"が間違っている例もあるのだが、今の検査論争がそうだというにはこのページで素人にすぎない私が書いたことくらいは逐一反論できるくらいには練るべきである)

また、ウイルスが怖い、感染したくない、早く終息してほしいと願うなら、まずは個人防衛を徹底することである。手洗いを念入りにしつこいくらいやるのが基本になるだろう。そして、現在はクラスター対策班の提案は個人的にも応援しているし、最近のソウルのコールセンターでの感染爆発での韓国当局のコメントを見ても、彼らもクラスター対策班の成果を参考にしながら進めているようだ。我々ももう少し専門家を信じてやっていこうではないか、と思う。


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