新型ウイルスに立ち向かう手段を理解する

この原稿は執筆途中なので、基本的に他者向けではありません。



本稿は、《感染症対策の目標と手段を分けること》《各手段の特徴》《今回の新型ウイルスでどの手段が有効か》という3点について考えるものである。

封じ込めとピーク緩和、目標と手段

新型コロナウイルス対策についての言説を見ていると、封じ込め、集団免疫(Herd immunity)、ピークカット、制圧(Suppression)、緩和(Mitigation)など、様々な言葉が各人それぞれの定義で用いられており、いささか混乱がある。まずもって、このあたりの言葉遣いについて整理が必要だろう。

また、封じ込めや緩和といった目標と、それを達成する手段の混同も散見される。封じ込めは「全ての感染者を発見し隔離する」というイメージが持たれやすいが、出入国制限のような無差別的予防措置も併用される。緩和は休校など予防措置が主だが、確定感染者は病院・自宅で隔離され、野放しになるわけでない。目標が異なれど手段としては実は共通する部分が多く、目標と手段を区別できるよう整理が必要である。

【目標】再生産係数を下げる

感染症対策では、一人の人が平均で何人に感染させるかを指す再生産係数がよく問題にされる。これが1より大きければ倍々ゲームのように増えていく。1人未満であれば新規感染者は徐々に減ってやがていなくなる。

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日本公衆衛生学会感染症対策委員会 クラスター対応戦略の概要(2020年3月10日暫定版)より

英国インペリアルカレッジの対策班のレポートでは再生産係数が1以上で広まってしまうが許容範囲まで落とす目標を「緩和」、1未満に抑えて流行を収束させる目標を「制圧」と表現している。「封じ込め」という言葉は後者に近いが、この言葉人は封じ込め後に生活が元通りにになることを期待した用法が多い。一方英国対策班は「制圧」行動をやめれば疫病はまた湧き出してくると認識でしており、「封じ込め」とは異なる。これを明白にするため「根絶」と言い換えれば、人々が求める目標は以下の3つに分類できるだろう。

根絶:病原体を地上から消滅させ、以降の対策を不要とする
制圧:再生産係数を常に1未満に抑え込む
緩和
:再生産係数が1以上でも医療資源の限界までは許容する

目標を実現する手段

再生産係数をキーとして目標を整理すれば、制圧(根絶)も緩和も「再生産係数を下げることをする」のは同じであり、結果的に再生産数が1以上でもよしとするのか、1未満になるまで施策を積み重ねるかという違いであると捉えることが出来る。つまり根絶/制圧でも緩和でも我々がやること自体はあまり変わらず、それをどれだけ積み重ねるかが違うだけである

隔離、衛生対策、行動制限といった手段は、それぞれ再生産数を下げるために行う。感染者を隔離すればその感染者が他者を感染させる確率が下がるため、その結果として再生産係数は下がる。手洗いをすれば手洗いした人が感染させられることを防ぎ、やはりその結果再生産係数は下がる。外出制限をかければ感染者と非感染者が接触する機会が減り、その結果再生産係数は下がる。これらを組み合わせて再生産係数を下げていく。

また手段によって実現の容易さ、コスト、効果は異なる。例えば行動制限一つにしても、リモートワークの推奨などは比較的容易で業務継続性も高いので、流行初期段階から行うのに適している。休校は実際に学業が止まるのでその上の措置である。都市封鎖などは産業が止まるのみならず、止められない医療関係やライフライン関係の労働を支えるスーパーマーケットやコインランドリー、保育所などの停止で間接的に医療に影響を与えたり、訪問開度などの取りやめで直接的に公衆衛生を悪化させることもあるため、何度も打てる手ではない。「効果はあるが弾数に制限がある銀の弾丸」として取られるべきだろう。

従って、それぞれの手段が現実的に可能なのか、どの程度のコストでどの程度の効果があるかで判断される、というのは前掲インペリアルカレッジのレポートにある通りである。「患者数がゼロの段階だが予防的に都市封鎖を行った」というのは銀の弾丸を浪費するだけで意味がなく、流行の段階に応じて適切な措置があるのを見極める必要があり、公衆衛生の特性から市民全体がそれを理解するようリスクコミュニケーションを適切に行う必要がある。

さて、次項以降では、対策の具体的手段を確認し、さらに今回のウイルスに対処するにあたって適切な組み合わせを考える。

【手段】ワクチン(集団免疫)

感染者が他者と接触したとして、その人が免疫を持っていれば感染/発症が抑えられるのならば、事実上再感染させる確率は減り、病気は広がりにくくなる。すなわち、社会の中である感染症に対する免疫を持っている人が増えれば、感染症はやがて収束する(いわゆる集団免疫の議論)。ただ、通常それをやると死ぬ人が出るわけだが、ワクチンによって人工的に免疫を得ることが出来るならその問題は回避される。

pros: ワクチンが来れば問題はほぼ解決する。 現状、最も良い選択肢はこれである。

cons: ワクチンの実用化まで時間がかかる。WHOでは楽観的な見通しでも18か月(1年半)程度かかると見込んでいる。個人的には2年程度を見積もるのが良いと考える。

【手段】検査・隔離・治療

まず最初に考えられるのは、検査し、感染者を隔離して治療することである。感染者を他者から隔離して再感染を防ぐ。

pros: 理論上、全ての感染者を見つけ出し全て隔離すれば、そこで根絶することが出来る。また、もし全ての感染者を見つけ出していれば、そこから自分が感染する心配はなくなるので安心である。発熱チェックによるスクリーニング、発熱外来の設置など比較的コストが低めで済むものもある。

cons: 感染者が確認できていることが前提の対策なので、未確認の感染が増えると防ぎきれなくなる。例えば、次の場合未確認の感染が増える。
【1】今現在イタリアやスペイン、フランスでは新型ウイルスの検査ペースが感染のペースに間に合っていないため、隔離しようとしても漏れが出ることが避けられない。
【2】発熱・発疹・出血など顕著な症候が確実に現れるなら感染者を特定しやすいが、今回のウイルスのように無症候感染者が多いと多くを漏らしてしまう。
【3】新感染症では検査体制の確立が遅れる。日本は今その状況であり、迅速な検査法の確立を待っている状態である。

【手段】衛生対策(手洗い、消毒)

予防行動を追加することで、普段の行動をあまり変えないまま感染ルートを絶ち感染リスクを下げることもできる。今回のウイルスのように飛沫・接触感染が主の場合、手洗い、咳エチケット、表面の消毒、衣服の頻繁な洗濯(今回は界面活性剤が有効)、スキンシップの回避などが挙げられる。十分な睡眠、質の良い食事も重要だろう。他の疫病では下水道の整備や殺虫剤の使用が効果を上げているが、今回は直接関係はしない。

pros: 感染者を特定する必要もなければ、コストが低く実施しやすいものが多い。

cons: 衛生対策だけやれば封じ込めるというほどの効果はないだろう。実施が個人の意識に依存しているため、長期化すれば緩んでくる。企業のマニュアルなどで義務化していくか、自然と楽に衛生対策が取れるように施設などを改変する必要がある。

【手段】行動制限

感染は人に合うことで起きるのだから、人に会わないことで感染は予防できる。軽いところではリモートワークの推奨から、規制含みのところでは危険地域への渡航制限、休校など、いわゆるソーシャル・ディスタンシングの類がこれに該当する。また、これの究極の形は都市封鎖になるだろう。発熱チェックからの自己検疫は予防的行動制限と検査隔離策との中間的施策になる。

pros: 感染者を特定する必要がなく、行動制限範囲を広げれば確実に再生産を抑止できる。一度爆発的感染が起きてコントロール不能の状態になった時は、都市全体を封鎖するのはほとんど唯一の解決策であり、「銀の弾丸」と言える。

cons: 行動の自由を制限するのは自由権の侵害であり、止めた分だけ生産活動が止まってしまうのは明らかな不利益である。「金より命が大事」という反論もあろうが、お仕事の中には命をつなぐためのものも多い。水道・電気などライフラインの維持もやめてしまえるか?食料品や医薬品の生産・流通は?訪問介護がないと死んでしまう人のケアは?感染防止のために使い捨てられている汚染されているかもしれない衛生用品のゴミは誰が収集する?など、弊害が多くいつまでも続けられるものではない。

【手段】スーパースプレッダー予測(クラスター対策)

SARSの解析で「スーパースプレッダー」という概念が提出され、スーパースプレッダーの出現を事前に予測して感染を防止できれば理論上は大幅に感染スピードを落とせる可能性が指摘された。

今回のウイルスではこの手段が初めて実施に移されており、クラスター対策班がウイルスが広がりやすい場の因子があるのなら、その因子を持つ場を封鎖するか、消毒や改修で場から因子を取り除く、というアプローチになる。検査対象を効率的に探す指標にもなるだろう。また可能性としては、スーパースプレッダーが属人因子で決まるのなら、その因子を持つ人を重点的に検査し隔離することになるだろう。

いずれにしても、検査/隔離、衛生対策、行動制限を必要十分にするための条件の絞り込みというアプローチになる。

pros: 生活への影響を最低限にとどめつつ効果を最大化しようというコストパフォーマンスの良さが利点である。「バンケットやビュッフェ形式をやめて個別配膳にする」といった衛生対策、「密集、密室、発声を避ける」といった行動制限であれば、社会の機能は止めずに済む。

cons: 病原体が「再生産数の分散が大きく、極端に感染させやすい条件以外では再生産数が1未満にとどまる」という条件を満たした病原体の時だけ有効である。多くのインフルエンザではこれと同じ手法は通用しないだろう。また制限を受ける特定の産業には不利益がある。

どの手段をとるべきか

さて、ここまでアプローチを3+1個に分類してきたが、今回の新型ウイルスに対してはどれをやるべきだろうか?簡潔な答えは「全部やれ」だろう。すでに見つけている患者を隔離しない理由はない。手洗い消毒などもどんどんやったらいい。リモートワークなどのソーシャル・ディスタンシングも犠牲なしに継続できる限りはやったほうが良い。それをクラスター対策で補強できるならなおよい。

隔離には限界があり隔離のみに頼って封じ込めようとすると(イタリアのように)破綻したときに厳しいことになるが、すでに発見された感染者を隔離することはは着実に再生産数の低下に貢献するので、ピークカットに留まることを受け入れたとしても、できる限りなされるべきである。


予防は続けなければならない

清浄国と非清浄国に分けて清浄国は非清浄国からの入国を禁止すれば安全だ、という考え方もあるかもしれない。だが、その考えは危険だろう。そのような路線を取ったとて、ビザが切れて帰国せざるを得ない者、別の清浄国で隠れて広がった感染者、物流での税関や検疫による人的接触、疫病の発生した船への人道的措置など、いくらでも綻びはある。そもそも潜伏性の強いこのウイルスを本当に根絶したとどうしたら言えるのか、基準は相当厳しくせざるを得ない。

そしてなにより危惧すべきは、実際に「非清浄国からの入国を遮断すれば安心」といって実行した国がある――イタリアであり、ヨーロッパ各国である。それらの国が今どれほど悲惨なことになっているか見れば、仮に新規感染者ゼロにして非清浄国からの入国を禁止したとしても予防を続けないと危ないということはご理解いただけるだろう。

結局、国内で新規感染者が発生しない状態まで厳しい規制をしたとて、その後すべてを忘れて元通りにできるかと言えば、できないのである。これは、インペリアルカレッジの対策班が制圧(Suppression)戦略実施上の問題点として指摘しているところでもあるし、行動制限(封鎖)による膨大なコストを支払って制圧に成功した中国が、その行動制限を解除する際に再流入を恐れてなかなか踏み切れないでいる


ワクチンが開発されるまで耐える。これが第一の目標になる。

ワクチン開発には失敗するが、2~3年の長期に渡り対策を取り続けることでオーバーフローさせることなく集団免疫を獲得する。つらいが、これが第二の目標である。

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