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間違った方向には進んでない


案の定、というべきだろう。

前回の記事を投稿した直後に、「女性をテーマになんて」と自分の着想を疑い、鼻で笑うような心持ちになった。

根っこにあるのは、「それを誰かが読みたいだろうか」という疑念だ。

この「note」に限らず、原稿を書くときにはいつも、同じ思いが頭をもたげる。

とにもかくにも誰かに話を聞いて、とにもかくにも書いてみる。それは、なんにせよ一歩を踏み出すことがすべての始まりになるという意味において大切なことだ。だから、確信とはほど遠くても、せっかくの着想を丸めてゴミ箱に捨てるべきではない、と自分に言い聞かせながら筆を進める。

今回の「女性」というテーマも、あえてあまり深く考えずに、ひとつの方向性として保持しておこうと思う。

さらに時間を経て、私の思いは迷走しつつも具体的な「点」に向かった。

「女の一生」を書くと考え始めたときに思い浮かんだ、私が知っている女性のうちの一人。実のところ、その人の話を私は書きたいのだなと思い当たったのだ。

かつて耳にした、あの身の上話を文章として提示できるのなら、多くの人にとって一読の価値があるものになる。そこに関しては確信に近い思いを抱ける。

令和の女性がどうのこうのと端っから遥かな地平を追いかけるのではなく、まずは「その人」に話を聞くことを当初の目標にしようと思い至った。


「書きたいこと」と「読みたいもの」

そうした思考の過程で、「自分が書きたいこと」と「読者が読みたいもの」の一致/不一致についても考えを巡らせた。

以前、売れっ子らしい編集者がTwitterで、「本を出そうとする人の多くが、自分が書きたいことを書こうとして失敗している。読者が読みたいものを書く意識を持ちましょう」といった感じのつぶやきを投稿しているのを見かけた(当該ツイートを探し出したところ、正確には「『発信したいこと』と『みんなが聞きたいこと』にズレがある」だった)。

そのとおりだとは思うのだけど、「自分が書きたい(発信したい)こと」でさえ往々にしてあやふやであり、まして「読者が読みたいもの(みんなが聞きたいこと)」って何なのかを前もって知ることはとても難しい

でも、なんか書きたいのだ。

私の場合は、仕事として、でもあるし、単純な衝動でもある。さらにそれを読んでもらいたくて、できれば多くの人から褒めてもらいたい。

これはおれが本当に書きたいことなのかな。

これを書いたところで読んでもらえるのかな。

何かにつながるのかな。

そういう不安というか疑念のなかを進んでいくには、結局は信じるしかないのだろうと思う。

いま自分が向き合うべきテーマはこれだ。

読んでくれる人はきっといる。

きっと、何かにつながる。

少なくとも私の場合、書き進めるための動力源は、信じる(あるいは自分をだます)力だ


寄り集まってくる感覚

正しいかどうかはさておき「自分が進むべき方向性」みたいなものをひとまず見つけ出すと、ものの見え方が変わってくる。自分の考えを補強したり、方向性らしきものの正しさを裏づけたりするかのような言葉や出来事によく出くわす。

世に散らばる地図のかけらが、自分のところに寄り集まってくる感覚だ。これはいい兆候だ、と受け止めている。

この数日の間に、2つあった。

1つは、本との出合いだ。

女性誌を眺めていたときに書評の記事がふと目に留まった。そこで紹介されていたのが、朝井リョウの『どうしても生きてる』だった。

直木賞を受賞した『何者』を読んだときの強い印象はいまもはっきりと残っている。その後は著者を気にかけながらもちゃんと作品を読まずにきたが、その女性誌に掲載された書評を(読んだというより)見かけたとき、なぜか「これは読まなければいけない」と一瞬でわかった。

すぐに書店で購入して読み始めた。

いい。最初に収載されている「健やかな論理」を読みながら心の中で何度も唸った

私はたまに、「文章のセンスがありますね」といった類の褒め言葉をいただくことがあって、まんざらでもない表情で否定してきたわけだけど、次からは真顔で否定しなければいけないと思った。

私の8つ年下の小説家の文章は、それくらい巧みで、好みだった。


「それっぽっちの人生なんて」

『何者』を読んだときは私自身にまだ文章に対する感度がそこまでなかったのか、SNSを構成に織り込む手法に新鮮さを感じることはあっても、一文ごとの表現力に舌を巻いた覚えはない。

だがいまは、文を紡ぐ才覚にただただ感嘆している

かつ、器だけでなく中身にも、強く惹きつけられている。

短編集の、まだ2番目を読んでいる最中で語っているに過ぎないのだが、その2番目の「流転」は、漫画原作者を目指しながら挫折した男の物語であり、若い物書きの心に響くものがある。

ここでは一カ所だけ、胸に刺さった一節を抜き出しておく。初めての連載が打ち切りとなり次作に賭ける主人公に対し、編集者が放ったセリフだ。

「そもそも、君は自分自身の経験とか思いから物語を作ろうとしすぎ。リアルとか熱とか、そういうのもいいけど、もっと想像力で書けるようにならないとプロの世界では長く続かない。君のそれっぽっちの人生なんて、世間や漫画にすぐ追い越されるんだから」

とりわけ最後の一言は、狭い世界で生きてきたと自戒する私の痛いところを突いてくる。やはり世界を広げなければいけないのだと迫ってくる。

でも、そんな感覚が私に、「お前は間違った方向には進んでいないぞ」と語りかけてくれている気もする。


そして、自分の思いとリンクしたもう1つの出来事――。

それはまた、次回に。

その気持ちを、次作への励みとします。