見出し画像

満月

 店の前で同期と別れて、人通りの多い幹線道路を歩く。

 今日は金曜日。いわゆる"華金"と呼ばれる夜の繁華街には、上機嫌な大人たちが溢れている。いや、自分もそのうちのひとりなのだけど。


 久々に賑わいだLINEの通知に胸が躍った。夕方、速めのラリーが続くグループで「今日飲みに行かない?」と誘ったのは、ほぼ反射的だった。

 土曜勤務が当たり前の職場。もちろん明日も出勤。でも大丈夫。日付が変わるまでに家に着いておけばいい。あまり後先考えず、大阪行きの電車に乗った。

 大阪は蒸し暑い。地下駅を出るときいつもそう感じる。きっと巨大な人熱れの塊が街を覆っているから。少し離れた土地に馴染み始めた自分には、この蒸し暑さすら懐かしく感じる。

 安くて綺麗で明るくて、店員も客も元気な居酒屋で1杯目のビールを飲む。大学生の時と変わらない味と景色に少しだけ嬉しくなる。たった40分電車に乗るだけで、またここに帰ってこれる。

 社会人になっても、所詮人間は変わらない。ただ数カ月分大人になった、20代同士の他愛のない会話。アルコールと時間だけがどんどんなくなっていき、気がつけばおあいその時間。

 数か月前まではまだまだこれから盛り上げると思っていた時間も、今は勇気の撤退のとき。春になってからもう何度も味わった、微かな物足りなさ寂しさと胸の奥に仕舞い込んで、別れの言葉を交わす。


 オフィス街の幹線道路、顔を上げると空には大きな満月が光っていた。思わず写真に撮ってLINEで同期たちのグループに送る。すると、別の場所からみた大きな満月の画像が送られてきた。

 「同じ空の下」。画像とともに送られてきた深いのか深くないのかよく分からない言葉を目にして、少し面白おかしく思えてくる。

 もう一度満月を見上げ、息を吐いた。明日もいい感じに頑張ろう。スマホの画面を閉じて、地下駅へと続く階段を下り始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?