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マレーシア人社会が羨ましくなるとき
マレーシア人といて、この人たちの穏やかな社会が心底羨ましくなることがあります。
マレーシア人団体と出張。ホテルに戻るバスで主催者の女性が突然「あと数分だから、その間私がカラオケを歌わせてもらうわ」と言って、一人マレー語カラオケを大音量で始めた。周囲のみんなは手拍子したりして嬉しそう。「こんなこと言ったらどう思われるかな」と思ってないのが明白なのが気持ちいい。
— のもときょうこ@アジアで編集者やってます (@mahisan8181) March 7, 2019
日本でだったらどうだろう。「主催者なのに勝手にカラオケなんて、何考えてるの」「疲れている人もいるのに」「マイク独り占めして」などと、いろんな批判が来るかもしれない。ところがこの旅行メンバー、もう10回以上来ているけれど、一度も揉めたのを見たことがない。揉める予感が全くない。
— のもときょうこ@アジアで編集者やってます (@mahisan8181) March 7, 2019
人に迷惑をかけないように、と思うと、その思いは回り回って自分へのブレーキともなる。お互い何を迷惑と思うかなんて違う。バスの座席を倒すことも、ウォークマンで音漏れしながら音楽聴くことも、「シーン」としてるしかなくなる。マレーシア人の「楽しんだもの勝ちOK」な姿勢を見てるとホッとする。
— のもときょうこ@アジアで編集者やってます (@mahisan8181) March 7, 2019
もう何度も体験しているのに、「何か見落としているんじゃないか」「自分の見方がおかしいのかな」と自分を疑ってしまう瞬間です。
もちろん、私は彼らの全てを知ることはできませんし、ましてやイスラム教徒として産まれてくる人たちの気持ちを理解することは一生無理でしょう。
けれども、毎回毎回、「素晴らしいな」と思っているので、現時点での感想をもう少し深く共有してみます。
シニアも赤ちゃんも仲間という空気
仕事の旅行とはいえ、60オーバーのシニアから赤ちゃん連れ、いろんな人が参加するのですが、誰かが迷惑がられるのを見たことがありません。
赤ちゃんは、あまりに大勢の男女に抱っこされて(日本と違って男性も抱っこするのがマレーシア風です)誰の子だからわかんなくなってました。初参加のシニアは事情がわかっていないので、いつも誰かが気を使っていました。
スケジュールはときどき「お祈り」のため中断します。マジョリティはイスラム教徒。有力メディアの人はブミプトラの影響もあって、ムスリムが多いのです。華人など他宗教の人たちは当然のように理解して、のんびり待ちます。
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