2051年4月25日
2020年以降に産まれた子供達は教科書でしか知らないと思うけどたった30年前、東京オリンピックの開催が予定されていたあの年に感じた教科書には載らない悲しい感情。
2013年9月7日 午後5時20分頃。IOC会長ジャック・ロゲが2020年のオリンピック開催地を発表した。「トウキョウ」カタコトだけど聞き馴染みのある地名だった。テレビに映る招致委員会メンバーの狂喜乱舞する姿とは裏腹にそのニュースを知った日本人は「あぁオリンピック日本に決まったんだ」位の冷静な感覚だった。
それからは、「オリンピックまであと何日」「競技場所をどこにするのか」「施設にお金をかけすぎだ」なんてニュースをワイドショーで度々見かけるようになった。国民がオリンピックを忘れないようにしてくれてたのかもしれない。今思うと2011年の東日本大震災以降、暗いニュースが続いた日本には必要な事だった。そんなオリンピックニュースも2020年に近づくにつれてどんどん増えていき、関心の無かった人でさえ大きなお祭りが始まるんだと、少しずつ浮き足立っていた。そんな矢先事件は起こる。
オリンピックまであと237日
2019年12月 武漢中心医院の眼科医、李文亮がある異変を察知する。2003年話題となったSARSウイルスと似た症例を見つけた。
【SARS-サーズ-】中国広東省仏山市から始まり2002年11月から2003年7月までの間に8,098症例と774死亡例が報告された感染症。
李医師はこのことを、広めようとSNS等を使って色々な人に伝えたが、社会の秩序を著しく乱す虚偽の発言として国はそれを認めなかった。
しかし、数週間後認めざるを得ない事態に発展する。
医師本人がその感染症を発症。続いて多くの人に陽性反応が現れた。もし仮に李医師が最初に声を上げた時に適切な対処をしていれば、その後の惨事には繋がらなかったのかもしれない。
オリンピックまであと147日
このままいくとオリンピックの開催は無理では無いかなんて議論が始まる。実際問題オリンピックを楽しむ余裕なんてあと5ヶ月で生まれるわけが無かった。
オリンピックまであと121日と22時間
必然の一閃。
表向きには、オリンピック開催を強気に発言していた政府が1年の延期を発表したのだ。緊急速報ではあったが、国民はだろうな。という感覚だった。
ここから世界は暗闇へと突き進む。きっと教科書にはその一年後無事にオリンピック開催、経済の落ち込みについてさらさらっと書いているんだろう。けどそんな事は大したことでは無い。未来に伝えていかないといけない大切な事は、私たちの失敗の歴史。失敗の歩。コロナウイルスによる一連の被害は数字や人の死で目に見えるものばかりじゃなかった。
死に向かって生きる化け物の姿
外出自粛。終わりの見えない恐怖。元に戻るか分からない未来。人がおかしくなる為の条件は揃いすぎてた。毎日更新される負のニュースでぶつけようの無いフラストレーションは人を化け物に変えた。誰よりも生き残りたい。隣のあいつより不自由はしたくない。考えが行動に。傷つけ、罵り、戦い、生きる為に死に向かって突き進む。
ついこの前までの日常は夢だった?この醜い私は人なのか?楽しみがなければ生きていけない?不安があると生きていけない?未来がないと生きていけない?
楽しみなんか何も無い。不安しか与えられない。未来なんて見えない。絶望すればいい。そしたら世界が答えをくれる。
わけない。
暗闇に溶け込むことだけ後回しにして、逃げ出す勇気は返してよ。
それだけあれば、明日も生きれる。そんな事を考えながらまた1人。また1つ。
私の記憶が正しければ、良くも悪くも世界が1つになったのはこの時が最後だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?