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母の死

2022年12月2日

4月に癌が見つかって、半年間入退院を繰り返していた母が、11月9日の朝、亡くなった。最後は自分の家に戻りたいという希望通り、前月の20日に最後に退院してから、わずか20日間。多くは安らかに過ごして、眠りながら息を引き取ったので、それでよかったのだと思いたいが、悔いがなくはない。

退院の日から同じ家に寝起きして、介護する姉と、ことここに及んでなお家父長然と振る舞う父親と共に、一緒に過ごしたけれど、密なコミュニケーションをとるにはあまりにも時間が短くて、たいしたやりとりもできないまま、母と話をする機会は永遠に失われてしまった。

息子はきっと、その妻を通じて、親になることを通じて、自らの母のことをよく知るようになるのだろうけれど、どういうわけか自らに大事を成すことを課し、いまなお何者かになろうとあがき続ける自分は、何度も家庭を持つ機会をフイにしてきたから、結局何も分からないまま。いったい、大事とはなんだったのか。

手紙を書くことを好んだ母の名を記した最後の郵便物として、喪中ハガキを鳩居堂の絵葉書を使って渾身の力を込めて作ったけれど、そうして「亡くなった母のために何かすること」が、意外にもなんら慰めにならないことに愕然とする。どれだけ母のためを思っても、その想いをあの人が知ることは永遠にない。それは、これまで自分のことにばかりかまけてきた自らの、過ち以外のなにものでもない。

長く生きているとそれだけ、いくつかの決定的な後悔が重く心に沈んでいく。いつか来たる自らの死が唯一、それらからの開放なのだとすれば、それはひとつの慰めでもあるのかもしれない。