折々の絵はがき(52)
◆絵はがき〈重文砧蒔絵硯箱〉(部分)◆
思わず息を飲む、繊細巧緻な蒔絵の技法。そっと触れてみたいと叶わないことを考えました。これは秋の夜、夫婦が「砧打ち」をしているところです。砧打ちは冬支度のひとつで、反物を「砧」と呼ばれる台に乗せ、槌でたたいて繊維をほぐす行為のこと。この作業は秋の風物詩として能の題材にされたり、和歌に詠まれたりしました。月明りの届く軒先近くに腰を下ろした二人は静かに言葉を交わしているのでしょう。息を合わせて手を動かす様子は仲睦まじそうで、こんな秋の夜の過ごし方もいいなと思いました。
描かれた女郎花、藤袴、桔梗など秋の草花の美しいこと。蒔絵の金はそのまま月明りのようにも見え、まるで夜そのものがここへ閉じ込められているようです。大きくのびのびと描かれた植物に比べて、仕事に精を出す夫婦の家はこじんまりとしており、遠くから物語の世界を眺めているような不思議な気持ちになりました。
じつはこの絵はがきに配されたのは硯箱の蓋裏。表には秋の草と満月、そして野には枕一つが描かれています。…はて、なぜ枕? と思いますが、室町時代中期には蒔絵技術の発達とともに和歌などにちなんだ歌絵意匠が流行しました。この作品は『千載和歌集』巻第五所収「旅宿きぬたといへる心をよめる 俊盛法師、衣うつ音をきくにぞしられぬる里遠からぬ草枕とは」の歌意をデザインしたもの。しかも表蓋の秋草や岩にはこの歌からとった「し・ら・れ・ぬ・る」の文字が隠されています。洗練された表現とともに、人の手が生んだ厳かな美に圧倒される一枚です。
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