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マルチとかねずみとか。

自分の身の回りに起こったことや、何かを見聞きして感じたことなどをnoteにしたためておこうと、一応は思うのだけれどなかなか筆不精な昨今です。女衒(我が父)のあれこれもかいておきたい気もするのだけれど、もうこれ、どこから手をつけていいのか、そもそも思い出す行為自体がなんか腹たつので、もう少ししてからだなー。と心の中の私が言っていますね。もう少ししたらねって。その「もう少し」がくるときには、もう彼がこの世にはいなくなっていたらいいなぁと思います。だって、そう思うんだもの。仕方ない。早く身体を脱いでねと優しく思い続けています。(楽になるとは思えないけれど、それで楽になれたらよいですねと願います。)そして、きっと身体を脱いだとて我々親族にはいわゆる”迷惑”がふりかかってくるんだろうけど、それはこの世の我々でできることをやってかなあかん覚悟はできてるんでさぁ!という気持ちです。どうぞ。

で、今日はこの重たい腰をあげてというか、よしかいとこかーと思ったタイトル通りのことなのですが、そうマルチ商法的なもの(やり方がマルチ商法といわれるビジネスモデルというだけで、法にはふれていないやつだと思う)に久々に誘われたというお話です。実話です。そもそも、インスタを見て、その友達が「やってんなーこれー」と思っており、声がかかるかなということはある程度想像しておりました。さっさと、紹介されて、ちゃんと商品つかって、説明うけて、一応聞いて、その時断るが一番と思っているのでまぁ流れはその通りになった感じ。そもそも、私に美容系で一緒にやろうというのは???しかないのだが、昔からのお友達ということに加え、彼女には仮があるというか、恩義を感じているところがあり、さらに、その商品自体が悪くないことは知っていた(これ誘われるの実は3回目♡)ので、商品を購入してその子に利益がでるならまぁ買おうと思っていた。で、もちろん購入はさせていただきましたよ。ビジネスパートナーは、断りましたが。まぁよくといってはあれですが、これ誘う勇気は讃えたいと思う。私なんて、人に遊びに誘うのすら、もう絶対この人これいきたいでしょ!って思わない限り、断られたらしれっと傷つくくらいなら一人でいこって思うくらいだから、まじで向かないと思う。何人かビジネスパートナーを獲得しなければいけないとかそういうノルマがあるとすれば毎日お腹をくだし、最終的には架空のビジネスパートナー(全部自分)とかにしてしまいそうである。だから、正直、情で断るということが本気で苦手でもあり、あっさり断っているように見えて相当神経つかっているのである。つら。以下、私が備忘録としている乱文になるので意味不明予定(と、一応いっておきます。誰もよまないってね笑)

その友達は、3男児の子育てやらなんやらかんやらが辛かったんやろなーと改めて。気持ちが沈んだ状態が続いて、ふとキラキラした人を見て、その人が羨ましい、自分もそうなりたいとなったときに、それは悪いことではなく、いいことなのかもしれないけれど、羨ましさから自分を奮い立たせる時、こういうビジネスモデルをもすんなりと受け入れてしまうのだろうか。元々の素質もあるとはいえ、弱っている人間にはこれ毒やでと腹立たしい気持ちにもなる。彼女いわく、ある程度のビジネスパートナーを獲得したら、それだけでお金が入り、働く必要もなくなり、心も体もきれいになる(うんうん。わたしゃーま一般的にいうまともな職にもついてないし、心も体もまぁまぁきれいやでーと自負、、しながら傾聴。)彼女の場合は、現在おかたいお仕事をしており(しかも20年継続して!)今は、今回紹介されたビジネスを副業としてやっている、目標はおかたい仕事をやめることだと言っていて、友達あつめてビジネスやって、この先みんなで旅行いったり楽しいことたくさんしたいと、ありきたりの夢物語的説明もありつつ、今までこんなんでいやだったー、だからこれを始めようと思ったんだと涙を流しながらライン電話されまして。その涙はうそのではない(と思う)とても、純粋な子なんだけど、賢いはずの子なんだけど、、今はこの副業の信者で、これで儲けることができれば幸せになれると信じきってるこの感じ。あぁーとため息がでる。純粋がすぎて、あほなんかと思ってしまったではないか。なんでもそうだけどさ、陰謀論とかも、根拠が全くないのに、きっとこれはこうだーみたいなものを信じてしまうっていうのは、実際、思考停止してんだよなって思う。ま、これ陰謀論とは違うんだけど、このビジネスをやり続けて、本当に幸せなんかって少しは疑問もとうよ?だから、泣いててもなにしてても、それ思考停止やでーっていう心の声。まぁ本当にこのビジネスでお金がチャリンチャリンと入ってきたらそれはそれでいいことなんだろうなと思う、それで幸せって思えたらそれでいいと思う。今私が、そのビジネスやめた方がいいよっていったって無駄なのはわかっているし、それなら無理はするなよと声をかけつつ応援の姿勢をみせる(友達をやめたいと思っているわけではないので、ね。)こういうものにはまる心理はわかるようで、自分ははまったことがないのでわからないとも言える。やはり、心のすきにつけこむやり方、賛同できない。今辛くない?うん辛い、じゃあこんなキラキラビジネスあるよ、やろうよ!今より幸せになれるよ!これやったら幸せだよ!なんで?
彼女にいたっては、夫から「ネズミ講やぞ、やめとけ」と言われたらしく、なんとネズミ講を知らなかった(ほんまかいな)らしく、調べ尽くしたが、でも楽しそうだり、やりたいし、きれいになりたいしとか、未来を考えて・・・と、反対を押し切ってやっているとのこと。さすがに、ネズミ講というと、粗悪商品を売りつけるようなものだから、一括りにしてはいけないが、やり口似たりよったりは否めない。ただ、このshitting資本主義日本社会において、おおよそのビジネスがつながりを元に仕事にしているみたいなところがあるので、もはやその手口がああだーこうだー言い切れないし、悪ではない。私がもし、人と会うのが大好きで、人に一緒にやろーぜーって言えるタイプの人間ならば(かつ、断られても気にしない分厚いハートをもっていたら)一緒にやってみるのだろうか?とかいろいろ考えてしまう。だって、これ人を騙そうと思ってやってないからね。うちうちで経済まわすみたいなん、ちょっと苦手やけど、それが手っ取り早いし簡単やし、といういろいろがいろいろに混じり合う。まぁでもさ、彼女がそれをやりたいならそれでいいとも思うし、やっぱやーめーたーもありなわけで、そのときはそのときでビッグハグを送りたい。(いらんやろけど)

いやーでもしかし、本当にいい子なんすわ。高校生のとき、私が、口汚く人をディスっていたりしたら(半分冗談だったりするのだけれど、バカだからおもしろいと思って言ってたんだと思う)それこそ根拠のないことを、ベラベラと・・・(恥ずかしい)そういうとき、彼女はきちんと「それはないと思う」「それは言い過ぎだ」と私を諌めてくれた。そこで私は「はっ」となり、こんなん言ってくれる人なかなかいないなーと思ったものですはい。だいたい、笑って時が流れるのを、きちんと、それは違うぞと時を止めてくれる人なのです。そういうことを私は、誰にも本人にも話したことはなく、心にとめているのであるが、まさに彼女は「人を笑うことと物事を笑うことは別」だと教えてくれたんだと思っている。その恩は忘れないでおこう。背が高いし顔もくりっとキュートなので、ポールスミスのモデルだよとよく私がいっていた。(初対面の人の前で言うなよーとなるお決まりの・・・笑そして、今も言ってますけど、無視されてますね〜)化粧品とか美容品もなの?まぁ何を使ってもいいけど、なんもつかわんでも彼女はずっときれいだと思う。(だって、ポールスミスのモデルなんやでーー)

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