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よければ一緒に~KANちゃんのこと②~

KANちゃんのことを書こうと言ってみたものの、遅々として筆が進まない。(筆じゃないけど)
時間はかかるけど、その時に思い出したこと、そういえば!ということ、自分の気持ちを少しでも残していきたいと思っています。
いつ終わるかわかりませんが、気楽に読んでいただけたらと思います。

12月16日は、泣き笑いの1日だった。
大阪のFM局が朝6時から夜の11時まで、KAN 1DAY SPECIAL "Our Favorite Songwriter" と題し、1日KANちゃんのスペシャル放送をしてくださった。
ちょっと早起きして朝から聞いて、仕事の間は離脱したけれど、
また夕方から聞き始めて夜まで。
1日中、愛に溢れた放送だった。
Xをのぞいてみると、日本全国あちこちで聞いていらっしゃるファンの方がいる。そんな皆さんと繋がっている感じがして、本当に良い1日だった。
今さらながら、FM COCOLOさんにお礼を言いたい。
本当にありがとうございました。
「追悼」とか「悼む」とかそんな言葉は使われず、
みんなKANちゃんのことが大好きだと感じられる放送だった。

あの日の翌日。11月18日(土)に、要さん(スターダストレビューの根本要さん)と馬場(俊英)さんから、Wabi-SabiレディオショーでKANちゃんのことを話してくださった。

あの番組がいちばん辛かった。今思い返してみれば。
リアルタイムで聞くことができず、外出の帰り道、
相方(夫)の運転する車でタイムフリーで聞いた。
「永遠」がかかった瞬間に、車の中でわんわん泣いた。
いちばん泣いたのはあの時だったと思う。
黙って泣かせてくれた相方に感謝。

KANちゃんはラジオの人だ。
キャンペーンだなんだで、本当にたくさんの番組に出演されていた。
あれから1ヵ月以上になるが、特集番組がずっと続いている。
今までこんなアーティストがいただろうか。
FM局が1日かけて特集してくれたり、1ヵ月以上が経過した今も、特集してくれる番組がある。
たくさんのアーティストが自分の番組でKANちゃんについて語り、
YouTubeでも取り上げてくれる人がいたり…
改めて、すごい人を好きだったのだなと、思い知らされる。
ご自身も、ラジオで話されているときは、本当に楽しそうで、
私もKANちゃんのラジオを聞く時間はとても好きだった。

初めてKANちゃんのラジオを聞いたのは、当時JFN系列で(たぶん)放送されていた「KANの45RPM」。
ファンになった頃に地元FMでも聞けるレギュラー番組だったから、
録音しながら良く聞いた。
ここまで熱心に毎週聞く番組は、この番組が最初だったかもしれない。

それから、受験勉強中にたまたまチャンネルが合ったSTVラジオ。
え!!アタヤンが聞ける!!
それに気付いた時には、本当に嬉しくて。
当時KANちゃんがレギュラーをしていたSTVラジオの「アタックヤング」(1988年からレギュラーを務めていた番組。そこから今日に至るまで、ずっとSTVラジオのレギュラー番組を担当されていました。)という番組を雑音の中、睡魔と戦いながら聞いたもの。

今はradikoがあって本当に助かる。
北海道や大阪のラジオもストレス無く聴けるんだから。
KANちゃんのラジオを聴くためにお金を払っているradikoプレミアム。
もう支払いの意味は無いかな?と思い始めていたけれど、
まだまだ特集され、KANちゃんのカケラが残っている。
ラジオを聴いている時は、KANちゃんを近く感じられる気がする。
ご本人の声を近くに聴いていた時はもちろん、
ラジオから聞こえてくる話はとても近く感じられるから、
もうちょっと続けて契約していよう。

まだ辛くて曲が聴けないという人もいる。
私もまだ映像を見ることができない。実は。
でも、ラジオは聴きたいと思って聴いている。
そこにあるKANちゃんのカケラを見つけるために。

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