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エア禍話リライト『目の絵の家』

 

 正確に言うと「家」ではないとのこと。

 どこの地方の、とは伺っていないが大きな大学であるらしい。
 そうキャンパスが広いと「なんだこの建物?」というものがある。大学に長く籍を持つ学生が半ば居着いてしまって、その者の家のようになっていた、という意味だそうだ。
 その大学構内の隅の隅にある、一人暮らしの部屋くらいの本当に小さく古めかしい倉庫。そこは本来立ち入り禁止になっており、窓はあるが黒い覆いがされていて中を覗けないようにされている。

 そこがその『目の絵の家』と呼ばれているところだった。


 その大学は美術系の大学ではないが、美術研究会というクラブはあった。そこに“人生をこじらせて”しまったOBがいた。
 そのOBは長くクラブに居着いており、学内の女子をモデルとして(ときにはヌードモデルも)雇っては先述した家に帰って絵を描く。

「これを描き上げたら、大学からも出ていくから」

 OBは大学側ともそう話していた。大学も大学で、OBが長く居着けるような権利関係がぐちゃぐちゃのところだから、「はいはい、出て行ってくれるんですね」と、半ば黙認されていた。

 その件の絵なのだが、モデルが何人もとっかえひっかえされていたそうだ。それはモデルに不満があって代えているという訳ではなく、その人が終わったらまた別の人、というシステムで代わっていくらしい。
 集団で写っている絵なのか、あるいはモデルの女性の”効いた”パーツだけを描き、それを組み合わせて理想の女性を完成させるのか。とにかくビッグプロジェクトということなのだろう、と周囲は想像していた。
 しかし、とても大きなカンバスに描かれた製作途中の絵は、誰にも見せてくれなかったそうだ。

 モデルの人数が10人を超えてきた頃、「そろそろ完成する」と、そのOBは美術研究会の親しい人に話した。それを聞いた人たちは、正直迷惑がっていたのもあり、終わって出て行ってくれたらいいなと思っていた。

 勝手に使っておいてアトリエというのも変だが、ある日OBはそのアトリエで亡くなった。本来は絵画に用いる尖ったナイフで、切ってはいけないところを切って死んでいた。

 発見した人の話によると、遺体の傍らには便箋に走り書きされた遺書のようなものがあり、「おれを見てくれない」とあったらしい。

 現場には布を掛けられたカンバスがあり、取ってみるとカンバスいっぱいに大きな”目”が描かれていた。
 十何人もモデルを雇って描かれていたはずのカンバスに、大きな目だけが写実的に描かれていた。

 呼ばれた警察によって現場検証が行われ「これは自殺です」、「ありがとうございました」というように片が付いた。


 現場にあった絵だが、描いたOBには身寄りもなく、権利的に引き取れる者がおらず、アトリエの中に残すしかなくなってしまった。

 建物からどけようとした者もいたのだが、交通事故に遭い亡くなってしまうということが2件つづけて起きた。

 そのせいでみな怖がってしまって、「呪われる」と言い出す者もいた。
「もともと古い建物だったのだから、もう、老朽化して絵ごと崩れてしまえばいいじゃないか」という雰囲気さえ学内には漂い始めていた。
 そうして建物は立ち入り禁止になったそうだ。


 月日が経つと、大学の中にはばかばかしい噂が流行り始める。「建物の中に置かれた絵、そこに描かれた目が動くことがある。それを目撃すると狂ってしまう」

 それを知れば、建物に忍び込もうと言う学生が出始める。しかし、夜に中へ入るにはあまりにも怖い場所だった。
 大学の隅の隅、誰も近寄らず、手入れもされないため草もぼうぼうで、もはやミニ幽霊屋敷の様相を呈している。そんなところに、昼に外から眺める程度ならまだしも、夜中に入ろうとする者は誰もいなかった。

 現れた。その目が動くのを動画で撮り、youtubeにもアップして、グッドボタンをたくさん押してもらうと言う者が。
 皆は馬鹿にしたが本人は真剣だった。どうしてもと言うので周囲は止めなかった。帰ってくるのを待っててくれるという者はいたが、一緒に中に入る者はいなかった。

 もはやその建物はタブー視されており、当時の事情を知る者に「忍び込む」という話をしたら「殺す」というような目で睨まれるほどの禁忌だった。
 だというのに、「死人が出ているのは事実かもしれないが、盛られてる部分もあると思う」などと言って、彼は建物に突撃した。
 残された友人たちは「元気百倍だな……」という話をして、彼を待った。

 建物と、帰りを待つ者たちのいるところの距離は、1時間もあれば行って帰ってこれるほどだった。それなのに2時間たっても帰って来ない。
 携帯で連絡を取ろうとしても、電話には出ず、メッセージには既読がつかない。
 本当にもう、しょうがないかという感じで、「……もう、行く?」と誰かが切り出し、10人ほどいた友人たちで迎えに行くことになった。

 建物に着くと、ドアは開いていた。鍵はもう壊れて使い物にならなくなっているのだ。
 外から建物の中を覗くと、突撃した彼がいた。こちら側を向いて、何かぶつぶつと言っている。立ったまま目を閉じて、ぶつぶつとしゃべっている。
 床には裏を向いた大きなカンバスと、それが立てかけてあったのだろう台があり、それがまるごと蹴倒されたように散らかっていた。
 友人たちは「怖い」と思ったが、ぶつぶつ言っている彼を家から引きずり出した。彼は何ごとかしゃべるのをやめ、我に返ったように叫び声をあげた。「こっちのセリフだ」と友人たちは言い、みんなで建物から逃げ出した。

 2時間会わなかっただけでこんなにげっそりするものかという様子の彼に、温かい飲み物を飲ませて落ち着かせ、話を聞いた。


「それじゃあ噂の目の絵の家に入ります!」と実況をしながら、彼はカメラを構えて建物に入ったらしい。
 中には布を被せられたカンバスと、それを立てかける台があった。100%これだと思い、彼は布を取った。
 カンバスには、”座っている女性”が描かれていたらしい。
「なんだやっぱり噂なんてこんなもんスね。普通の家じゃないですか」
 ほかにあるのかな? と言ってカメラで映しながら探してみたが、やはりその絵しかない。
 つまり絵の中の目が動くなんて噂は嘘だった。
「ここで人が死んだのは事実かもしれないけど、目の噂なんてウソでしたね」
 もう一回だけ見て帰りましょう、と言って周囲を映したあと、カメラを止めた。
 ふと絵をもう一度見て、彼は「え?」と思った。
 絵は写実的に書かれた、普通の女性の絵だったはずだ。

「目が大きくなってるな……」

 写実的に描かれたにしては、不自然な目の大きさになっていた。
 撮影した動画と見比べれば、その違和感の真偽はわかる。しかしもう見返したくないという感情に彼は包まれていた。「なにかこういう理由で大きく見えていた」というトリックでもあるんだと理性的な処理をしたくなっていた。

 カンバスの裏側や、材質を確かめてみる。普通のカンバスだと確かめてもう一度絵を見てみると、見間違えでは済まない大きさになっていた。写実的に描かれていたはずなのに、少女漫画でもこうは描かないという大きさになっていた。

「うわあ!!」

 目を離してまた見ると大きくなっているという経験をしたからか、彼はもうその絵から目を逸らせなくなってしまった。
 ただ、もし見続けて絵の目が瞬きでもしたら、自分は発狂してしまう、という予感に襲われた。

(こうなったら……)と彼は目をつむった。待っている友人達が心配して来てくれるまで、がんばって待つことにしたのだ。
 そうして目を閉じていると、なぜか目を開いて見ようとする、まるで誘惑されるような気持ちがわき上がってきた。

(なんでなんで、いやいやぜったいだめだ。どうしよう……)

 そうだ、とひらめいた。狭い部屋だから、物の位置関係は把握できている。しゃがんで、さっきはがした布を手探りで探し出し、もう一度絵にかけ直せばいい。
 すぐに実行して布を探し当てた。よしとつかんで立ち上がると、自分の手が生暖かい手のようなものに、ぎゅっとつかまれた。

「え、当たった!?」と思ったすきに、布を奪われてしまった。怖くても彼は目は開けなかった。
「誰!?」 
 狭い部屋だから人が入ってきたらわかるはずなのに、そんな気配はなかった。もしかしたらと思って何人かの友達の名前を呼んでみても、なしのつぶてだった。
 しかしつかまれたのだから誰かがいるはずだ。

「返事くらいしたらどうだよ、おもしろくねえぞ……。なんか喋れよお前!」

 そしたら返事があった。

もう一度見てみてください。
いま怖いと思ってるでしょ。
もう一度見たらね、その怖いという考えが変わるかもしれませんよ。


 そう言われた。

「ああああああ!!!!」と彼は心の中で悲鳴を上げた。

 そいつは小声で「もう一度目を開けてみてください」とずっと言い続けている。知らない男性の声で。
 その声を自分でかき消そうと、「知らない、知らない」とつぶやいたり、適当な歌を歌ったりして、みんなを待っていた。

 そこに友人達が迎えに来てくれて助かった、ということだった。


 現在その建物は取り壊されているらしい。



 本投稿は、書き起こしや語り直しなどを自由に行える怪談ツイキャス『禍話』(XのIDは@magabanasi)のエア禍話を書き起こさせてもらった記事です。 以下の動画より、語尾など内容に関係ない一部を書き換えて文字に起こしました。
エア禍話 https://youtu.be/QqzvMRKUgkE?si=LF9NTkTqYi4k1Txl
26:11より


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