イケる女の恋愛遍歴:case_2.オタク社員編

国際なんとか学部とかにいた訳でもないのに、ふらっと留学したせいで、大学と揉めて、帰国後、卒業のために1年意味のない在籍をしなくてはならなくなった。
本当に頭に来ていたので、大学の近くにいるのも嫌気がさし、さらにお金ももったいないなと思い、下宿先を引き払って実家に戻った。

割りのいいバイトをしようと思って、少しの間、家電量販店に勤めることに。配属されたパソコン販売担当の社員・サイトウさん。正直名前は思い出せないが、ジャングルポケットの斎藤さんにそっくりで、髪型だけ今風にしましたって感じ。
とにかく留学中、お笑い芸人の動画に癒され続けていた弊害で、新しい人と出会うと、結構な確率で芸人さんに脳内変換されてしまう時期だったので、私の中ではずっとサイトウさんである。

サイトウさんはパソコン売り場の店員らしく、そこそこにオタクで、そこそこにおっさんだったが、背が高くて、麒麟の川島ばりの良い声と、清潔感(単に潔癖だっただけかもしれないが)を持ち、初めから女性経験もそれなりな雰囲気を出してきていた。

私は声フェチだ。身体に響くような声、惹かれる声が聴きたくて、ドラマCDを聴きながら寝ることもあるくらいだ。
少し意図的に低い声を出している節があったので、好みドンピシャというわけではなかったが、いい歳の男性が自分の武器を駆使して気を引こうとしているのが可愛く思えた。

最初こそどう関わるべきか計り兼ねたが、とにかく暇な職場だったので、私は女子大生なりに、そういうのに付き合って、つい男の人を勘違いさせちゃうんですよねーという田中みなみ的エピソードを披露したり、かなりアウトなセクハラ話に応じたり、たまにサイトウさんの男性的な魅力をほのめかしてあげたりした。

その時の私は(女子大生なりにだが)結婚も考えたりするような遠距離恋愛中の彼氏がいたから、ちょっと遊んでおきたいという気持ちが強かった。
卒業までそう時間もなく、就職したら勤務地も地元から遠いところになる予定だったので、多少なりともセックスアピールを感じたら、デートを何回か続けるというのを何人か同時並行で進めても、就職を期に自然に切れていくだろうな、という適当な気持ちだった。

サイトウさんは存外、女性に対し失敗したくないという気持ちが強かった。彼氏持ちの私とどうにかなりたいという思いを隠さない割に、遊びで終わるセーフティラインがわからず、どこまで踏み込むべきか、ずっと様子を伺っているようだった。

上がり時間が被った時は、車通勤をしていた私が近くのコンビニまで送ることも何回かはあったが、2人で食事に行こうという誘いが聞けたのは、私が卒業祝いか、就職祝いをねだってやっとのことだったように思う。

これは進展しないパターンなのかな、と思っていた頃、レジ担当のアルバイトで唯一気さくに話しかけてくれるの女子大生・A子が、私とサイトウさんの仲を気にするようになっていた。
元気だけどウブな子で、職場恋愛がよほど気になるのか、キャッキャしながら「今ちょっと距離近くなかった?」「どう思ってるの?」と中学生のようなことを聞いてくる。

私はリップサービスのつもりで「近々デートしてもいいかと思ってる」みたいなことを言ってみると、「同じ職場でなんて!しかもサイトウさんとか香子には合わないでしょ」と心底嫌そうにしていた。
元々サイトウさんとA子は幼なじみのように気兼ねのない会話をしていて、目の前で平然と「男としてありえない」ような発言を繰り返すので、それほど仲が良いのだなとは思っていた。

時折出るA子の「サイトウさんはナシ」発言で予定を組むことすら阻まれたのもあり、せっかくのデートの誘いも延々実行されないかのように感じた頃、テスト期間で学生バイトが全員休み、ちょっとシフトが大変な時期があった。
その労いも兼ねて仕事終わりに、やっとデートは実現した。

生でも食べられる焼き鳥屋さんという、気負いすぎない初デートかつセンスを疑われない絶妙なチョイスで紳士的なデートをした帰り、いつも送っていくときに降ろすコンビニに着いても、サイトウさんは一向に降りなかった。会話を終わらせないように引き伸ばしている様子と、少しずつ手を握ろうとする気配も感じていた。
「だったら、家に連れ込んでくれれば良かったのに」と正直思った。
なんでも理由をつけて家に呼んでくれれば、バカなフリして上がったのに。

実のところ、サイトウさんはまだ迷っていたのかもしれない。
そろそろと手を触られ、もういっそのこと振り切って降ろして、帰ってしまおうかと思ったとき、脈絡もなく、肩をグッと引き寄せられ、キスされた。
想定外のタイミングだったので「え、今?」と混乱して、上手く唇が合わさらなかったように思えた。

サイトウさんが照れたようになにかを言いかけて、さらに予想外なことに、サイトウさん側のドアが外からバーンと開いた。

「シンちゃんのバカ!」

そこにはA子が歯を食いしばって立っていて、サイトウさんの腕をバッと掴んで引っ張り出し、無言でドアを閉め、去っていった。

呆気にとられる、とはまさにこのことだ。
その時は事態が飲み込めず、とにかくその場から去りたくて車を発車させた。寝る前にA子からLINEがきて、やっと二人が付き合ってることを認識した。ただ、勘弁してくれ、と思った。

サイトウさんもA子も職場近くに住んでいたので、特に詳しく説明はされなかったが、その日はきっとサプライズでサイトウさんの家を訪れたに違いない。
見たくもないものを見たとは思うが、A子の理性(と付き合っているのを隠していた罪悪感)のおかげで修羅場にはならなかった。
サイトウさんには「浮気するなら、そのくらいのリスク管理はしてくれよ!」と心底思った。
それと同時にお互いが遊びと承知していても、こんなことってあるんだなと学んだ。
浮気するということは、当人たちだけの了解では、賄いきれないらしい。
そして、いい歳の大人も浮かれると、リスク管理はできないらしい。

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