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海外に学校を創るためには?

「ここに学校ができないかなぁ」と言う人は多いのですが、学校は自分たちで力を合わせて創り上げるものです。
学校にも「ヒト・モノ・カネ」は必要ですから、創りたい人たちが一生懸命 “汗” をかかないと、学校はできません。また、最初に「こういう学校を創りたい」という明確な意志/理想があり、実際に動き始めなければ、広く賛同を得られないし浄財も集まらないでしょう。
では、どうやって日本人学校・日本人高校を創っていったらいいのか、できるだけ易しく説明してみようと思います。


学校は自分たちで創るもの

「ある程度のお金があって、どうしても教えたいことがあるから “教室” を開きたい」という人は、いつの世でも多いです。そういう方には、どんどん創って周りの人に知恵を授けてもらいたいと思います。ただし、与えるばかりでしょうから、その内にお金も気力・体力も限界がきてしまうでしょうね。
しかし、そうやってできる “私塾” の中には、賛同者がカネやモノを持ち寄ってきて どんどん広がっていくものがあります。イメージとしては、緒方洪庵の「適々斎塾(適塾)」や吉田松陰の「松下村塾」のように、後から見れば 立派な学校も現われます。

しかし、それとて「ヒト・モノ・カネ」が続かなくなれば、消えていきます。「慶應義塾」という、後に巨大な学校法人になる “福澤諭吉の私塾” も、経営に行き詰まって “頓挫” する危機を4回も経験しているそうです。
明治時代になって民法上の「財団法人」(注)という枠組みができ、長期にわたり安定的に経営ができるためのシステムが工夫されていきます。「ヒト・モノ・カネ」の集め方も、次第に洗練された形が整っていきました。

注)財団法人:ある特定の個人や企業などから拠出された “基本財産” で設立され、その金利や配当金、その他の運用益を主たる原資として公の事業を運営する法人。

そして1949年に「私立学校法」(昭和24年法律第270号)が成立すると、「学校法人」という特殊な公益法人の形ができますが、“自分たちで創る学校” の原則は変わっていません。
海外に設立される日本人学校も、基本的には「私立学校法」に基づいて設立・運営されますけど、“自分たちで創る学校” の意識のない保護者が多くなると混乱が起こります。

開校して10年もすれば、後から移ってきた人には「元からある学校」「あくまで選択肢の一つ」になってしまいます。そんな人に「ヒト・モノ・カネ」の協力をお願いすると、「本社の方に言って」と言うならまだしも、「私に言わないでよ!」と不快な顔を向けられます。
その学校に長年貢献してきた「長期滞在者」(研究者や専門職・芸術家など、あるいは国際結婚や移民でその町に長く住んでいる日本人)は、昨日今日やってきた駐在員家族に「日本人学校は、うちの子に何をしてくれますか?」などと言われると、悲しくなります。
ある人は「そうではなくて、お子さんの学校のために あなたが何をするかでしょ?」と心のなかで叫んでいます。ため息交じりに 「補習授業校の時代の方が かったなぁ」という声も、ずいぶん耳にします。

寺子屋のようだった補習授業校

では、補習授業校とは、どんな学校でしょうか? 予備知識が全くない方は 『「補習校設立」で本当にいいのか?~決断のその前に』が参考になるかと思います(* Koyamaさんは 私の親族ではありません。念のため)。

まず ここで、日本の名門中学・高校が帰国生を “特別な配慮” で受け入れる際の3大条件挙げてみましょう。
① 日本の学校の習慣や決まりごとを、子ども自身が体得していること・・・・・ 校舎内は土足厳禁。掃除当番や給食当番など 強制的なサービスの分担がある。教師が、服装や化粧、行動などに厳しい規制をする、など現地校やインター校に通っていた子どもには苦痛を伴うことが多いのです。それに耐えて明るく楽しく学校生活が送れる子かどうかを、学校側は最優先で考えます。
② 日本の学校の授業についていける力が 十分に備わっていること・・・・・ とくに年齢相応の 国語と算数の基礎学力 が必要です。中学生以上でも、国語と算数は 全ての教育活動の基本だからです(特別指導などしたくない)。
③ その子を入れることで、学校や周囲の生徒に 大きなメリットがあること・・・・・ 英語や他の外国語に堪能な子どもは、確かに有利ではありますが、それを「さりげなく謙虚に表現できて、周囲の生徒に よい刺激を与え続けてくれること」が前提です。
とにかく、教師の負担になったり、教育現場に混乱が生じたりすることを、名門校は極端に嫌います。そんな学校は「帰国生受け入れ校」を名乗って欲しくないのですけど、受験偏差値が高いからでしょうか、 "お受験ママ" たちは大好きです。

では、「日本の学校の習慣や決まりごと」を体得できて、最低限「日本式の授業についていける力」が備わり、日本の学校側に「この子を欲しい」と魅力を感じさせる子育ては?・・・・・ ここに、補習授業校の必要性や意義が叫ばれる一番の理由があるわけです。
補習授業校は、平日は現地校やインター校で学んでいる子どもが、週末あるいは平日の午後通ってくる学校です。日本人の先生が学習指導要領に準拠しつつ、日本の検定教科書を使って 日本語で指導します。
ともかく、日本語で思いっきり話せる空間を保証することと、できるだけ日本の学校のやり方を踏襲することで、赴任直後の子には安心感を与え、帰国する子には 異文化ショックを和らげるようにしています。

意外と知られていないのが、「寺子屋」であることです。予算規模も比較的小さく、学校法人的な組織づくりが整っていないところが多いのですが、親は ひたすら裏方に徹して、先生を支えます。先生を批判したり、補習授業校を託児所同然に考えたりすることなど、もってのほかです(笑)。
しかし、たとえ我が子の先生が ”ダメ教師” でも、親が全力で先生を支えている姿を見て育った子は、入試や編入試験の時に 学校側から必ず好感を持たれるのです。その差は、歴然としています。

保護者のボランティアで運営する

2013年3月、上海の浦東区の保護者から「補習授業校を創りたい」という相談を受けた時も、「学習塾とどう違うのか」「運営上の基本は何なのか」といったことの説明に、ずいぶん手間と時間をかけました。
「それでも創りたい」という中心メンバーが数名集まっていたので、2ヶ月後には開校し、堅実な運営を続けたことで 現在も続いています。

上海浦東補習授業校は9人で開校(2013年5月)(↑ クリック)
2023年6月現在:小学生 59人、中学生 6人、高校生 5人、 計70人。

学校を立ち上げ円滑に運営を続けるコツは、最初に学校の基本枠をしっかり決めておくことです。親は毎週子どもを送ってきて(親以外が送迎することは不可)、授業が終わるまでボランティア活動に徹します。
親も子どもも共に学び 協働作業をすることで、日本語や日本文化に触れ、情報交換もできます。日ごろの愚痴やモヤモヤした気持ちも解消できるので、また元気を出して いつもの生活に戻っていけます。

課題は、教室と先生、そして運営費の安定的な確保です。日本人学校に併設(運営委員会が同一)されていれば その校舎を借用できますが、そうでなければ、たいていの校長は断ります。教室が足らないために「空席待ち」が生じている補習校もあるほど、教室の確保は大変なのです。
先生も全員を保護者たちで探します。駐在員や政府派遣教員の帯同家族で教員免許を持つ人は多いのですが、就労ビザがないので働けませんから、それ以外の人の中で 常に探していないといけません。足らなければ、保護者の中から先生を選びます(拒否できません。誰か探してこない限り)。

その町の日本人コミュニティに補習授業校の存在や価値が認知されてくると、次第に支援も集まり始めます。運営が軌道に乗ってきた段階で 在外公館を通して外務省に「補習授業校」の認知をしてもらうよう申請し、認められれば「校舎の借料や講師の謝金等の一部」が助成されます。
上海浦東補習授業校は、開校から5年後の2018年に、やっと外務省に “認知” されて、政府援助の対象校となりました。

全日制の日本人学校にするの?

政府に補習授業校として認められるくらいになれば、高等部の設置の必要性(在校生が中学部を卒業してしまうので)も出てきます。現地校やインター校には高等部までありますし、日本人学校の中学部を卒業後もその町に留まる子は、現地校やインター校に進学するしかないからです。
(2023年度:補習授業校 240校中 63校に 1,302人の高校生が在籍)
また、先生と学校運営の役員は ほぼ全員が「長期滞在者」になっています。補習授業校の歴史に長く関わり、赴任したばかりの家庭の “お世話係” や、補習授業校のさまざまな課外活動の企画運営や場の提供・開拓など、多岐にわたって貢献してくれています。

英語圏以外の国においては、やがて日本人コミュニティの中に「全日制の日本人学校にしたい」という機運が生まれてきます。
日本人学校になれば、校舎・施設は 政府から ほぼ半額助成されるし、教員定数の約7割は 日本から政府派遣教員を送ってもらえるからです。インター校の半額以下の授業料で運営可能になるので、進出企業も駐在員家庭も「日本人学校に “昇格”!」に一気に盛り上がります。

ところが、日本政府の援助対象は あくまで小・中学生のみですから、「幼稚部や高等部を日本人学校の(外務省の助成で建てた)校舎には置けない」という問題に直面します。「駐在員家庭の子ども以外には、文科省の教科書無償給付はできない」という “原則論” も再燃します。
それでも「長期滞在者」の多くは、その国に住む日本人の精神的な拠り所ができる意義を理解できるので、たとえ我が子が “対象外” にされるとしても、日本人学校への改組に協力してくれます。
それをいいことに、政府派遣教員や駐在員家庭(とくに赴任してきたばかりの人)は 過去の経緯に無頓着で、次第に「長期滞在者」に冷たい態度を取るようになることは 『“日本人学校離れ” の内実は?』で書いたとおりです。

メキシコ日本人学校を長年支えてきた学園都市に補習授業校が開校。

補習授業校を創るときには、それに沿った「こういう学校を創りたい」という明確な意志/理想が必要でしたし、基本方針に則って 実際に動き始めたことで、広く賛同を得られ 人材も支援も浄財も集まってきたのです。
いま、全日制の日本人学校や日本人高校を創ろうということであれば、やはり 新たな「こういう学校を創りたい」という明確な意志/理想が必要ですし、新たな基本方針を定めて 実際に動き始めるしかありません。そうすることで「ヒト・モノ・カネ」も集まってくるのです。
次回は、学校の運営組織が整ってから 支援や浄財をどうやって集めるのか、より具体的に書いてみます。

寄付は どうやって集めるの?
上海日本人学校高等部の設立準備プロジェクトの記録
パリの日本人高校/山下アカデミーのプロジェクト
グローバル化社会の教育研究会(EGS)


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