拝啓孫正義様


 もはや存在せず、おそらく決して存在しなかったし、これからも多分永久に存在しないであろうが、それについての正確な観念をもつことは、われわれの現在の状態をよく判断するために必要である

 ルソー『人間不平等起源論』


 拝啓 孫正義様

 これは「世界中の自殺者をゼロにする」という私の目標のための企画書である。
 かつ、この世の人は、自殺者がゼロになると信じている人はいない。そのような目標のための機関もない。どんなことよりも必要なのは、人が死なないようにすることである。私はそのことだけを考えている。

 私は2012年より自身の携帯電話の番号を公開し、希死念慮に苦しんでいる人であれば誰でも電話をかけることができる「いのっちの電話」という電話サービスを開設した。現在、一日に最低でも5件ほど多いときは10件、年間2000人ほど電話を受けている。一人につき死にたくなっている症状に合わせて15分から30分ほど話している。私自身、躁鬱病(双極性障害2型)という診断を2009年から受けており、年に数度か鬱状態に陥り、希死念慮を感じてしまう。その経験をもとに、電話をかけてくる人々に死にたい時の対処法を伝えている。
 鬱状態になり、死にたくなっているとき、脳の誤作動のようなことが起きてしまっており、どうしても一人で考えて抜けだすことができない。悪循環してしまうので、そこに他者の声によって風を送り込む必要がある。そのため、このような電話サービスはとても重要なのだと日々実感している。
 今年度の自殺対策関連予算の中で、600億円ほどが「社会的な取り組みで自殺を防ぐ」ことに使われており、実際に全国50箇所ほどで社会福祉法人などが「いのちの電話」を運営している。そのうち20箇所では24時間相談を受け付けているが、実際には「応答率」は6パーセントほどしか繋がらないという発表もあるようにうまく行っているとは言い難い状態である。そこで私は何かの手伝いになればと、自身の携帯電話で一人で「いのっちの電話」を始めた。(「いのっちの電話」という名称にしているのは、以前までは「新政府いのちの電話」と名乗っていたのだが、商標登録侵害で「熊本いのちの電話」に訴えられたため)
 私はソフトバンクと契約しており「かけ放題プラン」でもあるので、着信履歴が残っていれば、もし出られなくても折り返し電話している。つまり、ほぼ100パーセント繋がる状態が実現している。それでこれまで八年間やってきたが、ほとんど精神的ストレスもなかった(私が鬱状態の時は運営できない時もある)。実際に、はじめる前の2011年の自殺者数は30000人を超えていたが、20,598人と減少している。私の電話サービスの効果もあるのではないかともちろん勝手な推測ではあるが考えている。実際に私と電話した後に自殺して亡くなった方は、2019年今の時点で一人しかいない。その方の場合は警察署から電話がかかってきて電話で事情聴取を受けた。これまで16000人と電話してきて一人である。私は自分で、死にたい人と電話し、その人が死ぬのをやめるようにする技術があるのではないかと感じている。もちろん全てが上手くいくわけではないとは思っている。
 しかし、私一人だけでは月に150人ほどしか対応することができない。実際には16年5月には55000件の電話が殺到したこともあるという状態であり、単純計算すると、私のような人材がさらに366人必要ということになる。もしそれが可能になると、死にたい人が電話をかけて繋がらないということが全くなくなる。私は自殺者をゼロにするためには、まず電話は100パーセント繋がる状態にしておく必要があると思っている。そこでこのような法人を作り、電話を受けて、相談を聞く人々を雇用することはできないかと考えた。「いのちの電話」は全て匿名の無償ボランティアが電話に出ているのだが、それではなかなか死にたい人は話しにくい。そうではなく、私は人の命を助けるという仕事にちゃんと平均年収(441万円)ほどの給与を支払いたい。そうなると単純計算して年間16億円必要となる。電話機購入、通話料などを考慮しても20億円あれば、自殺者ゼロに向けて行動することができるはずだと私は考えている。何よりも、こういう行動を行うと示すことが、自殺防止に繋がるはずだ。
 まずは日本を自殺者ゼロの国にしてみたい。
 ゼロにすることは不可能ではないと確信している。

坂口恭平

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