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生きのびるための事務 第12講 頑固はNFGです

 第12講

 ポンデラルマ駅で降りてセーヌ川が目に入りました。あ、パリにきてるんだなあと私は中学生の時にエッフェル塔とセーヌ川、そして川べりで絵を描いている自分の絵を描いたことを思い出しました。そうです。私は中学生の時に芸術家になる夢を抱いてました。小学生のときは建築家になると言ってました。そんなわけで早稲田大学の建築学科に入学し、絵も家で好きに描いていたわけですね。なんか夢で見た姿と今の姿を比べると、そのまんまじゃんと思いました。
「私は実験によって、少なくとも次のことを学びました。もしひとが、みずからの夢の方向に自信を持って進み、頭に思い描いたとおりの人生を生きようとつとめるならば、ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる、と」
「確かにジムを見てたらそう思うよ」
「いや、これは『森の生活』という本を書いたソローの言葉です」
「へえ、あのソローもそんなこと言ってたんだ」
「知ってますかソローのことを」
「うん、俺はね、小学生の時に建築家になりたくて、それで高校生になって高校の先生たちが、建築家にどうやったらなれるかを知らないから怒ってたんだよ」
「この世の全ての学校の先生は、自立して生きる道は知りませんよ」
「手厳しいねジムはいつも」
「はい、みんな我々が払った授業料で食べているのですから、事務の視点で見ると、彼らは先生ではありません。何かをよく知っている人であり、養っているのはあくまでもこちらです」
「ははは、痛快だね、そんなわけで、俺も自分で先生を探すしかないと思って図書館に行ったわけよ。全部建築雑誌を読み返して、20年分くらい」
「いいですね。自分の道を見つけるには、まずは先人の誰かの道を見つけないといけません。そうしないと、同じ道を歩いているのにこれは自分の道だ、なんて調子こいたことを言い出すのです。歴史を知ろうとしないやつはみんな馬鹿です。そういうやつが、俺がオリジナルだ、とかとんでもないことを言い出しますからね。そんなものはどこにもないんです。あるのはオリジナルな事務だけです」
「いいね、オリジナルな事務、確かに目に見えるもので新しいものってもう作り出すことはできないんだろうけど、事務ってのは目には見えないからね」
「人からは見えないってだけですね。事務は自分自身では常に完全に目に見える状態にすべきです。自分で見えている分、作品、その人の人生に反映されていきますので、目に見えない部分が人々に全部伝わっていきます。事務って、むちゃくちゃ人に伝わるんです。ホウハンルウが直感だけで動いてそうだけど、全然直感だけじゃなくて、事務を経て生きているってことが、すぐ伝わったでしょ?」
「一瞬でわかるよね」
「そうなんです。全く同じものを作ったとしても、事務を経ているものと経ていないものは歴然として違います。マルセルデュシャンって知ってますか?」
「うんわかるよ。あの便器を展示した人でしょ?」
「そうです、あの便器だって、元々はただの便器ですから」
「それをただの便器として展示してるじゃん」
「でも事務を経ているから芸術になっているのです」
「なるほど」
「とは言っても、私はマルセルデュシャンのことを芸術家だとは思ってはいませんが」
「あ、そうなんだ」
「私は一度、フィラデルフィア美術館でマルセルデュシャンの回顧展を見ましたが、あの便器の作品『泉』ははっきり言って糞な作品でした」
「言うねえ」
「なんの感動もありません。ただのスカトロです」
「へえ」
「でもですね、私たちはあの便器を実物で知っているわけじゃないでしょ?」
「うんうん、見てるのは写真だよね」
「あのモノクロの写真に私は魅せられたんですね。あれは芸術だと思いました。で、あれは写真家のアルフレッド・スティーグリッツが撮影しているんです」
「なんか事務っぽい話になってきたね」
「1915年に、マルセルデュシャンは第一次世界大戦の戦禍から逃げるためにアメリカに移住したんですね」
「へえ」
「マルセルデュシャンは逃げる天才ですよ」
「逃げるのは俺も好き。いつもめんどくさいと思ったらすぐ逃げる」
「それでいいですよ。大抵の人間は逃げないんですよ」
「なんで逃げないの?」
「変化するのが怖いんですよ。変化するよりもめんどくさいことを選ぶんです」
「なんで?」
「馬鹿だからですよ」
「言うねー」
「だって、ほんとですよ、馬鹿なんですよ。だって、うまくいく方法はうまくいきますよね」
「そりゃそうだ。成長するんだよ」
「上手くいくって変化することでしょ?」
「成長するってことも変化することだ」
「それ否定してどうするんですか?」
「ほんとだwwwwwそれバカじゃん」
「変わらない良さ、とかあります?」
「やばい無いかも」
「そうなんですよ、それで人って、変わらないからってそこで死んじゃうこともあるんですよ」
「そうだよね、、、頑固ってまずいねそれは」
「頑固はNFGです」
「え、何、そのエヌエフジーって」
「NO F○CKIN’ GOOD」
「ピー」
「デュシャンはやわやわなんですよね、確固たる信念がない、いつも変化する、弱いと罵られても変わることを、逃げることを求めます」
「それでアメリカに行ったわけだ」
「でも事務が入ってますから、向こうの受け入れ先の選択を間違わないんですよね」
「それでスティーグリッツと出会ったと」
「はい、スティーグリッツは近代写真の父、なんかと言われてまして、まあ、写真も超一流なんですけど、写真が記録のためではなく、芸術作品として、今、流通してますけど、その環境を設計したのも彼なんですね、ピカソをアメリカに紹介したのも彼。金持ちの子供で、幼い頃から、芸術家に触れてまして、彼の家はコレクターでもあり、彼自身は数学が得意で、さらには工学もベルリン工科大学で研究してます。建築ですね。その後カメラと出会い、写真家に転向し、金がありますから、自分で雑誌を初め、写真家や芸術家を紹介するんです。さらには291というギャラリーまで始めます。そこで、マティス、ピカソ、ブラック、セザンヌなんかまだアメリカでは知られていなかった芸術家たちを紹介するんです。今でいう、MoMAですね、ニューヨーク近代美術館、その役目をただのアパートメントの一室、291号室にあった291っていうアパートで実現していくんです。私が思うに、恭平はスティーグリッツに近いものがあるんですよ」
「へえ、でも確かに何か共感するものがあるよ」
「オキーフの絵を勝手に291で展示して、怒られたものの、その後、オキーフと結婚までしてるから」
「そこも事務だね」
「そうです。で、マルセルデュシャンはその噂を聞き、スティーグリッツに会いにいくわけです。そして便器を291ギャラリーに展示するわけです」
「ま、そんな展示なんかほとんど実は誰も見てないんだもんね」
「です。で、スティーグリッツの写真作品だけが一人歩きし、現代美術というものが始まった、なんて今では言われてるわけです。だから私はマルセルデュシャンはつまんない芸術家ですらないただの気晴らしで生きた退屈なやつとしか思ってませんが、スティーグリッツは大好きですし、天才的な芸術家、天才的な事務員だと思っているんですね」
「ジムってそうやって、好きな物事がはっきりしてるよね」
「あなたもそうじゃないですか」
「そうかな、でもジムみたいに徹底してないよ」
「その脇が甘いところが私は好きですよ」
「あ、ジムに好かれてるとなんか嬉しい。でもこれも事務だ。好かれると嬉しいやつになるってこと」
「もちろん、生き抜くためには大事な事務ですね」
「レーニンだってそうです」
「政治家のレーニン?」
「はい。彼もすぐ逃げます。ロシアの民衆が飢饉に苦しんでいるとき、彼はスイスの山中でサイクリングをしてました」
「ひどいやつじゃん」
「一緒に苦しんでいても成長なんかできません。ただ死ぬだけです」
「そりゃそうだ」
「コミュニケーションなんか必要ないんです」
「だね、苦しんでいる時に対話なんかしたら大変だ、喧嘩になるだけ。逃げるに限るね」
「そうです。コミュニケーションを徹底して避ける」
「議論を避けて、一人で事務をする」
「そうです。それこそ、創造が爆発する最高の環境です」
「でもなんで、みんな議論しようとするかね、現実の世界でもネットでも」
「頑固ってことです」
「NFG」
「YES。はい、到着しましたよ。パレドトーキョー。まさにここは元々トーキョー通りでしたが、戦争中に敵国だからと名前を消されました。その代わりつけられたのが、今のこのニューヨーク通りです。でもこの現代美術館はパレドトーキョー、東京宮殿、つまり名前を残しているんですね」
「さっきの話と繋がるんかい。ジム。お前の事務案内やばすぎるよ」
「早速入っていきましょう。お前はただの無名な芸術家ですよね。普通にチケット売り場からいきましょう」
「入れなかったりしてね」
「ホウハンルウがいるから大丈夫ですよきっと」
「すみません、アイムジャパニ、アイワンコンタクトウィズジェローム」
「パルドン?オージョードユイエタンジュフェアリエ」
「休館日みたいですね」
「アリー」
「でもきっと大丈夫ですよ。ホウハンルウは全てを可能にします」
「イエスホウハンルウ!」
「ウイウイ」
「なんか案内されたじゃん」
「奥の牢屋みたいなエレベーターに乗って、屋上にいけと言ってますよ」
「メルシ」
 で、二人で、エレベーターに乗ったんです。おしっこくさいエレベーターで不安になりましたが、屋上にでて、びっくり。
 目の前にジャングルがあります。木の陰からガラス張りの部屋が見えます。温室みたいな、でもそれはほとんどジャングルでした。
 ジャングルの中に一人の男が立っていて、僕と目が合うと、ロープにまたがり、ターザンよろしくこちらに飛び込んできたのです。

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