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生きのびるための事務 第8講 会社を作ることは、事務の中でも最高のブツ

第8講 会社を作ることは、事務の中でも最高のブツ

「で、どうでしたか?」
 ジムは僕が買ってきたビールを飲みながら言いました。
「モノの10分で0円ハウスの出版決まっちゃったよ」
「ほら、私が言った通り」
「いやほんとだよ。電話に出てくれた人は仕事があるって、そのままいなくなったんだけど、次に男の人が出てきて、暇だから、俺見るよって言ってくれて。その人が自家製本見てくれたら、興奮してくれて、10分後、すぐに企画会議に出してみますって」
「契約書渡しましたか?」
「うん、渡したよ。笑われたけど、なんか最初から本気でいいね、と褒められてね。浅原さんって人なんだけど、元々ヤクザルポみたいなフリーのライターもしてたみたいで、ヤクザっぽくていいって言われた」
「いい感じですね。そうなんですよ、曖昧な関係なんかほんとなんの意味もなくてですね、徹底的にぶっちゃけて、自分が求めることを全て要求した方が実は仕事は早くうまく進みます。みんなの仕事がうまくいかないのは、それだけをやらないからなんですね。主導権を握るってことじゃないんです。どんな身分であれ、自分の要求をまずすることで、自分の領域をはっきりとさせることができるんです。そうすることで、相手も動きやすくなる。本の世界って勘違いする奴が多いんですよ。一冊出るってだけで、俺、作家になったのかもしれないとか勘違いして、仕事とかすぐやめたりしますから、まあ、どうせその人たちはすぐ食えなくなるわけですが」
「なんてったって、俺が書いた契約書は印税がゼロでいいってことだからね」
「そうなんですよ。一見すると、馬鹿なやつにしか見えない。でもそれでいいんです」
「俺は事務をやり続けるわけだからね」
「はい」
「どうせ最後はうまくいくんだもんね、ジム」
「いいですね。そうです。どうせ最後はとんでもなくうまくいくんです。だから、初回の印税100万円はバンバンドブに投げちゃいましょう」
「これなら重版分からは印税10%にできますって浅原さんも言ってくれた」
「よし、グッジョブです。翻訳の件は?」
「最近、リトルモアの本を海外で売ろうとしているらしく、写真家の川内倫子さんって人の写真集が海外で売れ始めているんだよね、だから他の作家の作品も売ろうとはし始めているみたいで、翻訳の話もオッケーでたよ」
「完璧です。恭平、やるじゃないですか!」
「ジムがそんなに喜んでくれることが嬉しいよ」
「さあ、これで出版が決まったも同然ですから、次の段階ですね」
「次は何するの?」
「もちろんですよ、会社を作るんです」
「会社?」
「はい、会社です」
「いや、俺、会社社長じゃなくて、天下一の芸術家になるんだけど」
「天下一の芸術家たちはみんな会社社長ですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
「でもまあ、ピカソも事務員だったわけだし、確かにもう驚かないわ」
「レンブラント、ルーベンス」
「巨匠ですね」
「はい、彼らも会社社長です」
「え、そうなの?」
「はい、どちらも工房を経営してました。それで弟子たちを抱えて、金持ちたちからの依頼に次々と応えていったわけです。二人とも名声と富を得た後、最高の美術品などを値段も見ずに収集しまくってます。ルーベンスは書物も相当集めており、図書館も作ってました」
「そうやって情報、資料を集めて、さらに技術を向上させていったわけだね」
「はい。恭平が好きな、モネ」
「うん、印象派の画家ね、彼らは宮廷画家たちとは違って、インディーズだよね???」
「いえ、印象派も共同出資会社を立ち上げてますよ」
「えっ!」
「ピサロの提案で株式会社を設立します」
「えー!」
「『画家、版画家、彫刻家等、芸術家の共同出資会社』という名前の会社です。創立メンバーはモネ、ルノワール、シスレー、ドガ、ピサなど」
「みんなじゃん、印象派の」
「はい、人前で発表までされてます」
「本気だね」
「はい。初めての展覧会の時は、印象派という名前もまだなかったので、『画家、彫刻家、版画家などによる共同出資会社の第1回展』と名付けられてたくらいです」
「なるほど」
「そんなこと言ったら、日本でも運慶快慶や狩野派など法人化まではしてなくても、会社とほとんど同じような意味で集団で制作をしていたわけです」
「そうやってみると、そう見えてくる」
「あのですね、無意識に生まれているものなんかひとつもないですよ」
「芸術なのに」
「芸術だから、ですよ。その後も、アンディ・ウォーホル、ジェフクーンズだってみんな法人作って、工房制作です。むしろ、芸術の主流と言ってもいいと思います」
「へええ」
「とは言ってもですよ。別にそうやって、近代の個人主義を乗り越えるために欧米で行われてきた集団制作をするための法人化ってことが今回の目的ではありません。我々の目的は唯一・・・」
「事務」
「そういうこと」
「別に大きくすることが問題じゃない、と?」
「どうせ・・・」
「最後はとんでもなくうまくいく!」
「そうです。だから、大きくなんかしなくていいんです。社員もあなた一人で十分です」
「ほう」
「会社にしましょう。名前はなんにしましょうか」
「じゃあ、印象派みたいな感じでいいんじゃないかな」
「と言いますと?」
「俺の会社は『言葉、論理、絵、歌を作る会社』だから、ことば、ろんり、え、うた(こえ)、となんか適当に全部つなげて、ことりえ、って名前にする」
「いいですね、適当でいいんですよ、会社の名前なんて」
「印象派の会社の名前も適当だもんね」
「そうです。ことりえ、いいじゃないですか」
「それでいこ」
「株式会社にするの?」
「株式会社と合同会社ってのがあるんですが、ま、どっちでもいいんですよ、個人事業主ってのもあります」
「どう違うの?」
「別に細かいことはどうでもいいんですが、個人事業主だと累積課税ですので、年収が上がると税金増えます」
「株式会社と合同会社はそうじゃないってことね」
「はいどちらも大体一緒です我々は大きくしないので、株を公開するってこともしませんので。会社設立にお金がかからないのは、合同会社です。なんと切り詰めたら、10万円くらいでできます」
「どうせ最後はうまくいくんだから、年収は上がるはずだから、個人事業主じゃないほうがいいね、10万円ならなんとか貯められそうだから、合同会社にするよ。どうやるの?」
「もちろん、自分でやることもできるんですけど、めんどくさいことはしたくないでしょ?」
「金はないけど、めんどくさいことも嫌い」
「だから行政書士に頼みましょう」
「へえ、どこにいるの?」
「あ、僕、行政書士の仕事もできるので、やっておきます。その費用が10万円ってことです」
「あ、そうなんだ、俺はジムに10万円払うのね」
「そうですね、事務話は無料ですが、行政書士の仕事はお金もらってます。でも、今回は後払いでいいですよ」
「どうやってやるか全然わからないから」
「わからなくていいんですよ。わかっている人がやれば」
「わからないから会社を作るなんてことを考えたことがなかったよ」
「誰も教えませんもんねえ」
「だから、どこかで働くことばかりみんな考えてね。会社立ち上げるのってお金がかかると思ってるし」
「全然かかりませんよ。10万円あれば自分で申請するならすぐできちゃいますよ」
「そういうふうに言ってくれる先生とかいればいいのに」
「だって、どんな先生も会社やってないからわからないんですよ」
「まじ、それ先生じゃないじゃん」
「ほんとそう思いますよ」
「定款って、どんな会社なのかって書く紙があるんですけど、ま、私がやっておくんですが、仕事内容は坂口恭平の執筆、絵画、音楽作品を管理、販売する会社ってことでいいですね」
「うんうん。資本金とかって?」
「別に適当でいいです。いくらでも。それを会社の口座に振り込むだけです」
「むっちゃ簡単じゃん」
「そうですよ」
「なんでみんな会社やらないの? わけわからない会社で働くより全然いいじゃん」
「私にもわかりません。なぜ自分でやらないのか」
「ただ知らないだけなんだろね」
「そういうことですね。人は知らないことは存在しないと勘違いしてしまいますからね」
「なんにせよ、早めに経験しといた方が良さそうだね」
「まあ、モネが好きなんですから、必須でしょうね」
「よし合同会社ことりえ、立ち上げてみる!」
「会社を立ち上げることで、これまでやってきた、あらゆる事務が本当に仕事ということになります」
「量としてさらに具体的に見えてくるってことね」
「はい、目的はそれです。恭平のあらゆる活動が全て見える具体的な仕事という量になっていくんです」
「すると、そこにお給料を払ったりもできるわけだ」
「そうです。見えれば見るほど、量は増えます」
「そうなの?」
「だって、会社を作ることを知らないからって、自分で会社を作ることをせず多くの人が働いて、それで中抜きされてるじゃないですか」
「ふむ」
「量はたくさん存在しているんです。それを見ないままで、人は存在しないと思っちゃう。でも実は量は無数に無限にあります」
「どうせ最後はうまくいくのはそういうことか」
「はい」
「まだ完全にはわからないけど」
「大丈夫です」
「事務が俺のわからなさを守ってくれるもんね」
「板についてきましたね」
「会社をやって稼ぐことが目的ではなく、会社を作ることで、何が自分の仕事なのかってことを、はっきりさせていくんです。量を確認するためだけに法人化するわけです」
「そうすると、印税ゼロにすることも、投資になるね」
「そういうことです。印税は全額もらいましょう」
「えっ? 詐欺ってこと?」
「いや違います。全額入金してもらって、全額リトルモアにまた振り込むんですよ」
「なるほどそうすると、投資したことになる」
「はい、それでその対価として、重版分から10%の印税をもらうってことです」
「事務的に考えるとそうなるわけね」
「そうです。すると、あなたの収入が100万円になるわけです」
「なるほど!・・・・でもそれじゃ税金払うってこと?」
「いやいや全額、印刷代としてリトルモアに払うわけですから、全額経費、全額損金になりますので最終的にはかからないですね」
「へえ、なんかまだよくわからないけど、面白い。0円のはずが、売り上げ100万円になってる」
「この具体的な量が大事なんですよ。一年目ですでに100万円は売り上げてるわけですから」
「確かに!それは嬉しいね」
「嬉しいことは?」
「楽しい」
「楽しいことは?」
「もっと続けたくなる」
「続けるうちに?」
「継続それ自体が才能になっていく」
「ってことは?」
「どうせ最後はとんでもなくうまくいく笑」
「恭平、満点です。出版おめでとう」
「まだ企画会議通過してないけど」
「もう大丈夫ですよ。編集者が興奮したんですから。たとえリトルモアがダメであっても、他の出版社で本が出ますよ」
「100万円売り上げれる力があるわけだね、俺も」
「そういうことです」
「しかも、今回の俺の会社は、本も美術も音楽も全部担う会社ってことだもんね」
「売上の可能性はどこにでも無限にありますよ」
「なんか楽しくなってきちゃった」
「楽しくないと、生きてて面白くないじゃないですか」
「なんかジムが言うと、刺さるわ〜」
「楽しいことを知ると、人に教えたくなるんですよ」
「いい性格だね。見習っていきます」
「だって、楽しいのも量ですからね。量を自分だけでなく、他の人も探し始めたらどうなりますか」
「考えるだけで楽しいね」
「いい流れ、感じますか?」
「感じる〜」
「私は、お金の学校ってのもやっているんですが・・・」
「そっちもむっちゃ気になる」
「そっちはネットで無料で読めるんで、ぜひ」
「でさ、リトルモアのあと、妻有トリエンナーレの最終審査にも行ってきたんだよ」
「楽しみがたくさんですね。で、ホウハンルウには会えましたか?」
「もちろん」
「プレゼンはうまく行きましたか?」
「作戦通りに、その企画のことなんかそっちのけで、自分の〇円ハウスの実物をホウハンルウに見せてきた。周りの人には怒られたけど、ホウハンルウはやっぱり関心持ってくれて・・・」
「最終審査は?」
「もちろん落ちた!w でもホウハンルウが合格発表のレセプションの時一緒に酒飲んでくれて、お前、面白いから、これが本になった時、すぐに俺の携帯に電話しろってパリの住所と電話番号教えてくれたよ」
「また出ましたね、具体的な数字、量が」
「ブリュッセルで先進的なアートフェスティバルが始まるらしく、そこに招聘したいって言われた」
「流れは止まりませんね」
「デビットバーンにももう送ったよ」
「きっといつかデビットバーンにも会えますよ」
「どうせ最後に会える」
「ですです」
「海外でもどこでも好きなところに行けばいいんです」
「全部経費になるってことね」
「はい、全てがあなたへの自分からの投資ってことになります。損金にもなりますし」
「ほんと俺会社とか嫌いだったのになあ、上司とかさ、なんかうざいじゃん」
「そういうのが嫌いなら、上司にならなければいいんですよ。嫌なことはしない」
「そっか、会社を一人でずっとやればいいんだ」
「そうです。なんといっても、今回の法人化は、人を雇うためにあるわけじゃないんです。自分で事務をさらに加速させるために始めるんです」
「それだよね」
「別に雇わなければいいだけなんです。外注すればいい」
「なるほど」
「友達からお金がないと言われたら、仕事を外注するんです。画家の友人であれば、絵を買ってあげたらいい。外注です」
「全額損金」
「はい、友人を助けてあげて、あなたはその分の稼ぎが減るってことですから、税金は払わないで済みます。30万円以下であれば、その年で全額損金になります」
「面白いねえ」
「とにかく私は会社をやって、大きくして、株で稼ごうぜ、なんてわけのわからないことを言っているわけではないんです。お金なんかありすぎても、やるのはエルメスの革で内装をしたロールスロイスを1億円くらいで買うくらいです。軽自動車と同じ車です。金なんかありすぎてもなんの意味もありません。買うものには限界があります。食べるもの、着る物、乗るもの、それらのグレードがアップするだけで、金持ちだけにできることなんかほとんどありません」
「とにかく自分のやりたいことを継続するために、法人化するってことだよね」
「はい、お見事です。事務としての法人化です」
「事務をさらに強化するってことは、さらに好きなことだけを継続して生きるってことだもんね!」
「恭平は物分かりがとてもいいし、素直だから、ほんとどんどん吸収してくれますね。嬉しいです」
「ジムが喜ぶことが、俺のためになることだから、これがたまんないんだよ。事務についての話をすること自体も事務なんだね。楽しくってやめられない」
「さあ、法人用の実印を作りにいきましょう!」
「あ、なんかそれっぽくて楽しいね」
「世の中にはいろんな事務的楽しみがあるんです。それを隅から隅まで味わって欲しいですよ」
「楽しいことが待ち受けているのをジムが知っているのがわかるから楽しみが倍増する」
「具体的に形にすることが、どれだけ、あなたの抽象的な言葉にならない力を駆動するガソリンになるか、今からさらにとくと見せてあげますよ」
「あぶないねえ、これは麻薬だ」
「まあ、私は事務の売人みたいなもんですよ」
 ジムはそう言うと、突然白目をむき、酩酊したようなフリでうちのボロアパートのドアにもたれかかり、外に出ると、僕に向かって中指を突き立てた。
「会社を作ることは、事務の中でも最高のブツの一つです。私が一番好きな麻薬、ヘロインみたいなもんですよ」

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