幸福人フー 第一回 幸福な人
2022年7月20日執筆開始
幸福人フー
坂口恭平
第一回 幸福な人
はじめまして、坂口恭平です。もう自分の説明はわかりません。自分が何者なのかもわからないし、もうわかってもらえなくてもいいし、そもそも自分がわからないので気にしません。適当に好きに生きていきます。ということで、今回は幸せとは何か、という僕の主要な研究テーマについての研究書を書いてみたいと思います。不幸せではない人生を送る、とかではなくて、幸せとは何か、ですから、これはつまり、幸せな人を対象にしなくてはならないのですが、幸せな人と自認している人ってなかなかいないんですよね。でも、僕は何人か知ってます。ということで、僕はこれまで自分を幸せな人だと自覚している人に何人か出会って、インタビューをしてきました。その中のいくつかは本になっています。僕の初期の仕事である路上生活者へのフィールドワークも、路上生活者を調査していたのではなく、あれも突き詰めていくと、幸せな人を見つけ出し、その人から話を聞いてきたんだなと今ではわかってきました。ということで、幸せとは何か?を研究していくのは、僕にとってライフワークなんですね。僕は幸せになりたいと思って生きてますので、人生で一番、気になる調べたいことであり、研究したいことであり、修行していきたいことなんです。こういうのが見つかると、それはそれで幸せですよね。ずっと取り組んでみたいテーマがあるのは幸せなことです。そのことにどんどん時間を費やすことができるんですから。ワクワクしてくるんです。ああ、これだあ、生きるってえ、と感じるってことです。
で、今回もまた幸せ研究がはじまるわけですが、今回の取材の対象は、なんと僕の妻なんです。
「幸福人フー」と、タイトルをつけましたが、その「フー」という女性が僕の妻です。
僕は出会ってからずっとフーちゃんと呼んでます。初めて出会ったのが2001年、僕が23歳の時です。ですから、もう出会って20年以上が経過しているんです。2006年に結婚したので、結婚16周年目になります。
なんでフーちゃんの研究をしようと思い立ったのかと言いますと、それこそ思い立ったのは、もう20年以上前のことになるんです。だから出会ってすぐってことです。
なぜなら、フーちゃんが恐らく、僕が生まれて初めて出会った、幸福な人だったからです。
もちろん、フーちゃんが自分で「幸せだあ」って言ったわけではないですよ。あんまりフーちゃんはそんなこと言わない人なんです。でも、僕がそう感じた。とにかく僕は幸福な人に対するアンテナが半端なかったわけです当時から。なぜなら、自分で自分のことを幸せだと感じていなかったからですし、しかも、幸福を人一倍追い求めていたからかもしれません。
僕がフーちゃんと出会った当時、僕は23歳だったわけですが、大学はもうすでに卒業しており、就職活動も一度もすることなく、フリーター生活に足を踏み入れてました。卒業論文として書いた一冊の本を出版することだけは頭にありましたが、それ以外には人生の展望はなかなか具体的に思い描くことはできず、とは言いつつ、別にもがいているわけでもなく、なんかしたいのになあ、何をしたいんだろうなあ、なんかできることがあるような気がするんだけどなあ、でもなかなかうまくいかないなあ、くらいにぼんやりと悩んではいました。将来に関してはそこまでは暗い状態ではなかったんですが、しかし、精神的な問題を抱えていたんです。それがのちに躁鬱病とわかるのは、29歳の時なんですが、それまでは躁鬱病という病気のことも何一つ知らなかったですし、病院にも一切通っていませんでした。しかし、突然やってくる「なんでもできる万能感」とその後に必ず突然やってくる「自分なんてだめだだめだ全然だめだもう人生終わりだ感」に苦しめられてました。それでも誰にもこの問題については口にしたことがなかったんです。人に言ってはいけないものだと思い込んでいたところもあります。人に見せるくらいなら、友達と遊んでいても、突然いなくなって、家に帰って、家で泣いたりしたほうがマシだと思ってました。で、人に言わないものだから、人と比較ができないんですね、どれくらいとんでもない問題なのかわからず、わからない時は、決して、たいしたことないだろう、という楽観視なんかできないんです。で、どんどん暗くなる。問題は大きくなる。人に言わないでいればいるほど僕のこの名付けようのない不安は肥大化してまして、もう自分で持ち堪えることができなくなっていたんです。将来の不安どころじゃなかったんです。それくらい、この毎日コロコロ変わる心との付き合い方に限界を感じていたんです。まだ死にたいとは思っていませんでした。僕は幸せになりたいと思ってましたから。死ぬのなんかとんでもない、と。でも、それでも、キツすぎて、死んだ方がマシなのかもと思いそうになってました。それくらいキツかった。
で、なんで、この話をしたかと言いますと、フーちゃんは僕が生まれて初めて、自分の鬱を直接、目の前で見せた人なんです。
それは僕が23歳の時でした。で、その時のことを簡単に書いておくと、僕はフーと出会って、付き合いはじめてすぐに、一緒に京都に旅行に行ったんですね。躁の力で思い切って、青春18きっぷを一応、持ってはいたのですが、キセルして京都に行ったんですね。初乗りの切符だけ持って、改札から入って、それで京都まで行ったんです。で、到着したはいいものの、到着してすぐに疲れがたたって、鬱になっちゃったんですね。さすがに恋人と一緒に旅行しているのに、鬱が出てきちゃったから、泊まる部屋は別々でとか言えないわけです。お金もないですし。ということで、隠し通すこともできないもんですから、今でも忘れもしません、ガードレールに座って、もう歩けない、実は、僕は調子がいい時もあるけど、突然、調子が悪くなってしまう、当時、鬱って言葉すら使ったことがありませんでしたから、うまく説明もできなかったと思うんですけど、それでもさっきまでの自分とは違って、自分には二面性があって、この状態になると、落ち込んで、自己否定が止まらず大変なことになると告白しました。仕方なく、もう言うしかなかったんです。
で、初めて鬱の自分を他人に見せたんですね。誰にも見せられなかった姿を。今となっては何をそんなに大袈裟に、ささっと見せたらよかったのに、って思いますけど、当時の僕は元気な自分が自分で、このとんでもなく落ち込んでいる緑色した顔の自分は自分ではなく悪魔が乗り移っているんだとくらいに思っていたので、人に見せるなんてとてもじゃないけどできなかったんです。で、見せたら、ふーちゃんはキョトンとしているんです。で「あれ、少しも変じゃないけど。でもあなたがきついなら、それは大変だから、ホテルをとって早くそこで休もう、夕ご飯はあとでコンビニでもなんでもいいじゃん」みたいなことを言ったんです。で、僕はびっくりしました、で、びっくりした後に、どわーって、ほっとしたんですね。あ、この姿を見せてもいいんだ、と本当に安心したんだと思います。両親にも見せられなかったわけです。親友にも。だから、どんな時もどこかしら、ひとりぼっちというか、孤独っていうのか、人に言えない不安ってどんどん増幅するので、すごいことになってたわけです。固い殻に覆って隠し持っていたものが、一瞬で、ちょっとした人の一言で、みるみるうちに溶けていったんです。
まさに生まれて初めて安心したのかもしれません、僕は。
で、フーちゃんと色々話をしたんですけど、すると、全く僕と違ってました。びっくりするほど違ってました。
僕は調子が悪くなると、まずむちゃくちゃ孤独感を感じます。これはのちに僕はいのっちの電話という死にたい人からの電話を受けるというサービスをはじめるのですが、そこで鬱状態に陥っている人、つまり、死にたい人というのは必ずこの鬱状態に突入しているわけですが、その鬱状態にいる人ほぼ全員が感じるものがこの孤独感なんですが、ふーちゃんにそれを伝えると、ぽかんとしているんです。
「え? 人間ってみんな孤独じゃないの?」
ま、そりゃそうですよ、孤独ですよ、でも、孤独感を感じちゃうわけです。しかし、ふーちゃんはぽかんとしている。
「孤独感って感じたことないの?」
なんかむちゃくちゃ難しい考えるふりをするんですが、ふーちゃんはいつもそれが長くは続きません。ないかも?とさらっと言いました。
「寂しいって感じない?」
「感じないかも・・・」
「不安は感じるでしょ!」
なんか僕もヤケクソみたいになってきてます。
「えーっとね、不安、ねえ、それは何か具体的な、こうなったらどうしよう、とかの不安?」
「いや、なんか漠然としてて、ぼんやりとしてて・・・」
「それは大変そうだね、、、、私、そんな不安は感じたことないのかも・・・」
「虚しい、はわかるでしょ!」
「えっと、、、、ごめん、全然わからないかも、、、虚しいってどんな感じ?」
「なんか気が遠くなるっていうか、、、この先もずっとこんな苦しい状態が続くかと思ったら、もう居ても立っても居られないっていうか」
「あ、それは大丈夫だよ、ずっと続くことはないと思うよ。だって、これまでもこういうことなったことあるんでしょ?」
「うん、それはそうだけど、今回ばっかりは違うかもしれないよ、もう戻ってこれないかもしれない」
「またあ、そんなふうに言わないよ、今は疲れてるだけだと思うんだけどなあ。東京から京都まで鈍行で来たんだから、どう考えても疲れてると思うよ。少し休んだらいいと思う。別に、どこか行かなくちゃいけないところがあるわけじゃないし。旅行で来たからってそんなに焦っても仕方がないし、なんか二人で一緒に近くを散歩するだけでもいいじゃない?」
とにかく、僕にいつも巣食っている、孤独や不安、虚しさや寂しさがフーちゃんにはほとんどなかったんです。なんかいつも安心しているように僕には見えてました。一体、どんな育ち方をしたら、こんな感じで生きていけるのだろうか。僕は自分の育ってきた人生を思い返しながら、また比べて気が遠くなってしまってます。しかし、ふーちゃんは後々、わかってくるのですが、この誰もがやってしまう、自己否定の大元「人と比べて自分を蔑む」みたいなことも一切しないのです。
「そりゃ少しは羨んだりすることもあるけど、最終的にはその人はその人だし、違う人だからね、、、」
そりゃ言われたらわかりますよ、でも言われても止められないんですよ、、、それが。。僕はフーちゃんと話しながら、あまりにも違いすぎて、また落ち込んでしまいました。
でも同時に安心もしたわけです。
目の前に幸福な人がいたわけですから。
しかも、目の前に現れた、生まれて初めて出会った、幸福な人が、僕のことを好いてくれているようなのです。
とりあえず、僕はフーと一生をともにしたいとこのときすでに思いました。それが23歳の時。
そして、どうにか自分なりの幸福を手にしたいと思って、これまで仕事や生活をやってきたわけです。
目の前にはずっと、幸福になることの師匠がいたと言っても過言ではないでしょう。
同時に、僕は、自分の気持ちを他人に開示すると安心する、ということもフーちゃんに教わりました。
自分の気持ちを他人に開示し安心した上で、自分なりの人生を進み、自分なりの幸福を味わう。
まさにこの方法が、後の僕の全ての活動の原点になっていくのですが、それがまさにフーちゃんと出会って、生まれて初めて鬱をフーちゃんに見せたところから始まっているんです。この京都での出来事から10年後、僕は2011年に、いのっちの電話をはじめます。その後さらに10年後経った今も続いている、この死にたい人からの電話を受け続けるという僕のライフワークも、もとを辿れば、僕が自分の鬱をフーちゃんに開示した時に、フーちゃんが僕に伝えてくれた言葉を応用して実践しているんだと僕は思ってます。
しかし、何度かフーちゃんについての研究書を書こうとしてきましたが、全て頓挫してきました。
でもそれは長い年月が必要だったかもしれないと思います。かつ、僕が幸福を求めている間には実現できなかったことなのかもしれません。
フーちゃんと長い間、一緒に過ごしながら、実践を重ねた結果、僕はここ2、3年ですが、ようやく自分なりの幸福を味わう、という生まれて初めての経験をしました。そうすると、さらにフーちゃんの凄みを感じるようになったんです。なぜなら、僕は自分なりの実践や試行を重ねていく上で、見出したのですが、その原点には23歳の時に、フーちゃんは僕のひとつ年上ですから、ふーちゃんは24歳だったわけですが、彼女はその時から、一ミリもブレてないと、今、思うからです。
今こそ、僕は幸福人としてのフーちゃんの研究を実践する時だと思いました。
幸福を知らないとわからないことがたくさんあったからです。
というわけで、早速、フーちゃんの研究をはじめてみましょう。まずは出会った20年前から今に至るまで、僕は定点観測してきたわけですが、フーちゃんの変わらないブレない特徴がいくつかあります。それを挙げてみましょう。
【フーちゃんの特徴】
1 フーちゃんは「孤独感を感じる」と言ったことが一度もない。
2 フーちゃんは「寂しい」と言ったことが一度もない。
3 フーちゃんは「自分は不幸である」と言ったことが一度もない。
4 フーちゃんは「後悔」をしたことが一度もない。
5 フーちゃんは「退屈だ」と言ったことが一度もない。
6 フーちゃんは「つまらない」と言ったことが一度もない。
7 フーちゃんは「虚しい」と言ったことが一度もない。
8 フーちゃんは「人の文句」を言ったことが一度もない。
9 フーちゃんが人と揉めているのを見たことが一度もない。
10 フーちゃんが「人と比べている」のを見たことが一度もない。
11 フーちゃんは「一人で」ゆっくりすることができる。
12 フーちゃんが「落ち込んでいる」ところを一度も見たことがない。
今、思いつくだけ、バーっと書いてみましたが、僕は外でも家でもフーちゃんをずっと見ているわけです。僕もフーちゃんも結構暇人ですので、大抵、一緒にいます。毎日ずっと一緒にいるんですが、本当にこの12点、見たことが一度もありません。もはや異常な人ってくらい、健康な感じがします。一体、この人は何者なのでしょうか。
どこまで核心に触れられるのかはわかりませんが、研究を開始してみたいと思います。毎日1時間ほど、フーちゃんについてインタビューをさせてもらうことにしました。一番近くにいる人ですから、取材も一番しやすいです。できるところまでやってみたいと思います。まずは、気楽に朝、子供たちが学校に行った後、朝、コーヒーを飲みながら、フーちゃんと雑談することからはじめることにしました。
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