見出し画像

生きのびるための事務 第3講 未来の現実を描く


第3講 未来の現実を描く

「10年後の自分のある1日の様子を書くってことだよね?」
 僕はそうジムに聞きました。少しずつ要領を掴めるようになってきたような気がします。なるほどです。確かに僕は自分の現実のことを知ってたはいました。でもぼんやりです。毎日、毎月にいくらかかっているのか。それを数字で正確に知ることをほとんどしていなかったのですから今となっては驚きです。それでどうやって生きていたんだろうとすら今は思っちゃってます。ジムの思う壺なんでしょう。今の今、僕が毎日、どのような時間を過ごしているのかなんて、おそらく一度もノートに書き記したことはありません。もちろん、日々の予定を手帳に書き込んではいました。何日に何をするのかは、書いていたんです。でも一日のうちで、24時間をどのように割り振って生きているのかは考えたことがありませんでした。こんなに当たり前のことなのに、です。
 そんな調子で仕事ができるでしょうか。確かにバイトであれば、そんな風ではありません。なんせ時給でもらっているわけですから。何時に何をするってことが、それなりに決まってはいるし、僕もいつでもそれを書き記すことができます。とは言っても、僕は21歳ですが、この時、ほとんどバイトですらやったことがありませんでした。時々、イトーキという事務用家具の組み立てと配置をする日雇いに行ってました。日給10000円の仕事でした。でもほとんど働いていませんでした。
 でも、ちょっと思い出しました。僕は実は働いていたことがあります。でもなぜ忘れていたかというと、無賃だったからです。
 僕は建築家になりたくて、早稲田大学理工学部建築学科というところに浪人せずに入学したのですが、まず何よりも現場を経験した方がいいだろうと思って、大工さんのところで丁稚奉公することを思いついたんです。それが昨年、つまり二十歳の頃の話です。
 大工の求人など出ていないんです。それでどうしたかというと、知り合いもいないので、当時はまだタウンページ、イエロページという電話帳があったんですが、そこに職業別で電話番号がずらりと並んでいたんですね。それをただ、あ行から上から下に全て電話してみることにしたんです。しかし、不況で大変な世の中だったみたいです、僕は実感がありませんでしたが。そのため、どこの大工さんも新しい求人なんてやってないし、丁稚奉公ですら足手まといになるので、嫌だ、みたいに断られたんですね。でも、僕はめげないのが得意なんです。なぜめげないかというと、簡単なことで全くリスクがないからなんです。もともと求人なんてないのですから、うまくいかなくて当たり前じゃないですか。しかも、奨学金ももらってるし、両親から少しだけですが、まだ仕送りをもらってました。食っていくために働く必要がなかったんです。甘えてはいますが、それこそ学生の特権です。そんなわけで、何一つリスクがないんですね。僕はこうやって、探すことばかりしてました。音楽家にもなりたかったので、僕は自分で作った音楽をいろんなレコード会社に送りつけたり、自分が好きなエンジニアに送ったりしてました。もちろん、どこからも無視されました。でも、それも別にびくともしなかったです。もともとうまくいかなくて当たり前ですから。でも「試す」ってことが大事だったし、楽しかったんです。だから、文章を書いては好きな雑誌の編集者に送りつけたりもしてました。誰からも無視されてました。仕事になんかならない。でも、やり方は身につけていったんだと思います。楽しい、ってことが一番でしたね。
「恭平、ピカソ方式ですねそれは」
 僕が思い出したことをジムにしゃべっているとジムはこちらに向かってウインクしました。
「青の時代、そしてそのあとの薔薇色の時代でピカソはしっかりと特定のコレクターを獲得するんです。そこで食べていくには何一つ問題がない状態を作った。そして、キュビズムという絶対に理解されないかもしれない、でもピカソが一番やりたいと思っていた完全な飛躍、完全な挑戦を行ったわけです。キュビズムの作品は実は、長い間、公には発表されませんでした。だから当時はピカソと言えば、薔薇色の時代の絵を描く人だと世間の人は思っていた。しかし、ピカソは新しい挑戦を行い、それを密かに少人数のコレクターに見せたんです。そうやって、新しい感覚は、いきなり広く人に伝えるのではなく、まずは深く理解してくれる感覚がいい人を味方につけていくことがうまく実現します」
「いや、ピカソって知らなかったけど、徹底して事務の人だね」
「そうですよ。家計簿なんか一切つけていなかったはずですけど、家計簿が必要ないくらいのお金をまずは獲得して新しい挑戦をするという事務処理を徹底していたと言えるわけです。あのですね、恭平、家計簿はつけてますか?」
「いや、全くやらないよ。面白くないもん」
「その調子です。面白くないことは一切やらないでくださいね。家計簿なんかつけても、仕事は進みません。細かい計算、毎日つまらないレシート貼ったりしているくらいなら、恭平の場合は新しい作品を作った方がマシです。要はお金の計算なんかどうでもいいことなんです本来。変にお金に細かくなるとコスト削減しかしません。それでは大局が見えないんです。やるときには思い切りが必要です。家計簿をつけてしまうと、経理根性が全面に出てしまい、実験精神が失われます。恭平はそのままで行ってください」
「うん、それで100人くらい電話して、一人だけ大工さんが見つかったのよ」
「それもキュビズム時代のピカソと言えるでしょう。少数の深い理解者。いい感じですよ」
「笠井さんって人なんだけど、ぶっきらぼうな江戸っ子風なんだけど、子供ができなくて、63歳で夫婦二人だけで暮らしてて、今まで丁稚も取ったことなくて、寂しいからか、建設中の家に迷い込んだ一羽の鳩にハトコって名付けて大切に育てている優しい人だった。もちろん無賃でいいです、食べてはいけますから、その代わり現場でバリバリ使ってくださいってお願いしたよ」
「いい流れです。無賃で働くってことは何も酷いことばかりじゃなくて、アドバンテージになるので、逆にわがままが言えるし、自分の思ったように、その自分が知りたい現場の中に入っていけるという利点もあります。大事なことは恐縮せずに素直に明るく元気に攻めていくことです」
「道具も全部もらったしね」
「無賃の代わりに、その相手が持っている品物を物々交換でもらうのも鉄則です。恭平、いいですね。もしかしたらもともと事務の能力に長けているのかもしれません」
「えっ、ほんと? なんか事務の天才のジムに言われると、お世辞に聞こえなくて嬉しいです」
「その素直さです。嬉しさをそのまま出す。つまり、これは感情の事務ってことですね」
「感情の事務か、、なるほど。さすがジムだね。事務っていうと、お金の計算とか仕事の取引のための書類とかそんなことばかり頭に浮かぶけど、ジムは事務の天才だから、語彙が違いますな」
「褒めてくれてありがとうございます。私も嬉しいんです。私が人生を賭けて真剣にやってきたこの事務について、恭平が興味を持ってくれているところが。普段はいつも僕のことを浮浪者と呼んで毛嫌いする人ばかりと会ってますから」
「今度、そんなこと言われたら、俺に言いなよ。俺、喧嘩は弱いけど、奇襲が得意だから、後ろから殺気決して忍び込んで、後頭部を棍棒で殴ってあげるよ」
「嬉しいです。今度貶されたら教えてます。助けてくれてありがとうございます。こうなったら、私も自分が知る限りの事務の全てを恭平に伝えたいと思います」
「そうこなくっちゃ」
「それで、なぜ大工を思い出したんですか?」
「あれ、なんでだっけな」
「まあ、でも、大工を見つける段階でもすでに事務の萌芽が見えてきてますから、いいと思います」
「あ、思い出した。段取り、だ」
「なるほど、いいところに目がつきましたね」
「だって、その笠井さんが本当にすごい大工さんでね、いっつも朝、仕事場に入る前に、僕と一緒に軽トラで現場に向かいながら、まずやるのが段取りだったんだよ」
「能力のある大工さんはみんな事務能力半端ないですからね」
「そうなのよ。家の設計も笠井さん全部できるんだけど、やっぱり仕事を取ってくるのは建築家なわけじゃん。免許持っているのも建築家だから必然的に建築家の言う通りに建物を施工するのが大工さんなんだけど、笠井さんどう考えても建築家より頭がいいし、現場わかってるし、建築家の方がアイデアマンだみたいなことを俺の同級生の建築家の卵たちは言ってたけど、現場知らずにアイデアだけ出されても夢見る乙女でしかないし、全然使えないわけよ。笠井さんはその点、建築家よりも頭がよく、アイデアにも溢れ、でもその爪を隠し、建築家に文句も言わずに、黙って言われた仕事をこなしてた。でも本当のことはその車の中で、朝一番、全部俺に言ってくれてたわけ。それが段取りだった」
「面白いです」
「笠井さんは、まず今日1日にやることを全部僕に教えてくれた。僕は丁稚なんだから、わけがわからないわけよ。イトーキでバイトしてた時なんか、これから何をやるのかすら何にもわからない。わかっているのはボスとその周辺の腕のある正社員たちだけで、バイトは全然わからないまま、あっちに呼ばれ、こっちに呼ばれとやっていた。だから、時間がかかるわけよ。でも僕も日給でお金もらってるから、別になんでも言いわけ。言われた時間が過ぎたら残業代が出たし。でもこれじゃいい仕事ができるはずはない。一方、笠井さんは全部俺に今日やることを教えてくれたわけ。そうすると、意味わかるじゃん、動き方も変わるし、焦りもなくなるし、先が見えないだるさもない。必然的に動きも良くなるし、なりよりも、仕事をすぐに覚えるんだよ」
「真っ暗な道を歩くより、懐中電灯があった方が歩きやすいし、地図を渡されたら、もはや迷わないですからね」
「そうそうそれそれ。むっちゃ楽なのよ。笠井さんはガーって怒ったり絶対しなかったし、ある日、俺が、住宅の基礎部分を作るためにコンクリート車がきてコンクリートを流し込んでいる土木業者見てたら、心が苦しくなってもうやめろよ、と怒ったことがあるんだよ。丁稚奉公で何も知らない俺がだよ」
「私は好きですよ、そういう素直な態度が」
「だって、本当は大工にやらせたら、石の上に木を立てるだけで家ができるんだぜ。それを何も知らない建築家が、構造計算したからって無闇にコンクリートを土の中に流し込んじゃってて、ちゃんちゃらおかしいと思っちゃんだよ。二十歳の何も知らない俺が。まあ、あれは躁状態だったんだと今なら思うけど。すると、笠井さんがさ、怒るかと思うじゃん」
「えっ、怒らなかったんですか?」
「もちろん黙って、俺を引っ張って現場に連れて行ったよ。でもさ、その日の帰りに車の中に入った途端『お前、面白いよ。いつかお前が総理大臣になってルールを変えたら、俺だって自分の経験のままに好きに人々に家を建ててあげられるかもしれないな。お前、総理大臣になれ』って言ってくれたのよ」
「ううう、私はその手の話に弱くて、、、」
 ジムは涙目になっていた。
「だから、俺、いつか総理大臣になるって二十歳のときに決めたんだよ」
「きっといつか総理大臣になれますよ。なんてったって、あなたは気持ちのいい男である笠井さんの息子みたいなもんなんですから」
 馬鹿な男二人は肩を抱き合った。
「で、なんだっけ?」
「そうです、10年後の恭平の姿を」
「そうだそうだ。で、夢を抱くんじゃなくって・・・」
「そうです。段取りを組むように」
「ある1日の動きを、時間ごとに割り振って、考えてみるってことだね」
「やってみましょう。すみません。ついつい泣いちゃって」
「ジムありがとう。俺まじでいつか総理大臣になるよ」
「はい。そのための30年後の未来も後でノートに描いてみましょう」
 そして僕はようやくノートをめくったわけです。
「恭平は何をする人になりたいんでしょうか?」
「え、俺の夢? 建築家を目指してたけど、どっちかというと、本を書く人になりたいんだけどなあ、音楽家にもなりたいし、ほんとは俺絵を描くのも好きだしなあ。それってなんて言えばいいんだろうね。将来の夢って」
「だから、将来の夢なんか必要ないですよ」
「あ、そっか」
「夢なんか必要なくて、必要なのはいつだって、将来の『現実』ですよ」
「将来の24時間だね」
「はい。何時に起きたいですか?」
「朝5時には起きたいね。朝、好きに絵とか描いているとマジで幸せな気持ちになるからね」
「大事ですね。じゃあ朝5時に起きましょう。あの恭平・・・・」
「ん? どうしたジム?」
「将来の現実に、面白くないことは1秒も入れないでくださいね」
「それはびっくりだけど、ただひたすら嬉しいね。なんだその命令」
「命令は楽しいことだと嬉しくないですか?」
「嬉しい笑。不思議だね。あ、でもSMクラブってみんなこの嬉しさ感じてるのか」
「そうですよ。ま、痛みはあるのかもしれませんが、そこがまたいいんでしょうね」
「よし、絶対、嫌なことは将来の24時間に入れない」
「何が一番嫌ですか?」
「バイトすることかな」
「じゃあ、人から命令されて働く時間、はもう完全に除去してくださいね」
「はい、感情的ではなく、事務的に排除します」
「そこポイントです。自分が嫌なことも事務的には簡単に排除することができます」
「事務って都合がいいよね」
「それが事務の長所です」
「物は言いようだよね」
「だから、その物は言いようってことが、事務ってことなんです」
「なるほど、やっぱり事務のことだけ考えているやつは違うね」
「はい、私は最高に都合だけいいやつと言い替えることもできます。おそらく多くの人にはそう映っているか、と」
「だからいじめられたりするのか」
「そうかもしれませんね。でもあなたには事務の天才だと言われてますから問題ありません。一人からだけでも深い理解者がいれば物事は進みます。物事が進むとき、必ず事務が必要になるのです。文句を言っているやつは、物事を進ませようとはしてません。文句って物事を止める、もしくは後退させるためにやるんですから。やりたくないから文句を言うわけです。そんなやつはほっとけばいいんです。私は物事を進ませていくことに興味があるし、それがつまり生きていくってことです。私は貧乏で、生活環境もよくありませんでしたが、あのおじいちゃんのおかげで、一度も死にたいなんて考えたことがありません」
「ジム、お前ってほんと幸せなやつだよ」
「そう恭平が思ってくれるから、私は自分の幸せに気づくことができるんです」
「あ、もしかして、俺がそう思っているこれも、事務なの?」
「もちろんです。で、朝5時に起きて、何がしたいんですか?」
「俺作家になって、原稿を書きたい! 絵は朝イチってよりかはお昼近くがいいんだよね」
「じゃあ、朝5時に起きて、まずは執筆しましょう。朝ごはんは食べますか?」
「いや、いらない。俺食べなくても夕方まで働けるから。時間がもったいないから、食べずにやる」
「何時まで?」
「朝9時に仕事が終わってると、なんか気持ちいいな」
「いいですね。9時に終わったら何をしますか?」
「タバコ吸ってゆっくり珈琲飲みながらゆっくり休憩」
「どこの珈琲ですか?」
「俺の友達で、一人でブラジルに行って、農場のやつと仲良くなって、そこが一番美味しいコーヒー豆だって、自分で取り寄せて、焙煎をフライパンでやっているやつがいるのよ。店とか全然持てない貧乏なやつなんだけど、周り仲間が定期購買してるから仕入れるお金だけはいつもしっかり持ってて、それで全国フラフラしながら焙煎して喫茶店に豆を売って暮らしているホセってやつがいて、ホセの豆をその時でも飲んでいたいな」
「そういうの大事です。細部がとにかく大事。じゃあホセの珈琲を。いくらですか?」
「ホセの豆は一杯100円なの、一日2杯飲むから、6000円かな」
「そういう細かいお金の金額も入れておくと、将来の現実がより現実に近くなっていきますのでおすすめです」
「9時から10時までたっぷり1時間、コーヒー飲みながらタバコ吸いながら、寝転がって読書したい」
「じゃあ、休憩&読書って書いておきましょう」
「その後は、絵を描きたいな」
「どんな絵ですか?」
「今は細かい絵を描いているんだけど、写真撮影した後描くこの色鉛筆画も楽しいから、いろんな絵を描きたい」
「ずっと描きたいですか?」
「あ、でも俺、なんか一つのことに集中しすぎると、それも落ち着かなくなるから、一日2時間でいい!」
「じゃあ10時から12時までは絵を好きに描くってことにしましょう。お昼ご飯必要ですか?」
「いや、いらない、コンビニで適当におにぎり買いつつ、散歩しながら、次の作品の構想練りたい」
「じゃあここは散歩&コンビニってことで」
「それは1時間くらいでいい」
「1時までですね。それからは?」
「次は音楽だね。曲を作りたい」
「音楽はどれくらい?」
「意外と曲作るの時間がかかるから、4時間くらいかな」
「はい、これでもう午後5時まできました」
「その後はお風呂入りたい。その頃はきっと銭湯じゃないかな」
「5時から早風呂ですね。気持ちよさそう。いいですよ。基本は全部気持ちいいことだけにしてください」
「でもこれでお金稼げてるんかなあ」
「どうしますか?そういう作業入れときます?」
「うーん。どうかわからないけど、今の感触としては連載原稿とか、そういうことはありうるかも。ビジネスワークも入れといた方が自分としては安心かも」
「へえ、意外と石橋を叩いて渡るタイプですね」
「午後5時から午後7時までは依頼仕事をやるってことで。それで1日の仕事は終わり!」
「ご苦労様でした」
「後はゆっくり、ご飯食べて、お酒飲んで、夜9時には寝ちゃおうかな。本当は、俺、9時ごろ眠くなるんだよね」
「その頃はお子さんもいるかもしれませんからね。ちょうどいいかも。子供達も早く寝ますよ」
「で、また翌日の朝5時まで8時間睡眠をとる」
「十分だと思います」
「これでできた!」

画像1


「将来の夢とかまじでどうでもいいのわかります?」
「わかるわかる。もうわかったよ。将来の夢だけ見てちゃね。将来にも現実と夢があるんだから。なるほどね、将来の夢ばっかり追いかけるからふわふわしてて、手が付かないし、手で触れることもできないし、路頭に迷っていたわけね。俺も作家になりたい、画家になりたい、音楽家になりたい、なんて夢みたいなことばかり言ってとみんなに言われて、しょげて落ち込んだりしてたけど、将来の夢はどうでもいいんですけど、将来の現実はこのようになります!っていうことだったら簡単にノートに描けば示せるね。これはすごいことなんじゃないのジム?」
「でも一度やれば、なんでこんな当たり前のことが、って思いますよね?」
「確かに、未来だってやってくるのは毎日の24時間という現実だもんね」
「そうです。恭平も24時間の設定が完了しましたから、これからは作家になりたい、なんて馬鹿みたいなことを口走るのではなく、朝5時に起きて、そのまま朝9時まで原稿を書き続けたい、と言えばいいんです。そのために動けば必ず実現します。作家になるって、そういうことです。本を書いて、金を稼ぐことじゃありません。それは断じて違います」
「だってジムもこち亀に負けないくらい書き続けてきた作家だもんね」
「はいそうです。1円も稼いでませんがね。でも幸せなんです。生きていけて、私がやりたいことしかやっていないし、何一つ困っていないんですから」
「最高じゃんジム」
「きっとあなたもそうなりますよ。将来の現実のヴィジョンがはっきりしてますから」
「生活なら、はっきりしないとかできないもんね。将来の夢がわかんないっていう人、周りに多いんだよ。だから就職するんだって」
「間違いの始まりですね。将来の現実、生活が見えていない以上、その仕事でうまく発展させることができないでしょう」
「彼らにも、将来の24時間で何をしているかを描いてみなよ、って教えてあげたらいいんだね」
「そうです。自分が知っていること、助かったことを人に教えてあげると、さらにうまくいきます。事務は成長するんです」
「成長?」
「はい。あなたが作品を作り続けていったら技術はきっと伸びるでしょう」
「確かに、今はそう思えてないけど、きっとそうなるんだろうね」
「事務も同じです。継続することで、どんどん伸びていくんです。それこそ描けなかった現実まで描けるようになります」
「それこそ、将来の夢にも!」
「もちろんです。将来の夢も侮ってはいけません。将来の現実がしっかりと根付いて息づいてきたら、次は将来の夢に向かっていくんです。現実と夢、このふたつが揃っていることこそ、我々が生きているこの人生そのものですから。そのためにもまずは現実を味方につけましょう」
「とてもわかりやすいよジム」
「私もまだ今も成長しているんです」
「頼もしいね」
「さて恭平、まず事務で最も重要な二つのこと、お金について、そしてスケジュール(現実)管理についてお伝えしました。恭平、あなたはとてもうまくやってますよ。あ、一つ忘れてました」
「何?」
「10年後のあなたは年収いくらくらいですか?」
「えっ?」
「今はいくらでしたっけ?」
「いや、今はまだ仕送りが途絶えたばかりだから、0円だよ。予定としては幕張のあのバイトで3万円を4回くらいやろうと思っているから月12万円だから144万円かな」
「で、10年後は?」
「1000万円いってたら、嬉しいな。安心できるだろうな」
「はい、なんでも一言目に出た言葉に従ってみましょう。それが事務の重要なところでもあります。最初1000万円と言っても、現実を見ると、そんなわけないだろと思って、すぐにやっぱろ10年後は500万円かもしれないってなります。それこそ家計簿的な思考回路ですね。でもそれだと意味がないんです。事務はあくまでも補佐です。事務が主人公になると500万円になってしまいます。あなたは自分が書いている文章、描いている絵、歌った歌を元に1000万円稼いでみたいと思ったわけです。しかも10年後の現実もその生活になっている。ここで事務が登場するわけです。そのためにどうすればいいか。私、ジムはそのために身を粉にして、でも楽しいことだからなんでもやれるってだけなんですが、今からやってみたいと思うのです。今日までは初期設定の話でした。さて、そろそろ実働作業に移りましょう。事務というハイテクコンピューターを今から恭平が駆使するんです」
「なんだか、楽しくなってきたなあ」
「これからもっと楽しくなりますよ」
「やばいな、これ本にしたら売れるんじゃないの?」
「私は売ることには関心がないので、恭平、いつかあなたが将来、生きのびるための事務、って本を書けばいいんですよ」
「なるほど、それもまた将来の現実の一つなんだね」
「もちろん。それが私の夢でもあるんです」
「山田くん、ジムに座布団10枚あげて」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?