見出し画像

生きのびるための事務 第4講 事務の世界には失敗がありません

第4講 


「さて、10年後の将来の現実が見えましたよね」
「ほんとびっくりだね。将来の夢だとぼんやりしているのに、なぜか将来の現実だとはっきり見えてくる。自分でも容易に想像できるよ、そこで仕事をしている自分の姿が」
「素晴らしいことです。そうやってイメージを積み重ねていくことが、事務にはとても大切なのです」
「事務っていうと、もう少しお堅いイメージだったけどね。ジムが教えてくれる事務はなんだか自由を感じるよ」
「なぜ事務をやるかってことを考えるとすぐわかるはずです」
「ピカソ方式ってことだよね」
「そうです。自由に自分の思う通りに仕事を進めていくためにだけ、事務があるんです。堅苦しくするためにあるのではありません。そこら辺を大半の人々は勘違いしていると言えるでしょう」
「そうかもそうかも。俺も勘違いしてたし」
「10年後は年収1000万円でしたよね」
「そうだね。正直2000万円とかいっているイメージはないよ。でも300万円って感じでも500万円って感じでもない。1000万円いってたら嬉しいなって」
「楽しくないことは一切しないでいいですからそれでいいんです。楽しくないことの事務なんてなんの意味もありません。楽しむためにだけ事務があるんです」
「そう考えるとさらにやる気になるよ」
「では1000万円の内訳に入りましょう」
「いいね、事務っぽい」
「はい、1000万円をどうやって稼いでいるのかをイメージしてみてください」
「なるほど。1000万円なんか稼いだことがないけどね。今のところ、僕は一度も作品を売ったことがない」
「それでもできますよ。将来の現実が見えたんですから。大丈夫です」
「あっ、ジム!」
「どうしました?」
「俺、作品を売ったことがあった! 小学5年生の時」
「へえ、それは興味深いですね」
「俺、サンリオって文房具メーカーが好きでね、みんなのたあ坊っていうキャラクターがいて、それが傑作でね。自分もキャラクター商品を作ってみたいと思ったのよ。コピー用紙に色鉛筆で罫線引いて、下の方にキリギリスを主人公にしてキャラクターを描いて、既成の封筒を分解して構造を学んで自分でも封筒まで作ってみてね、それで透明のOPP袋に入れたら、自分でもレターセットが作れたのよ。それを1セット五十円で同じクラスの女の子たちに売ってみた」
「素晴らしい。もうすでに事務をやっていたわけですね」
「確かに」
「じゃあ、その調子で、自分が何をどれだけ売れば1000万円になるかをイメージすればいいんですよ」
「そっか。50円のレターセットだと、、、、20000セット売らなきゃいけないね。それはちょっと大変だ」
「もう少し値段上げていきたいですね」
「たとえば朝書いている執筆が本になったとしたら、一冊1500円だから6666冊売れば1000万円になるな」
「それは現実的な感じですね」
「でも待てよ。出版社が出してくれるってことになったら、全部俺のところには入ってこないよね」
「そうなりますね。大抵本の印税は10%くらいだって聞いたことがあります」
「そうすると、一冊150円しか入ってこないのか・・・・。6万部以上売らなきゃいけない」
「イメージできますか?」
「6000部は売れそうな気がする。でも6万部だと売れても一、二回って感じだな」
「そうすると100万円くらいしか入ってこないですね。でも、イメージが暴走していないのはとてもいい流れです。自分で出版している感触はありますか?」
「うーん。出版するとなると先にお金を払うわけじゃん。そのお金がまだないと思うんだよね。だから出版は出版社に任せちゃうと思う。その頃は」
「でも年収が1000万円を超えてくると、考えられそうですね」
「それはあり得るね。つまり、20年後は自分で本を出版してるってことなんだろうね」
「それは何かあり得そうな気が私もします。他人が思えることですからとても素直で自然なイメージなんだと思います」
「こうやって将来の現実を考えていくと、なんだか、成長するってこともちゃんと計算に入れるようになるね」
「それが事務のいいところなんです。事務、つまり、それは具体的に見える形にするってことなんです。数字に置き換えたり、時間に置き換えたり、文字に置き換えたり。一つ具体的な値が見えるようになると、その『具体的さ』というものには命が宿るんですよね。命あるものですから、当然のようにその瞬間から成長を始めるんです。10年後のあなたはまだ自分で出版する力はないかもしれませんが、年収1000万円の生活が続けば、当然のように貯蓄も増えますからね、きっと20年後には自分で出版社のようなこともできているはずです。一ドル紙幣を200年前から持っていてももちろん一ドルのままですが、一ドルの株券を持っていると現在では6000万円以上になってるみたいな、よく株式投資についての本に書いているグラフから学べるのは、だからといって株式投資しろってことじゃなくて、一ドルは成長しないけど、株、つまりなんらかの人間が興した会社ってものの価値は必然的に成長するってことです。人間は植物と同じように必ず成長するんです」
「それには同意するよ。ギターだってやればやるほど上手くなる。やればやるほど下手になるって行為はほとんどないと思うよ。でもね・・・」
「どうしました?」
「俺の母ちゃんがさ・・・・」
「応援してくれないんですか?」
「いや、根本的には応援してくれてると思うよ。でもさ、自分で作家として生きていくなんて自殺行為だ、絶対に上手く行かない、印税で食べていくなんて夢みたいなこと考えずに就職しろって言うわけよ。でも、俺は経験者からしか話を聞かないと思ってたからもちろん耳には入れてないんだけど、作家で食べている人には会ったことないし、これからどうするのかなんかさっぱりわからないわけで、あんまり母ちゃんからそう突っ込まれると、俺も弱気になる時もあるのよね。。。ジム、もし失敗したら?ってことは勘定に入れないの?」
「失敗ってのは、何が失敗なんですか?」
「ん?」
「みなさん失敗、失敗と言いますが、失敗もまた抽象的すぎます。たとえば私、ジムは本を延々と書き続けてますが、今のところ一冊も本は出版されてません。つまりお金は一円も稼いでません。これは恭平の中では失敗なんですか?」
「いやジムは成功者だよ。半端ないよお前の人生。憧れの存在だよ」
「私は失敗したことがないんです。でもお金は持ったことがない、両親はいないし、お風呂には入ってこなかったし、そもそも定職についたこともありません。事務の世界に失敗はないんです」
「えっ、事務に失敗がないの?」
「はい」
「え・・・」
「失敗しないように事務するんじゃないの?」
「そんなちまちまとした考えやめてくださいよ。もっと心を大きく広くのびのびと楽しく!事務員に言われてどうするんですか」
「マジだ!やば、俺ダサいな」
「はい、ダサいですよ」
「でもさ、母ちゃんの言っていることもわかるなと時々思うのは、自信がないからなのかな」
「自信なんか全く不要です」
「なんかジムの人生っていいね。自信もないのに、よくそんなに書き続けられるよね」
「自信って必要ですか?」
「えっ、、、いらないの?」
「私はただ自分が経験してきた事務について、冷静ではありますが基本的に楽しく書いているだけですよ。好きなことですから研究しまくるのも当然ですし」
「いや、ジム、君はほんとに素晴らしい人に育てられたよね。おじいちゃん」
「好きは自信を凌駕する。自信はなくなると作業が止まる。好きは止まらない。止まるような好きは好きじゃないことの証明だから、さっさとやめて、別の好きなことやりなさいと言われて育ちました。とても論理的な教えだと思ってます」
「俺もおじいちゃんみたいな親が欲しい」
「私は両親に捨てられましたけどね。でもいいんです。子育ては苦手な親もいるんです。嫌なことを放置してくれたおかげで、親から悪態つかれることもなくおじいちゃんの教えのもと、すくすく育ちました。後悔は一切ありません」
「なんか、スパーってしてるよねジム。見てて清々しいよ」
「ありがとうございます」
「つまり、事務ってのは失敗しないように行うんじゃなくて、好きなことをひたすら延々と続けるためのものってことだね」
「物分かりがいいご主人様を持って私は幸せでございます」
「え、俺ご主人様なの?」
「まあ、一応、形としては私はヒモですので」
「いいよいいよジム、一生、俺のヒモでいて欲しい」
「私は、超ヒモ理論、という長い論文も現在執筆中のプロのヒモですので」
「それも読みたいよ、、、、」
「それはまた今度ですね。まずは事務ですよ」
「そっかー」
「というわけで、事務の世界には失敗という二文字は存在しません。事務で確認するのはただ一つ、あなたが継続していきたいことが、本当に好きかどうかです。好きであれば、何事も進んでいきます。上手くいく上手くいかないかは問わなくていいんです。それは他者の評価です。他者の評価は常に間違いを犯します。しかも間違いを犯したとしてもそいつらは絶対に責任を取りません。謝りすらしません。だからこちらもその態度をそのままお返しするだけです。好きなことをただひたすらやり続ける。反論されたら、別に言い返す必要がありません。その必要がないんです。無視すればいい。でも無視すると、怒ります。なぜなら、そいつらは暇なだけだからです。暇をつぶしにかかってきている相手は適当な間違いを平気で犯して、こちらを評価しようとします。ここで大事なことはその手には乗らないことです。反論すると暇が潰せると思って喜んで、議論を続けようとします。だから反論しないように。無視すると寂しくなってこれまた怒ります。とにかくそいつらはただのめんどくさい暇な人間たちってことです」
「ジム、手厳しいね。でも大事な文句ってこともあるんじゃないの?」
「私が、何かあなたに文句言ったりしましたか?」
「いや、何一つ。ジムはそれをやると上手くいかないからやめなさいとは言わないよね。ジムは、こうすると上手くいくってことしか言わない。その忠告はとても嬉しいし、参考になる」
「上手くいったことがある人が、こうすると上手くいくからこうしたらいいよ、って伝える。これが教えるってことです。自転車に乗ったことがない人から自転車に乗ることを学べますか?」
「無理やね」
「こうするとこけるから自転車に乗るなって言っている人から何か学ぼうと思いますか?」
「いやその人はただの退屈な人だから、まず何よりも一緒にいて面白くないね」
「ということです。全ては自転車に乗るときのことを考えたらいいんです。あの適度に危険なのに乗れたら乗れなかったことを忘れるくらい自然と乗れて、車と同じくらいどこまでもいける安い乗り物である自転車」
「なんか辛いことがあったの? ジム? 時々、なんか怒りが込められているのも感じるよ」
「世界は恭平、あなたみたいに優しく無料で家に泊めてくれる人ばかりじゃないんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「私は、なんでも馬鹿みたいに信じてくれるあなたのことが多分結構好きです」
「世界一のヒモであるジムに好かれて、俺幸せだよ」
「あ、ジムって彼女いるの?」
「彼女と言えるかどうかは分かりませんが、性的にお付き合いしている方は複数います」
「なんだ、その充実してそうな生活は、、、、。ますます気になるなあ。そっちの話も聞きたいくらいだよ」
「それもまた別の機会に」
「なんかジムのプライベート全部気になるわあ。うまいよね、そういうとこ。それも事務ってことなんでしょ?」
「そういうことです。というわけで、恭平、あなたが失敗することはありません。やっていることが好きであれば。好きなことをやり続ける環境を設定すればいいわけですし、やれないことは最初からやらなきゃいいんです。自分の力を正確に判断することが事務であり、確実に成長することも計算に入れて楽しい方程式を解いていくのが事務です。楽しくないことは一切勘定に入れないことが事務です。さて、先に進めていきましょう。20年後はまたのちに設定するとして、まだ10年後のあなたは出版してもらわないといけません。1万部は売れてますか?」
「1万部までならなんとなく見える。10万部は見えてないね。5万部くらいが時々あると嬉しいけど、ベースは一万部で考えていきたい」
「具体的に力を感じてきましたよ。飲み込みが早いですね。つまり、本を一冊かくと150万円入るという計算です。一千万円にするためには、6冊以上書く必要があります。見えますか?」
「いや、見えないな笑 6冊はさすがにやりすぎでしょ。赤川次郎さんじゃんそれじゃ」
「3冊はどうですか?」
「でも俺ずっと毎日原稿書くんだもんなあ」
「一日原稿用紙だと何枚くらい書けるといいんですか?」
「小説家の村上春樹は1日10枚だって、どんな時も10枚だってエッセイに書いていたな。それくらい書きたいね」
「書いたことありますか?」
「昔、興奮した時に、大学ノートに論文書いたんだけど、その時はノート10枚だった。挿絵も入ってたけど」
「経験があるならそれでもいいかもしれませんね。一冊って原稿用紙だと何枚くらいなんですか?」
「確かにそれは知らなかったなあ。村上春樹のエッセイ読むと、1日10枚を半年続けるらしいのよね」
「それだとざっと1800枚ですね」
「でも彼のは長編でしょ?。上下巻でそれぞれ500ページずつくらいあるんじゃないかな。そうやって考えると、単行本一冊だと350枚くらいってとこかしら」
「毎日10枚書いたら、一ヶ月半で書き上げられそうですね」
「でもさ、書くネタとかあるわけだし、なければ書けないし」
「そうやって考えると、急に困難になるの分かります?」
「ん?」
「何か一つの作品を作らなくちゃいけない、みたいになると、そのために準備して、構想して、構成を書いて、原稿を書いて、推敲して、って行程があって、年に一冊出せるか出せないかわからない、みたいになるじゃないですか」
「そうすると年収150万円になっちゃうね。それまずいわ」
「そこで事務の側から考えるんですよ。書くネタとか一冊の完成品として仕上げるとかはどうでもいいです」
「どうでもいいの?」
「はい。私は作家でしょ? だから経験者なので、参考になると思いますが」
「気になる気になる。どういうこと?」
「まず完成品を作ろうとしなくていいです。それって本を書くってこととまた別のことなんですよ。本を作るってことです。完成品なんか実はどうでもいいんです。私なんか完成品なんかほとんどないですよ。おじいちゃんの弥三吉証言録くらいです。それはおじいちゃんが死んじゃったから、そこで唐突に終わったというだけです。それ以外の書いているものは今も全て継続中です。私は何かを書こうとしているのではないのかもしれません」
「え、どういうこと?」
「ただひたすら書くことが好きなんです。はっきり言うとなんでもいいんです。書いていたら楽しくて幸せで、それ自体が一生のエンジンになると確信してますし、現にそうやって、私はしっかりと生きてます。何かを書こうとすると止まってしまいます。それは書く楽しみ、と本を作る楽しみが違うからです。あなたは書きたい人ですか? 本を作りたい人ですか?」
「書きたい! でもまあ本を作りたいとも思うよ」
「大丈夫ですよ。私の本もいつでも本にはできます。それくらい馬鹿みたいに弾が余ってますから。なくなってもいつでも書き始められる書く筋力もあります。あなたも将来の現実で、そうやって毎日10枚書いているわけですから、一ヶ月半で一冊分できるという計算にしといて問題ありません。書くのと同じ時間本を作ることに注いでみましょうか。つまり、三ヶ月に一冊もしかしたら完成するかもしれないという感じに。出なくてもいいんです。出版社が反応しなくても、それでもあなたはとにかく自分の中では完成品を自分なりに作っておく。そうすると、一年に4冊は書けることになりそうです。今から10年続けたら、必ずそれくらいの筋力はつきます。ここは経験者としての私の勘ですので、ご心配なく」
「へえ、ここは一つ素直に聞いてみるよ。でもそうだね。どんな景気でもどんな社会でも関係なく、僕は一年に4冊書けるだけの筋力をつけていくと思うと、20年後がさらに楽しみになってくるね」
「いいですね。10年後の現実を書くことで、もうすでに成長が始まっていて、20年後も夢物語じゃなく、ちゃんと現実の物語に変化してます」
「そうすると、150万円を4冊だから、600万円になる。なんとなくそれくらいでちょうどいいかも。あとは連載とかもやってそうな気もするし、トークショーとかそういう人前で話したり、さらに絵も描くし、歌も歌うわけだから」
「残り400万円ですからね。連載原稿は一回いくらくらいですかね」
「俺、この前、自分の大学の研究室で少しだけ雑誌に原稿書いたんだよ。すると五人で書いたんだけど、1ページが3万円らしく、2ページ分書いたんだけど、6万円を五人で割れって言うんだよ。スタジオボイスって雑誌でね。ケチだなと思ったけど、そこで原稿料の感じはなんとなくわかるね。月に1ページのエッセイを書いたら、3万円かあ。3社で書いたら、9万円。一年で100万円くらいか」
「いい感じですよ。残り300万円」
「トークはどれくらいかな。養老孟司さんとかなら一回200万円くらいもらえるだろうけど、10年後の俺かあ」
「そんな時は恭平が企画者だと思って計算してみてください」
「企画者?」
「はい、トークショーの」
「なるほど。10年後の俺が百人のトークショーやれてるかどうかってことか。無理だな。せいぜい60人だね。入場料は二千円じゃ無理そうだから、千五百円にして、90000円の売り上げになる。場所代が10000円くらいかな。残り8万円だから、出演者と企画者で半分ずつにするか、それじゃ出演者がかわいそうだから、一万円出演者が多くしよう、ってことは、一回5万円が出演者に入る。これが俺の10年後のトークショーのギャラだね。連載よりちょっといいくらいな感じか、なるほど。二ヶ月に一回くらいのトークかなあ。いや年に十回くらいはやりそう。俺人前で話すの好きだし」
「ライブもやってそうですか? 音楽の演奏」
「確かに、同じくらい歌ってそう。歌のギャラも5万円でいいや。じゃあ、それぞれ年間50万円だから、トークと歌で100万円」
「いいですよ。順当に稼いでます。残り200万円」
「それを絵で稼ぐわけね。一枚5万円だと40枚。それだと月に3、4枚売るのか。月に2枚くらいの感じがする。半年に一回、個展をやって12枚の絵を売るって感じだね」
「一年で24枚の絵を売るってことですね。それだと一枚が8万5千円だとできそうですね」
「85000円だとなんか半端だから、一枚90000万円にしておこう」
「それだと24枚売って、210万円になります」
「ジム、お前のおかげで1000万円ちょっと超えるくらいになったじゃん!」
「いい感じの無理のない計算だと思いますよ」
「不可能じゃなさそうだね。なんだか、10年後楽しそうだよ」
「それが一番大事なことです。私もずっとヒモでいたいくらいです」
「ずっとそばにいてくれよ」
「はい、できる限り。恭平に妻ができたらどうなりますかね」
「俺が説得して、いてもらえるようにするよ」
「それはとても嬉しいです」
「これで10年後の2011年の自分はかなり明確に見えてきたよ」
「はい。これで設定自体はほぼ完了かと」
「次はどうするの?」
「次は、今の現実に戻ってきます。そして、常に10年後の現実を前提にして、そこと陸続きの現実を作っていくんです。簡単です。ゴールが見えてますから。目的地が知らない場所と知っている場所はどちらが早く到着しますか」
「あれ、なんだろうね、知らないところにいくとき、行く時と帰る時、時間の感覚が全然違うじゃん」
「帰りはもう道がわかってますからね」
「いつも10年後を完璧に設定しておけば、迷うことがないのか」
「そうです。迷うってことは青春の副産物じゃないんですよ」
「ただ将来の現実が見えていないから当然のように迷っているだけなのね」
「簡単なことです。これを教えないのはむしろ罪です。どれだけ若い人たちが自殺で亡くなっているか。私としてはこの事務の本のタイトルを『生きのびるための事務』と名付けたのはそういった若い人が迷うことがないように、地図を作りたいと思ったからです」
「ジム、それは今すぐ出版した方がいいよ」
「いや、私は英語ですから難しいと思います。日本語では書けませんし」
「もったいないなあ。でもいつか俺がジムの本を出版するよ」
「20年後の話ですね」
「それまでずっと一緒にいてくれよ」
「私も自分の設定とは別の現実が恭平と出会うことで生まれてるみたいで嬉しいです。さあ、今の現実に戻ることにしましょう」
「ほんとタイムマシンだったね。嘘つき呼ばわりしてごめん」
「いいんです。こんなに湧き水を飲むみたいに私の話を聞いてくれる人なんてこの世にいませんから。恭平は私にとっての命の恩人ですよ」
「気持ちよく現実に戻っていけるよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?