躁鬱大学 その17 最終講義/それぞれのあなたへ

17 最終講義/それぞれのあなたへ
 
 いよいよこれが最後の講義になります。みなさんよく聞いてきてくれました。ありがとうございます。僕が躁鬱人について考えてきたことは大体話せたのではないかと思ってます。それはなによりもカンダバシ語録というテキストがあったからです。カンダバシの言葉があったからこそ、僕は躁鬱病という今までの自分の体の捉え方から抜け出し、自分が躁鬱人であることを自覚するに至りました。そしてこれまで症状だと思っていたものは全て、実は自分なりの対処法だったことに気づいていったわけです。みなさんにとってもこの講義が自分自身を振り返り、これからの人生をもっと楽に愉快に過ごしていくいいきっかけになるといいなと思ってます。最後にこれまでの講義を踏まえつつ、非常に精神的、気分的、行動的に幅の広すぎる躁鬱人にとっての「こんな時どうする?」という対処法をまとめてみたいと思います。ただまとめるだけじゃあんまり面白くありませんし、なんでも楽しんでやりたい、遊んでいるようにやりたいというのが躁鬱人の基本気質でもありますから、躁鬱すごろくと題し、ゲームブックみたいに進んでいくやり方でお伝えしたいと思います。僕も今、これを思いついたまんまやってますから、うまくいくかはわかりません。でも、新しいことを何かはじめるだけで心地がいいんです。だから思い立ったら、さっさとやってみましょう。大事なことは、すぐに行動してもいいが、お金を使わない、人を巻き込まないということです。まずは一人で思い立ったことを、直接行動するというよりも、企画書を書くような感じで、つまりまずは文字に置き換えて、自分がやってみたい状態を好きに思うままにどこまでも自由に書いてみてください。人を巻き込むのではなく、誰かに語りかけるように書けばいいんです。
 つまり、この躁鬱大学という試み自体がそうなんです。僕は躁状態になると、必ずなんらかの「学校」を作ろうとします。これまでも何度もいろんな学校を企てては、実践しようとしました。しかし、幸いなことにスケールが大きすぎて誰もついてきてくれなかったので、一つも実現していませんし、借金をしたりもしていません。そして、今回もまた躁状態となり、躁鬱病と診断されている人のための体の特徴を知覚し、処世術を伝える大学を作りたいと思ったわけです。それで敷地を見つけるために外を歩き回ったり、お金を集めたり、受講生を募集したり、先生たちを招聘したりせずに、まずは企画書のつもりで、こうやってインターネット上で、しかも文字と声だけで、大学を作ってみることにしました。
 これ自体も、僕の症状であり、さらにはそれに対する対処法が形になったものと言えます。あなたが大学に通ったような気持ちになって、毎日新しく学ぶことの楽しさを少しでも感じているならば、僕の試みは大成功をおさめたということになります。しかし、これが勘違いでも、何も成功していなくても、問題はないのです。これは僕の企画書的な試みでしかなく、あなたたちから受講料を受け取ってもいませんので、こちらには何一つ責任もありませんし、僕は飽きたらやめればいいだけです。
 今日、最終回と言っているのはつまり、もうそろそろ僕が満足しそうになっている、ま、はっきり言えば飽きてきているってことです。そうなる前にさっと締めてやめる。これ自体も躁鬱人にとって有益な対処法です。このように躁鬱人のあらゆる行動は、移り変わりやすい躁鬱人にとっての対処法になってます。そのことに対してさらに意識的になり、何なら無意識的に対処法をとれるようになるまで、面白がってみる。そうすれば、あなたはただ楽しくなると思います。気持ちが楽になると思います。喜びを感じます。その時、躁鬱人はただのいい人になります。どんどん人に何でもしてあげちゃいます。あなたは自分の長所の全てを社会やまわりの仲間に対してふるまうことができるでしょう。まわりも喜ぶ、そしてあなたは幸福を感じるでしょう。躁鬱人がそのまま素直に自分のいいところをまわりにふるまうことができたら、あなたは幸福を感じ、まわりはとても満足し、創造力豊かになり、またその変化を見て、あなたはさらに幸福を感じます。僕が思うに、躁鬱人は幸福とは何かを追い求めますが、それはなぜかと言うと、幸福とは何か、ということをこれまでの人生の中で一度だけでなく、何度か体感しているからです。幸福の正体を知ってます。だからこそ、必死になって、時には感情が高ぶって涙を流しながら、強い力で行動をするのです。やりすぎて、まわりからは冷たい視線を浴びることも多々ありますが。
 そんなわけで、僕はあなたのいいところを一切、削り取りたくありませんし、抑え込みたくありません。僕が自分で体感するに、いいところを一切、変えずに、それでも体を壊さずに生きていく道は必ずあります。そのためにどうすればいいか。僕がこれまでやってきたことも含め、なんせ、この道は歩いている先人がほとんどいません。灯台はカンダバシの言葉だけでした。しかも、僕が感ずるに、カンダバシは何と非躁鬱人なのです。でも躁鬱人に対して、おそらく全ての非躁鬱人の中で一番興味を持ってくれてます。だからこそカンダバシの言葉は灯台であります、ですが、灯台ですから、道はやはり躁鬱人であるわれわれが自らの手で切り開いていかなくてはなりません。でも灯台はあるんです。つまり、もうすでに道の先は見えている。躁鬱、これは治すべき病気ではありません。それはあなたの一番素直な体の状態のことを指してます。われわれ躁鬱人は、人のことを考えるばかりにぎこちなくも体を固定させて、移り変わりすぎるというわれわれ最大の特徴を消そうと試み、まるで変装しながらこの社会で生きてこようとしてきました。もちろん、それは素晴らしいことです(人に対する優しさが全面に出すぎた結果なのですから)。しかし、本来のあなたのいいところは「素直」になってこそ「素直」なままに行動してこそ、発揮されます。その「素直さ」をいかにして引き出していくかが鍵となってきますが、コツは本当に簡単です。やりたくないことをせず、自分の心が赴くように体をそのまま動かすということです。それではそれぞれの局面でどうやっていくかを一緒に考えていってみましょう。

 躁状態のあなたへ

 躁状態のあなたはとても心地がいいです。何事もうまくいくようにしか思えない。全て自分のために吹いている風にしか思えない。次から次へと新しい、面白くて仕方がないことを思いつき、思いついたそばからどこかへ行こうとしている。眠ろうとしても、頭の中ですぐに思いついちゃうので、体を起こしてしまうし、音がそのまま詩に聞こえてきますので、韻を踏みます。ダジャレがすごいです。同じ音の漢字をいくつも思いついたりします。しかも、その漢字全てが一つの物語を生み出しているようにも感じるかもしれません。おめでとうございます。躁状態のスタートです。あなたにとって祝福のシャワーです。素晴らしいことだけが、つまり奇跡だけがあなたの元にやってくるでしょう。
 しかし、その状態のまま、感じたことを即行動に移していると、あなたは心地よいかもしれませんが、やはりまわりはびっくりしてしまいます。躁鬱人にとって奇跡は日常かもしれませんが、非躁鬱人にとって奇跡というのは一年に一度起きればいいようなもので、ほとんどの日常には顔を出してきません。なので、こちらの奇跡オンパレードを経験してしまうと、気が狂ってしまう可能性があります。ちょっとここはあなたお得意の優しさを出していきたいところです。
 
 あなたは時間を超越しているために、何時だろうが、思いついたことを人に電話してしまいます。しかし、超越しているのはあなただけで、他の人にその調子で接してしまうと、相手の体が壊れてしまいますので、あなたが得意な気を遣ってみることにしましょう。とにかくまわりの人は普通の非躁鬱人たちばかりなはずです。超越している奇跡の人はあなただけです。どうかそのことをお忘れなく。
 まず電話をかけることを我慢してみましょう。はっきり言って、躁鬱人からの全ての電話は、非躁鬱人たちにとっていい迷惑以外の何物でもありません。それがたとえどんな奇跡的な発明だろうと、発見だろうと、普通の非躁鬱人にとってはそんなの理解できないし、こんな時間に電話してくるのはやめろと言われてしまいます。それは僕も残念です。あなたのせっかくの世紀の発明、発見を、馬鹿にされるのは心が痛いです。どうか非躁鬱人には電話しないでくださいね。もし躁鬱人の親友がいるのなら彼らにかけましょう。彼らは何時だろうと発見を求めてますから耳を傾けてくれるはずです。
 ですが、まず何よりも、ひらめきというものはひらめききらめき流れ星ですから、思い立って、話しているうちにすっかり忘れてしまうなんてことがよく起きます。それは僕も辛いです。そこでまずひらめいたら、それは誰にでも読める形に文書として残すようにしましょう。そうすれば、多少鈍い非躁鬱人でも読んで理解することができるかもしれません。あなたが理解されていないのは、おそらくこの文書化がうまくいっていないからです。この文書化さえうまくいけば、きっと何十年後か何百年後にあなたのひらめきはしっかりと偉業と知られるはずです。わかりましたか? 
 
 ひらめく→文書化→電話
 
 この順序でやってみましょう。はっきりお伝えすると、文書化がむちゃくちゃ大変なので、躁エネルギーの大部分を使ってしまいます。文書化の過程で多くのどうでもいいひらめきはちゃんと振り落とされていきます。しかし、厳選された、素晴らしいあなたのひらめきがきっと紙の上に残るでしょう。このことにまずは全ての力を注いでみてください。どこまでもスケールの大きな話にしても構いません。紙の上ではなんでもできます。なんでもやってください。ここで実験をするんです。お金がどれくらいかかるのか、人がどれくらい必要になるのか、どんな人が必要でどんな場所が必要か。企画書、見積書も作ってみてください。細かくやればやるほど実現に向かいます。細かくやればやるほど躁エネルギーが浪費され、少しずつ冷静になることができます。やはり物事を実現するときは、一瞬の果てしないひらめきの後のこの冷静さがとても大事ですので、ここはひとつあなたの嫌いな「大人」の感覚で、落ち着いて物事進めるためにも、バカみたいに熱く「書いてください」。
 少しここで脅しますけど、ゆっくり聞いてください。
 あなたが奇跡の力を使えば使っただけ、その高みに行った分だけ、あなたはのちに疲れて鬱に必ずなりますが、その分の深さの地獄へいくことになります。恐ろしいことですが、あなたはその恐ろしさは全く感じられないと思います。なぜなら躁状態は全ての恐怖心がカットされてしまうからです。だからこそ果敢に攻められる無謀なことにも挑戦できそれで世界は開拓されていったことも事実です。じゃあどうすればいいんだよ、力を抑えればいいってことか?と疑問に思われるでしょう。それも無理です。力を抑えたら、退屈になります。退屈になれば、また鬱になるんです。だから力は出せるだけ好きなだけだした方がいいんです。ここでコツは、力を自分に使えば、もしくは人間以外の生物に使えば、あなたの奇跡の力はずっと保持されたままでいることができます。あなたは今素直な人間になってます。本能で動く生物たちとほぼ同じ状態です。そこには摩擦はありません。一方、他人はみな自然では動けていません。人間だけが社会を作り、都市を作り、摩擦にまみれて生きてます。だからあなたの自然の力がすべてその摩擦ですり減ってしまうわけです。つまり躁状態を他人に使うから鬱に落ちるわけです。躁状態は常に自分か他の生物に使いましょう。仲の良い家族か恋人がいるのならその人たちに使ってあげても喜ばれるでしょう。しかし、なぜか躁状態は他人に使いたがります。それは躁状態以外の時に、常に他者との摩擦を感じているからだと僕は思ってます。だからこそ躁状態の時にその摩擦を一掃しようと企てるのです。しかし、それはうまくいきません。もともと摩擦があるものをゼロにしようとすることがさらに摩擦を生んでしまうからです。
 躁の力は他者に使うと鬱になる。その力は自分か他の生物に使う。もしくは仲の良い家族か恋人に使う。以前の摩擦や軋轢を解決するためには使わないこと。水は流れるところにしか流れていきません。流れのないところに流しても枯れるだけです。やめておきましょう。
 躁の力を自分に使う、これがつまり文書化ということです。他者に使う、これが電話をかけるということです。
 文書化が済んだあなたは、躁の力をかなり使い切っているはずです。しかし、それでもまだ誰かにそれを伝えたい力が残っている場合どうするか。ここでようやく電話をかけることを考えてみましょう。携帯電話に入っている電話番号をかたっぱしからかける勇気も持っているあなたですが、やはりかけた分だけあなたは鬱になってしまいますので、電話のかけ方も一工夫必要です。もちろん大事なことはあなたのそのエネルギーは無駄なことではないので、抑える必要はない、ということです。
 あなたの思いつきを理解してくれる人は一人しかいません。これは過去のあらゆる文献を読むと証拠がゴロゴロ転がっているのですが、これまでにいろんな発明や発見、新しい哲学や芸術などが生まれましたが、他者の理解者はほとんどゼロ、いたとしても一人というケースばかりです。ピカソの「アヴィニョンの娘」というキュビズム時代の傑作は1906年に制作されてますが、展覧会で人前で公開されたのは10年後の1917年です。そんなものです。誰もがあなたのひらめきに理解を示せるはずはありません。ピカソですらそうなんです。あ、でもあなたは今、ピカソと同じくらい天才ってことになってますもんね。それも理解できますよ僕は。自分でも経験がありますから。いいですよどんどん思ってください。人に言わなければなんでも思っていいです。一人で悦に入るってやつです。それは無害ですので、どんどんやりましょう。人に言わなければ、調子に乗ってるとも、勘違いとも言われません。
 あなたの理解者は一人だけです。もしくは一人もいません。一人もいないと考えるのも辛いでしょうから、一人はいるとこの際断定しましょう。誰でしょうか? 携帯電話の中に入っている番号の中から一番の理解者を一人だけ選んでください。そしてその人に電話をかけたいのならかけてもいいですよ。でもこう伝えるようにしてください。
「なんか思いついて、思いついただけでなくて、文書にしてみたいんだけど、それを読んでくれないかな。そして、思ったことをなんでも、もっと素晴らしいものにしたいからこそ、なんでも私に言ってください」
 つまり、作家と編集者の関係ですね。あなたの編集者を見つけてください。新しく見つける必要はありません。めんどくさいじゃないですか。あなたがこれまでの人生の中で出会ってきた、唯一の理解者がいるはずなんです。躁鬱人は躁状態が何度か訪れてますから、その度に、思いついたことを行動しており、その過程で、一人だけ理解者と出会うように設計されてます。その人に電話をしてみてください。
 僕の場合でいうと、橙書店の久子ちゃん、そして、この躁鬱大学の担当編集者、梅山くんと二人います。この二人は何時に電話をしても、怒りません。寝てたら出ないですけど、起きてたら一応出てくれます。僕はこの二人に「躁状態の時にはいろんな人に電話しちゃうから、そうすると、いいものも全部発散しちゃって、金にならないから、あなたに全部電話することにする」と前もって伝えてます。僕が今でも鬱状態ですら、それでも仕事を続けることができているのは、この理解者の柱を二本揃えているからだと確信してます。さらに、僕は他の分野別にもそれぞれ理解者の柱を揃えてますので、かなり盤石なわけです。躁状態でのひらめきを思い込みだと笑う人はこの中に一人もいません。とても健全な状態で躁状態に入ることができるのはそれが理由です。ここに他者との摩擦が存在しないわけです。あらゆる躁鬱人の躁状態での怒りはこの無理解による摩擦によって起きます。そして、その怒りによって深い鬱へと向かっていくわけです。
 あなたはまだ初心者でしょうから焦る必要はありません。ただ一人の理解者を、もうすでにあなたの周りにいる人の中から選んでください。
 その一人が見つかれば、実は躁状態はもうほとんどうまく操縦できるようになるはずです。
 躁状態の特徴として、いろんな人に会いたくなる、ということが起きますが、これはいろんな人に会いたい、というよりも、理解者を見つけたいという行為なんです。色々と活発なことをすることで、自分のいいところを見せびらかすわけですね。そして、気を引いて気に入ってくれる人を探そうとする。同性に対しても異性に対しても同じです。ところが、深い理解者が一人いると、もう探す必要がなくなるんですね。これはかなり浪費防止になります。躁状態のほとんどの力を実は、多くの人が理解者を探すことにだけ費やしているんです。だから効率よく創造的行動ができなくなってしまう。理解者が見つかったところで満足して、その以上の行動に躍り出ないからです。これでは勿体無い。そのためにも最初から理解者を設定しておきましょう。一人でいいんです。その人にだけあなたのひらめきを伝えてください。もちろんまずは文書で。そのあと電話で相談しましょう。きっと次はこうしたらいいよと教えてくれるはずです。しかも、あなたはその編集者の予想の斜めはるか上空を超える最高の返しができるはずです。それくらい大した人間なのです。あなたは。そのためにも理解者を一人。どうか忘れずに探しておいてください。その人と秘密裏にとんでもないことを企てるのです。
 あと躁状態になると、お金を使い果たしてしまう、という人がいます。僕もそうでした。そこで僕は自分を研究してみたんですね。これも理解者の話と似ているのですが、なんでお金を使い果たすかというと、お金があると思っているからです。お金がないと思っていないんですね。何かが欲しいとかそういうことではないみたいです。お金がある人として行動をしてしまうんですね。だから、解決策としては、お金を手にすればいいんです。自分がお金があるんだと自覚できたらお金を使わなくなります。不思議な感覚ですが、僕の経験としてはそんな感じです。だから僕がやったことは貯蓄を始めたんです。躁状態にお金を浪費することと、お金を貯蓄することとどっちが楽しいかと自分に問いかけたんですが、お金が貯まっていくことがとにかく嬉しい、ということに気づいたんです。溜まれば溜まるほど逆に使うことが嫌になります。なぜなら、躁状態になると、なんでもできる奇跡の人になりますから、実は買いたいものは全て自分で作り出すことができるんですね。僕もデパートでウィンドウショッピングをしてはあれが欲しいこれが欲しいと感じたものを見つけ、物欲ですね、所有欲です、それを満たすために自分で作ることをはじめました。高価な手編みのセーターが欲しくなったので、自分で手編みのセーターを作りました。かわいいガラスの器が欲しくなったので、買わずに自分で倉敷に飛んで行って、ガラス作家のもとでガラスの花瓶を作りました。50万円くらいする19世紀に流行った形のガットギターが欲しくなったので、それをゼロから作りました。五ヶ月もかかりましたけど完成しました。経費は1万円もかかっていないと思います。つまり、物欲、所有欲は実はお金では解消ができずに、むしろ自分で作り出すことで解消どころか新しい世界に行けることに気づきました。皆さんもぜひ欲しくなったものを全部作ってみましょう。うまくいかなくても、作っているだけで、物欲を満たす行為から何か別の創造に変化していることに気づいていくはずです。しかも、僕はそうやって作り出したものを販売しはじめたのですが、今ではしっかりと僕の収入源の一つになってます。物欲から発生して、それでもってまたお金をゲットしたんですね。躁鬱人はとにかくお金が好きですから、お金を使うよりも、通帳にたくさん入っているのを見つめている方が好きなようです。本当は使い果たして貧乏するなんてことには一切興味がないです。でも、お金がある人みたいに暮らしてみたい、それを解消するには物欲をお金で買って満たすことだ、と勘違いしてるわけですね。これは解決も何もありません。勘違いしていることに気づけばいいだけです。しかも、もうすでに実は気づいてます。本当は着実に貯蓄をしていくことが何よりも大好きで、そのためだったら家も手作りで安く作り、料理も野菜は畑で自分で作り、それでむちゃくちゃ美味しいものを食べる、金は浮く、その分、貯蓄がたまるって生活が一番躁鬱人は大好きなはずです。だってなんでも作れるんですもん。やろうと思えば。やろうと思えばなんでもできる躁鬱人が、お金を使って買い物をするのが好きなはずがありません。満たされないからやるだけなんです。それよりも上手に貯蓄する方法を考えた方が有益です。僕は毎月、15万円貯蓄してます。大変ですよ、痛いときはとにかく痛い。でもそれよりも溜まる方が楽しい! そして貯めるためには躁の力を最大限注ぎこめるのが躁鬱人です。今では僕はなんでも自分で作れるようになりました。なぜ作るかって、物欲をお金を払って解消することじゃ満たされないからです。物欲を創作意欲に変えて作り出した方が節約になるし、その分貯蓄に回せます。何よりも、僕はお金をかけないために自分で作っているのです。はっきり言えば貯蓄のために生きているのです。でも、そのおかげで自分でなんでも作り出す技術が身につきましたので一石二鳥です。今では、それを売って生活をしてます。
 理解者とお金。この二つのことをクリアしていれば、あとはなんでもいいんじゃないでしょうか。躁状態のあなたはとにかく人に無償でどんどん優しくしたくなりますので、どんどんやればいいと思います。でも他者と触れればその分摩擦が増えますので、鬱状態には近くことを頭にいれておいてください。僕は今では躁状態でも一切人に会わないです。もちろん理解者である久子ちゃんには毎日会います。梅山くんとも毎日電話で原稿の出来、これからについて電話で話しまくります。でも、それ以外は誰とも会っていないです。人に会えば会うほど、躁鬱人が消耗することを知ったので、会わないようにしたらどうかと思って行動すると、それがとても体に合っていたからです。摩擦がありませんので、鬱になりません。現在、前回の鬱から252日目です。一切鬱になっていません。こう伝えるだけでも他者に会うということが躁鬱人にとってどれだけ無駄な作業かがわかってくれると思います。しかし、僕はあなたが人と会うことを止めたくはありません。好きにやればいいと思います。鬱になりたくなければ人に会わずに理解者とは毎日会うという環境を作ればいいだけです。躁鬱人は批判される環境には一切いる必要はありません。ただのイエスマンではまずいですが、真剣な理解者にだけ真剣に理解され、忠告されたことは聞き入れ、日々の技術向上に邁進する、ということを続けると鬱にはなりません。
 僕は家族とも一定の距離を保ってはいます。とは言っても毎日家で仕事をしてますので、毎日、子供と妻と一緒にいます。ですが、午後1時から午後5時までは毎日必ず一人で過ごしてます。夜は彼らが寝るのが遅いですが、僕だけはすぐに書斎に敷いた布団に潜り込んで9時に寝ます。そして、朝4時から9時くらいまでたった一人で仕事をします。会うときと合わない時のメリハリをつけるといいと思います。遊ぶときは一緒になって楽しく遊ぶ。その代わり一人の時間もくれと伝える。基本的に他人は家族といえども有害なものである、ということを少し頭に入れておくといいかもしれません。その人たちに伝えなければ問題ありません。そう考えておくと、逆に揉め事にもなりませんし怒りも確実に減ると思います。
 と、こんな調子ですので、躁鬱人は会社勤めははっきり言って、ただの無理している行為でしかありません。毎日、感覚の違う人と同じ場所で同じように暮らすわけですから、鬱にならない方がおかしいです。それでも会社勤めをやめられない人はいるでしょうから、その方はもう鬱にならないように、ということをさっさと諦めて、鬱にはなる、じゃあどうやって鬱の時に過ごすかってことに集中しましょう。僕は自分がやってきたように、ある程度バイトでしのぐ、その間に貯蓄をする、そして、その貯蓄を使って、会社を立ち上げる、そして一人で仕事を始める。というルートを歩んだ方が躁鬱人にとっては楽な人生になると思います。借金をして始めると必ずあとで間違うので、躁鬱人に関しては非常識だと思いますが、無借金生活を続けてください。貯蓄は喜びですが、借金は鬱の巣です。会社のためには仕方ないなんて言い訳言っても、鬱は正直で素直ですから、本当に心配していることから忍び寄ってきます。絶対に借金はしないように。
 と、つまりは波乱万丈風に見える躁鬱人ですが、実はとても安定した環境を望んでいます。
 パートナーは必ず必要です。一人で丁寧にしっかりと生きていきたいなんて願望はすぐに諦めて、すぐにパートナーを見つけましょう。躁状態のときであれば、すぐに見つかるはずです。パートナーはあなたの理解者である人を選びましょう。喧嘩をする人とはすぐに離れましょう。あなたをこじらせることにしかなりません。感情的ですぐイライラするパートナーはあなたの躁鬱の波を荒げます。とにかく優しい人、ちょっとやそっとでは怒らない人がいいと思います。同じような躁鬱人は衝突しやすいのでやめておきましょう。できる非躁鬱人、しかも躁鬱人に対して理解のある非躁鬱人が理想です。基本的に躁鬱人は人のために何かをしてあげることが苦手ですので、パートナーはいろんなお世話ができる人がいいと思います。でもお世話だけしてもらっていると愛想尽かされますので、躁状態の時に、時々、いい感じに料理や洗濯、掃除など楽しくできるといいかもしれません。僕はどうにかツイッターで自分はやってます感出して、人に見せびらかせるためだけで、家事をしてますが、そのことで実際に行動はしてますので、妻は文句はないようです。家族のためにやっているというよりも料理本も出しましたので、完全に人に向けて、仕事のためにやってます。ですが、目的はどうでもよくて内容が家事であれば、家族に協力していることになりますので、そうやって目的をすり替えつつ、上手に怒られすぎないように工面していく必要があります。
 基本的に人は避けつつ、理解者とは密に過ごす。思いつきは全て実際に行動する前にまずは文書化し、理解者の判断を待つ。電話やメールや僕の場合はtwitterなどのフィルターを通して、様々な分野で人々と触れ合う。直接人と会うのは有害であると知る。浪費よりも快感を感じるために貯蓄を覚える。毎月3万円貯金からはじめてみましょう。実は平凡な安定ライフを求めていることに気づく。ぶっ飛んでるのは思いつきだけで十分です。行動は極めてシンプルに。余裕が出てくると、本当に人になんでもしてあげられるようになります。そうすると仕事でも成功するでしょう。会社勤めはある程度の年齢になったらやめて自分で会社を立ち上げましょう。借金は非躁鬱人のためのお金だと自覚し、自分たちは一切近づかないように。あとは優しいパートナーとゆっくりしてれば大抵のことは躁の力でうまくいくはずです。
 躁状態についてはこんな感じですかね。

 躁でも鬱でもないあなたへ

 今、躁でも鬱でもないな、どっちでもなく、心地いいってほどでもなく、まあ、ぼちぼちという人もいるかもしれません。あなたたちに言うことは何もありません。今の気分の前が躁だった人はこれから鬱に入ります。前が鬱だった人はこれから躁に入ります。その間のある意味なんてことのない幸福な時間です。僕からも何も言うことはありません。とても素直になっている状態だと思うので、好きなように動けばいいと思います。体が疲れていると鬱になりますので、それだけ気をつけてくださいね。まあ、1日に3回くらい横になって、意識して休ませれば大丈夫だと思います。飲み会に行くと躁になりあとで鬱になります。行く必要はないと思います。大事な人とゆっくり時間を味わってみてください。夕方くらいの時間にお風呂なんか入ると心地よくて、気分はさらに楽になります。思いつきが足りてないかもしれませんが、そういうときはインプットの時間です。躁鬱人はとにかくアウトプット過多で、インプットの時間がほとんどありませんので、落ち着いて読書なんかするいい機会だと思います。基本的に言うことは何もありません。どうぞ今の時間を存分に味わってください。

 鬱状態のあなたへ

 はい、最後に今、苦しんでいるあなたへ言葉を贈りたいと思います。
 きついですよね。自分をあんまりいじめすぎないようにしてくださいね。なんも悪くないですよ。悪いと思ってしまうだけなんですよ。でも止められないですよね。わかりますよ、なぜなら僕も全く同じ状態を何度も何百回も経験してますから。苦しい、助けてくれ、苦しい、とおっしゃるのはよくわかります。だから、一回、僕の話を聞いてくださいね。
 まず、必ず鬱状態の時に、躁鬱人は自分を攻撃します。必ず、です。あなたも、あなたも、そして隣のあなたも、もちろんこの壇上にいる僕も、自分を同じように攻撃します。同じような言葉で。
 お前のような奴は死んだほうがマシだ、なんでできないんだ、こんな簡単なことができないで、他の人とは全く違って劣っているお前は、どこで何をやっても、うまく行くはずはないから、人生詰んだ、もう諦めろ、しね、と言ってしまっていると思いますが、全く同じ言葉を僕も自分に言うので、まずそこを確認してくださいね。
 それは自動的な反応です。風邪を引いたら熱が出る。あれと一緒です。
 鬱になったら自己否定。しかも止まりません。
 そこで色々コツをお伝えするので、やってみてください。
 まず、鬱状態の時にお腹は減っていることに人は気づけません。
 腹なんか減ってないんだよ、食べたくないんだよ、とおっしゃるのはよくわかりますが、長年の僕の研究の結果、死にたい人全ての人が、食事を数時間とってないことが判明したんですね。騙されたと思って、まずは食べてみてください。何を食べるのか? 好きなものでいいです。大福が好きなら大福、ハンバーガーが好きならハンバーガー、焼き鳥が好きなら焼き鳥、体もきついとは思いますが、実は体が動かないわけではないことは以前にもお伝えしました通りです。最近はUbereatsとかもありますし、外に出なくても食べられますかね。出前を取ってもいいし、体は実は動くので、外に出てみましょう。近くに仲間がいるなら彼らにお願いしてみるのも手です。
 食べれませんか、、、仕方ないですね。次に家から出ないで気持ちよくさせる方法をお伝えします。
 それは死にたい人全てが体が冷えているということです。鬱状態というのは、もちろん辛いことがあったからなっているのですが、心臓の動きが低下している時でもあります。心拍が下がってます。つまり、血が行き渡っていないんですね。足、お腹、腰、あたりをさすってみてください。冷たくなってませんか? 体を温めるだけで、死にたいという気分自体はなくなると思います。もちろん、それでも鬱のきつさ、自己否定などは止まらないと思いますが・・・。ぜひ、お風呂に入ってみましょう。でもめんどくさいですよね。体が動けないと言いますが、実際はただめんどくさいだけなんです。わかります。僕もそうでしたから。めんどくさい場合は、洗面器にお湯をくんで、足湯だけでもやってみましょう。もしくはタオルを濡らして、レンジでチンして、美容室とかでもらう熱いおしぼりを作って、体を拭いてみる、顔に当てるだけでも気持ちいいですよ。その時に、ミントとかオレンジとか自分が好きな匂いのオイルなんか首につけると、気持ちいいですよ。そして、爪楊枝を持ってきてください。で、体のこってるところがあるでしょ。そこを爪楊枝でツンツンしてあげてください。気持ちいいですからぜひ。あとですね、頭の真ん中の割れ目のところに広げた両手の指を当てて、ヘッドスパでやってもらってるみたいにゴリゴリマッサージしてみてください。この部分って頭を洗うときもついつい忘れがちなんですけど、実はゴールデンスポットと呼ばれてまして、ただただ気持ちいいスポットなんですよ。あとはですね、横になってましょう。心臓休めるイメージを最大限に高めて。目をつむるだけでいいです。どうせ眠れませんから。でも眠れないからといって、すぐに起きて部屋をウロウロしたり、手でケータイ持って、寝ながら「躁鬱 克服」とか検索しないでくださいね。
 検索をすればするほど、鬱は長引きます。
 体を起こせば起こすほど、鬱は長引きます。
 鬱を早めに切り抜けたくないですか?
 それなら、とにかく目を瞑って、体を横に。検索をすればするほど、焦ります。煽られます。頭を使います。使えない頭を使って考えると妄想がひどくなります。悪いことしかないので、検索をしないでください。鬱の時はカンダバシ語録をプリントアウトして読むか、この僕の躁鬱大学をプリントアウトして読んでください。でも、それもほとんどしなくていいんです。多くの時間寝ていてください。ちゃんと寝れば治ります。寝た分だけ治るのが早くなります。鬱の信号は、横になって体を休息をさせたいという意味があるからです。はっきり言えばそれだけです。自己否定的にしておかないと、すぐ立ち直って、あなたが動き出すのを体は知っているわけです。今はそんなことないと思いますが、なんと調子がいい時のあなたは天下一品のお調子者なんですよ。今はそんなにしおらしく反省して、日本で一番控えめな人に見えるんですが、実はお調子者です。元気だよと体が伝えると、すぐどこかに飛んで行ってしまって、ゆっくり休んでくれません。だから自己否定的になっているだけです。何もあなたの人生が全てダメなわけでもないんです。まあ、知っていると思いますが、元気になったとき、あなたに「鬱のときはすごく反省してたけど、、、今はどうなの?」と聞くと「あ、あれね! あれはただ鬱だったから言ってただけかも。そんなに言わないでもいいのにね、今は最高、私はなんの問題もないわ、私は私、ダメなところもあるかもしれないけど、それも含めての私なの」と言ってるんです。ビデオを見せますからほら見て下さい。言ってるでしょ? 確かに言ってます。つまり、いま、反省している、否定していることは確かにそれは否定してもおかしくないことかもしれないが、実は元気なあなたにとっては取るに足らないもの、どうでもいいことっていうか、それよりも自分のいいところの方が前面に出ているので、見えなくなっているものみたいですよ。だから、今、反省していることは何一つ、のちのあなたに生かされないので、悲しいお知らせですが、反省禁止でお願いします。
 ただ横になっていて下さいね。検索もだめですよ。読むならカンダバシかサカグチです。
 この時に今後のことをどうやって生きるかなんか考えても、全部勘違いしてしまうのでやめときましょう。やるのは仕事と思って、時間を決めて、9時5時で横になることです。それが終わったら、5時からは好きなことやっていいです。くよくよ悩みたかったら、5時から7時まで2時間と時間を決めて、悩んでいいですよ。でも、夜9時には寝るんです。眠れなくても、目をつむれば休んでいると体は誤解してくれますので、それを活用して下さい。検索はダメですよ。どうせ、鬱のときはあなたは孤独でもなんでもなくて、あなたのことを心配している人はそっとしてくれてるだけですので、気にせず電話一つかかってきませんから、電源を切っといて下さいね。
 そして、やばい、死ぬかもと思ったら、すぐに僕に電話をかけて下さい。
 もちろん電話番号は09081064666です。忘れないように登録しておきましょう。
 もしくはWikipediaにも世界で唯一掲載してますから、僕の名前を検索してタップすればすぐ繋がります。鬱のとき検索するなら、いつも僕の名前を検索して下さい。
 みなさん健闘を祈ってますよ。
 僕ももちろんずいぶんと苦労はしてきました。
 でもそのおかげでこの躁鬱大学を創立することができたし、それで多くの躁鬱人であるあなたたちと出会えたわけですから、僕としては幸福そのものです。
 躁鬱人は人のために尽くすことが何よりも幸福なのです。
 人に接することなく、という但し書きもついてくるのですが(笑)。
 躁鬱大学を卒業するあなたたちも、ぜひとも人々に平和と喜びを与え続ける贈与人になってほしいと思います。そのとき、あなたの真価が発揮し、まわりの人は安堵と歓喜を味わい、心地よい風が吹き抜けていくでしょう。世界が危機に瀕すれば、あなたの力はさらに求められることになるでしょう。
 躁鬱人たちよ、志はいつも高く、思うままに生きて下さい。
 自己中心的な自分を恥じずに、よく知覚し、どんどん自分の要望を叶えてあげて下さい。
 きっと満足した暁には、また人に向かってどんどん愛を与えていくことでしょう。
 いつも、あなたは今何をやりたい?と聞いてあげて下さい。
 そして、そのやりたいことをすぐに実践してみて下さい。
 無駄なことは何一つありません。あなたのすべての行動があなたの健康に繋がります。
 そして、その行動が怒りでなく、喜びを起爆剤に行われたとき・・・・。
 あなたは躁鬱超人となって、世界中に止まらない笑いを与え続けることになるはずです。
 
 本当の学問というものは、みなさんが毎日この躁鬱大学で学んできたことのように「どうやって生きのびていくのか?」を具体的にかつ実践的に知り、自ら行動するという一連の行為そのものです。
 みなさんもここで学んだことをさっそく目の前の現実で実践し始めて下さい。
 先生である僕は、もう二度と躁鬱人が自殺し命を落としていくのを見たくありません。
 死ぬくらいなら、僕にどんどん迷惑をかけろ。
 でも自ら動くことも忘れないように。
 それではみなさん元気でいて下さい。
 困っている躁鬱人がいたら、このテキストを手渡してあげて下さい。
 お金を払う必要はありません。
 払うくらいなら貯蓄して独立資金につなげて下さい。
 また大学の外で再会できるのを心待ちにしてます。
 とにかく好きに思う通りにやってみて下さい。
 困ったら、僕に電話していいですから、行けるところまでは自らの足で進むのです。
 躁鬱大学卒業生のみなさん、卒業おめでとう。
 この大学に来てくれて本当にありがとう。
 この講義こそ、僕にとっての最高の幸福そのものだったのです。
 それでは

 躁鬱大学学長 坂口恭平

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コメント (1)
この講座を受けて救われました。御礼を兼ねて、コメントさせていただきます。

お付き合いしているわけではないのですが、ずっと好きな男性がいます。彼が躁鬱病だということが、躁鬱大学を読みハッキリと分かりました。まるで彼のことを描写しているのかと思うくらい、そのものです。そして、なーんだ!と、すっきりしました。  原因と対処法がわかったからです。
わたしは、彼の態度や考え方にずっと悩んで、ナルシストなのか、エンパスなのか、誇大妄想なのか、幼少期の傷なのか、いろいろと調べました。躁鬱大学を読まなければ、ずっと悩み続けていたし、怒りも収まらなかったことでしょう。

坂口教授が、これほど客観的にご自分の躁鬱病を分析できることが、やはりすごいところです。長い苦しいトンネルを抜けて、パステル画でブレイクスルーするまで、ずっと支え続けてこられた奥様のことを考えると、胸がいっぱいになります。これからもずっとご家族を大切になさってくださいね。

躁鬱大学の大学院、博士号もあるといいなと思います。こちらもご出版されてはいかがでしょうか。これからもご自分のペースでご活躍ください。応援しています。



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