見出し画像

業界事情通Z氏との対談 - 3(オリジナル菌糸瓶の可能性について)

* 対談 - 2より続く

KYOGOKU(以下、K): わたしはマットについて知見が少なくて言えることは少ないのですが、その業者さんが謂わんとするのは、「化学合成品不使用」ということなのでしょうかね。
業界事情通Z氏(以下、Z): 小麦粉だろうが味の素だろうが、添加剤に違いはありませんよね。
K: まったく。
Z: ところで、オリジナル菌糸瓶をどのようなものに仕上げたいとお考えなんですか? やはり、大型化ですか?
K: 勿論、主目的として大型化は必須になりますね。なにせ、結果が重要ですので。誰の目に見ても明らかなかたちでのね。がしかし、目標はそれだけではなくて、わたしは常温飼育にも拘っていまして、常温飼育環境下でコンスタントに大型化できないと意味がないと思うんです。あまりにも人工的な技術に寄り掛かった飼育手法に頼り過ぎると、健常な個体には育たないと思います。つまり、種として固定化できないと思うんですよね。結局は標本だけの世界に収束してしまうのではないかと。あくまで在来種として、日本の四季のある環境に対応できる種として純粋進化させたいというか。大袈裟ですが。
Z: ふむ。確かに現在主流のオオクワガタ・ブリード界隈の現状として、エアコンを一年中使用した部屋での定温飼育であったりとか、そのような人為的な設備有りきの飼育がメイン・ストリーム化していますよね。それをブリーダーの技術と言って良いものやら、ですが。
K: 別に、わたしとしてはそのような飼育方法や、ブリーダー諸氏を否定しているのではなくてですね、わたし自身は常温飼育というスタイルを重視しているというだけのことですが、わたしが開発したいのはそういった飼育テクニックではなくて、あくまで現物としての餌材なわけです。というのも、わたしが求めている理想的な餌材が市販されていないからで。スタートは、実はそこなんです。
Z: 実際問題としては、菌糸瓶という餌材が見出されてから、添加剤の種類であったり、分量など、今はもう、究極まで極められたんじゃないかと思うんですよね。なので、温度環境などの飼育環境の方を人為的に操作する手法にシフトしたんでしょうね。
K: まあ、見掛け上はそういうことなのだと思います。
Z: ほう。それでも、まだ開発の余地があると思われているということですね?
K: はい、わたしはそう思っています。菌糸瓶に使用される白色腐朽菌は繊細な生き物なので、環境温度と湿度、この二つの環境設定次第だけでも活かせも殺せもします。しかし、一般的に扱いやすいように既に可食栽培用として人為的に品種改良された菌株から更に選別使用することで、オオクワガタ飼育用菌糸瓶として活性が高く、幅広い温度帯に対応した商品に少しづつ改良されてきた経緯があるわけです。先の話題にも出たように、菌に直接効く栄養剤は原材料の厳選も含めてもう大分解ってきているのですが、オオクワガタに対する方は、謂わば、間接的なんですよね。腐朽菌に栄養を蓄えさせられれば、それを食べたオオクワガタもまた大きくなるだろう、という発想による発展系産物なわけです。しかし、です……。
Z: 実際は、それだけでは、あの大型ブリード血統のようなレコード・サイズには育ちませんよね。幾ら累代を繰り返しても。言わずもがな、ですが……。
K: 残念ながら、そういうことです。そのような菌糸瓶は存在しません。何故なら、オオクワガタに直に効くサプリは未開発だからです。食わせれば絶対大きくなる栄養素は未解明なんです。これが先ず一つ。
Z: このあたりは、業界関係者には罪があるように感じますね。
K: かも知れません。もう一つは、基材としての培地に関することです。これについては、最近は原料木材枯渇時対応もできるコーン・コブ……トウモロコシの実を取り去った残りの芯のことですが……が使用されたりしていますが、概ね、古式ゆかしき木材の切り屑であるオガ粉が使用され続けています。これも、これまでに様々な実験を経て最終的に落ち着いた安定材です。というか、その製品開発技術の殆どは、キノコ可食栽培用の菌床として、なのですけれどもね。そこです。クワガタ用としての開発は事実上、実は殆どなされてはきていないんです。つまり、ほぼ90%以上、キノコ可食栽培用で培われた製品の平行移動的な応用・転用品なのであって、クワガタ業界のオリジナルな技術は殆どそこに注入されていない代物なのです。需要、というか、マーケットの規模が比較になりませんから、開発に予算も掛けられないということはあるのかも知れませんが。
Z: ほほう。
K: 例えば、菌糸瓶に使用する培地用オガについては、特に広葉樹でなくとも針葉樹でも、コーン・コブの粉砕物であっても、まったく問題ないのです。
Z: いや、インセクト業界的には広葉樹のオガでなければいけないという認識が定着していますが……白色腐朽菌の着く樹種もクヌギなどの広葉樹ですし。
K: そう言われ続けていますよね。わたしも当初はそう考えて固執し続けていました。何故なら、実際に野外採集でもそのような樹種の腐朽材にしかオオクワガタの幼虫は見つからなかったので。けれども、実質的には針葉樹であってもキノコ菌の培養と子実体の収穫には遜色なく、特に問題なく使用可能なのです。これもキノコの栽培実験で検証されている事実ですから。おそらく、自然環境の植物の遷移的問題に腐朽菌は進化的に順応しているのではないでしょうか。地球の歴史上、針葉樹よりも広葉樹の方が後発ですしね。また、その他の例としても、木造建築の家屋の材木を腐朽させてしまう菌としてよく挙げられるのが、カワラタケです。ご存知のように、家の柱や梁材の多くはスギやヒノキの針葉樹材が主流です。
Z: ええー、そうなんですか。
K: まあ、そのように、インセクト界隈では腐朽菌類についての予備知識的な認知が非常に浅いわけです。
Z: そう言えば、菌床やマットに加水する場合、水道水は塩素が入っているので使用するべきではないと、よく業者やブリーダー筋で言われていますが、これについてはどう……。
K: 無意味です。
Z: え、それは何故に?
K: それらの製造元が水道水を使用して製造しているからです。
Z: ……笑ってしまいました。
K: 似非科学信仰はインセクト業界の宗教のようなものですね。
Z: 話を戻しますと、培地についても、KYOGOKUさんは紙……パルプですか? を使用したりされていましたよね?
K: はい。パルプ培地は菌糸瓶に実用可能です。これは、キノコ栽培の実験検証として既出のものでしたので、わたしはそれに倣ってオオクワガタ用に転用するかたちで試験検証を実施しました。それは、紙を菌糸瓶の培地として使用できることと同時に、そのままオオクワガタ飼育用としても転用できることを実際に自分の目で確かめるためにです。その結果、♂・♀共に他の一般的な菌糸瓶飼育と同様のサイズに遜色なく羽化しましたので、腐朽菌と幼虫の生育に必要な炭素源については、木材の樹種などはまったく無関係であることがこれではっきりと解りました。なので、この実験の成果はわたしにとっては非常に大きかったと思います。但し、実用上の幾つかの考慮すべき点も判明しました。パルプは物理的に熱分解も加わっているので、木材の高分子体組織であるリグノセルロースがかなり細かく分解されていて、材質としてオガよりも遥かに脆いのですよね。その分、腐朽菌による分解時間を大幅に短縮化できるメリットはあるのですが、そうしますと、更に腐朽菌による分解深度が進む分、培地基質としての強度が徐々に減退し基材として役割が不足してしまうのです。この点について、実用上の一工夫が必要なのと、これは原料の保管が問題だったのかも知れませんが、非常に小さなダニのような虫の大量のコンタミがありました。幸い、オオクワガタに影響はまったくありませんでしたが。
Z: しかし、ブリーダーによっては菌糸瓶に使用されるオガにも拘りがあって、ブナが良いであったり、クヌギが良いであったり、様々な意見があり、そういったことが概ね定説となっていますよね。これらの樹種の違いによって、成虫の外骨格の艶感が異なる、だとか言われますが、そういうところは影響ありませんか?
K: うーん……艶感というと、クチクラ層には蝋分も含まれるので、影響がまったく無いこともない気はするのですが……、未だ研究途中なので決定打的なことは言えないのですが、ただ、成虫サイズに影響を及ぼすファクターに限れば、樹種による差異は無いと言えるかと思います。スギ・オガでもブナ・オガでも結果に変化は無いと思います。パルプでも遜色ありませんでしたので。つまり、炭素源としての分母は量的に変わらないのであれば、質的にも同じという意味です。ただし、他の点、生分解的影響としてですが、樹種と腐朽菌とに何らかの相関性のようなものはあるんですよね。それは、キノコ栽培の実験検証でも出ている結果ですのでね。なので、腐朽菌による分解の結果の生成物、また、分解されずにそのまま培地に残留する木材固有由来の精油質、フェノール質などに樹種による何らかの特質的違いがあって、それらが影響を及ぼすようなことがあるのだとすると、オオクワガタの餌としても違いが出てくるのではないかと……、つまり、それらは腐朽菌が分解することで濃縮されますので。正に今、そのあたりを探っている最中です。また、パルプのダニの件でもそうなのですが、原材料、或いはその環境由来の微生物叢というのがあると思われるんです。カビであったり、酵母であったりの、その他の菌類もそこに含まれます。それらの分解によって、培地に含まれる栄養素の組成が変わってくるのではないかと考えています。それは、我々の腸内細菌叢にも似ています。人それぞれ、保有している腸内細菌の常在菌の種類、数に違いがあるのだそうで、それらによって人体に影響があり、健康状態も変わってくる、と。
Z: かなり深い専門的な話になってきましたね。
K: というか、本来、業界的にはこのあたりのことを深掘りされてなければいけなかったと思うんですが……、でも、わたしにとってはそれ故に今、素人研究として楽しませてもらっているところでもあります。
Z: ふむ、そうですよね。まだまだ研究の余地が残っているということですよね。そのあたりが、KYOGOKUさんの仰るオリジナル菌糸瓶開発にも繋がるというわけですね。
K: はい、そういうことになります。ただ、野外採集していて思う、また別の観点もあるんですよね。
Z: ほう、それはどういうものでしょう?
K: 幼虫に成長過程があるように、また当然、腐朽菌にも同様にそれがあるわけですが、これらは自然環境に同調して進みますよね。簡単に言えば、季節の気温変化にですが、例として、一般的にヒラタケは晩秋から初春に掛けて子実体を発生させる種なのです。ということは、それ以外の季節に対応した温度帯のとき、腐朽菌の状態は外からはまったく窺い知れません。しかし、しっかり生きているんですよね。その間、菌は材中でどのような状態なのか? ということです。つまり、腐朽材の中の栄養環境は腐朽菌の活性・分解状態により変化しており、一年を通じて一定ではない筈なんですよね。振れ幅がある筈なのです。わたしはこういう場合、「腐朽深度」という表現をしているのですが、その浅い・深い状態というのがあると。ということは、そこに住む幼虫もまた、その餌環境の腐朽深度に適応して成長していると思うのです。要するに、幼虫はその生まれから生育中の腐朽菌材に完全に依存していますので、必然的にその環境にシンクロせざるを得ないんです。これは人工菌糸瓶飼育に於ける常温管理と定温管理の違いにも表れると思うのですが、幼虫を大きく育てるための温度帯があるのだとするならば、それはむしろ、腐朽菌の方にフォーカスを絞り込まないといけないのではないか、と考えています。なので、もう最近はワイルド幼虫を採集するためというよりは、むしろ、天然腐朽材の中の菌の活性状態を観察するための採集だったりしますね。
Z: おお、またしても核心的ネタになってきましたね。
K: いやあ、それはどうかわからないですが、そういうことをいつも考えながら、次の実験検証ネタを考えてますね。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?