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業界事情通Z氏との対談 - 2(菌糸瓶とその添加剤について)

* 対談 - 1より続く

業界事情通Z氏(以下、Z): KYOGOKUさんはアマチュアとしては珍しくオリジナル菌糸瓶の研究開発にも力を入れられていますが、そちらの方は今、どんな感じですか?
KYOGOKU(以下、K): はい、飼育と常に同時進行なのですが、自然下でオオクワガタが入っていた天然ヒラタケ材から種菌を採集しての拡大培養は見事に失敗しました。わたし自身、期待は大きかったのですが、完敗でしたね。これまでに数回チャレンジしていますが、毎回、非常に難関です。天然の腐朽菌の拡大培養は。
Z: 具体的には何が難しいんですか? ……言える範囲で構いませんが。
K: すべての点に於いて難しい、というのがわたしの偽らざる実感です。温度と湿度管理、培地、植菌用材との相性、水分調整……などなど、ですね。あと、直近の試験ではオガ培地ではなく、原木植菌に拘ってしまったので、更に難しくなってしまいました。
Z: ほう。がしかし、一般販売されている菌糸瓶も同じことではないんですか?
K: いいえ、違います。市販されている菌糸瓶で天然の腐朽菌から直に拡大培養した菌床や菌糸瓶というのは存在しないと思います。それらの種菌は種菌株として登録された販売用の人工改良品種で、一株、一株、固有の登録番号が付与されています。例えば、ヒラタケ系菌糸瓶の大多数なんかは、そもそもは可食栽培用を目的に品種改良された株なんです。スーパーで売られているヒラタケ子実体の大元と同じわけです。
Z: そうなんですか。その違い(注:天然と品種改良の)ってあるんですかね?
K: 早い話が、それらの種菌から培養した品種はオオクワガタで謂うところの「ブリード種」であって、「ワイルド」ではないわけです。つまり、より人工栽培がし易いようにであったり……、ええと、温度・湿度管理が容易であったり、収穫量拡大であったりとかを容易に、人為的に品種改良がなされた株ということになります。だから、オオクワガタと同様に腐朽菌についてもわたしはワイルドものの培養にチャレンジしてみたかったのです。
Z: なるほど。ということは、スーパーで売られている食用ヒラタケもクワガタ用菌糸瓶のヒラタケも、種菌は同じ、と?
K: はい、実際、菌床を製造している工場が同一であったりもしますし、基本的にはそのような理解で差し支えないと思いますが、ただし、実際に個別にはどの登録菌株を種菌に使用しているのかは製造・販売業者によって公表されていませんので、一般消費者である我々、購入者には不明で知る由もありません。製造・販売業者にそのような表示義務もありませんし。ちょっと複雑なのですが、同じヒラタケ種でもそれぞれ品種が在るんです。つまり、その菌の株が異なれば、別品種になるということです。疫病であるインフルエンザもA型、B型、香港型とか、元々は同じインフルエンザでも時系列的に変異して別株化するのと同じわけです。菌というのはそういう生き物なんです。また、品種としての和名と商品名としての和名はまた違いますので要注意です。ややこしいです。
Z: ふむふむ。
K: 一番の違いは、生命力ですかね。
Z: ほう、……と言いますと?
K: 単純に、生命力が強いです、品種改良株は。活性が良い、と言いますか。ワイルドものではそうは行きません。繊細なんですよ、天然物は。だから、条件が合わないとすぐに死滅します。これは、ヒラタケだけでなく、ナメコ菌の試験でもそうでした。
Z: ということは、それは、それを食べて育つオオクワガタにも影響が及ぶんでしょうかね?
K: うーん……そこのところ、ですよね。それは未だわたしは突き止められていません。そこのところもしっかり確かめたいですし、いろんな観点から、オオクワガタの餌材としての菌糸瓶の開発については考察の余地がまだまだあると思っています。だいたい、可食栽培用にせよ、オオクワガタ餌材用にせよ、菌床・菌糸瓶には何かしらの人工添加物が培地に含有もされていますし、天然材のその内容成分……栄養素群とは組成がかなり違うものになっているのではないかと思います。微生物叢についてもですが。
Z: その、菌糸瓶の添加剤についてです。正に、そこが多くのオオクワガタ・ブリーダーの知りたい核心だと思いますが、実際、大きくなる添加剤ってあるんですか?
K: うーん……、正直、それもわたしには未だ解りません。というか、例えば、クワガタ専門店で販売されているような添加剤……グルタミン、トレハロースやキトサンであったりですが、そのようなものを菌床培地に添加したところで効果は無いと思いますね。何故なら、例え培地と共に摂取してもオオクワガタには直に分解消化吸収できないからです。従って、それらが幼虫の消化器官に入ったとしてもそれらはそのまま糞として排出され、培地の余剰な窒素源となり、劣化を進める元になると思われます。つまり、腐朽菌がそれを分解しなければ腐敗の元となるだけです。要するに、オオクワガタに直に投与して効果のある添加剤……、それは我々、人の場合で言えば「サプリメント」ですけれども、そのような物は事実上、未だ存在していないわけです、現状としてはね。未開発です。ですが、消費者からの一定の訴求というか、販売需要があるので専門店ではそれっぽくボカした説明をして販売されているのだと思います。敢えてグレー・ゾーンにしておいた方が何かと都合が良いということなのだと思います。効能と商売はまったく別の話でしょうしね。これもまた、我々、人にとっての一般市販薬の場合と似ています。本当に効く薬は医師の処方箋がないと売ってはいけないと薬事法で定められているのですから。しかし、実際は効かない薬を市販薬として売ってはいけないともされてもいないのです。不思議な話です。
Z: では、何故、市販の菌床や菌糸瓶には添加剤なるものが入っているんでしょうね?
K: オオクワガタに効く添加剤は無くても、腐朽菌に効く添加剤なら在るからです。
Z: ほほう。
K: この技術は、正に日本らしくてですね、長年に渡るキノコ栽培の試験研究によって得られた成果なんですよね。この手の技術革新については世界でも有数なんですよね、我が国は。で、基質としての炭素に漉き込むかたちでタンパク質の添加がキノコ栽培に於いて子実体の大型化や早期育成、収量拡大に有効と判明していて、これまでに様々なものが使用されているのですが、ここでは、コスト・パーフォーマンスとの兼ね合いが最重要になるわけです。この場合の課題は子実体の食用販売目的での人工栽培に有用かどうかなので。より高効果、且つ安価なバランスに優れた原材料でないと余剰分は販売価格に転嫁しないといけなくなってしまいますからね。また別の「テンカ」ですね。なので、現在使用されている添加物の原材料としては、豆腐や豆乳製造過程で排出される大豆のオカラがその主流だと思います。元々は産業廃棄物なので仕入れ価格が安定していて安価なのと、ダントツの高栄養価だからです。あと、コーン・コブとかでしょうか。けれども、処変わって、試験研究などを主とするラボなんかではまったく別の人工的な生成品が定番化使用されているので有名です。これは、一般にも入手可能な、正に人間用の「サプリ」なんです。
Z: そんな物があるんですか。
K: 実は、これは研究者の間では超定番品なのですよ。ただし、これもあくまで腐朽菌の初期生育促進に効くということだけで、クワガタに直に効くという話は聞きませんが。
Z: ふむふむ。しかし、ベテランのオオクワガタ・ブリーダー諸氏の間では特定の高添加菌糸が「食える・食えない」の個体が居たり、「餌慣れする・しない」であったり、そういうことがよく云々されていますよね? また、こういった一部の狭い世界を共有する人たちだけに通じるスラング的な形容をすることで、自身がその道に通じた者の一人であるかのように他者に認識されることも暗に目的とした言動に思えるのですが……。
K: うーん……、彼らの謂わんとするところがちょっと非科学的で主観的に過ぎるので、どうともわたしには言い兼ねるのですが、それがですね、タンパク質……、まあ、その原材料がオカラだと仮定して、培地にオカラの含有量が多いと食いが悪い幼虫が居る、とかいう話なのだとすると、それはもう、話にならないというか、どうでもいいレベルの話なんですよね、悪いですが、わたしにとっては。そういう高分子体添加物は腐朽菌が分解吸収できてこそナンボな物なので。要は、具体的に幼虫の「餌」としての何を指して論じようとしているのか、ということなんですね。それは、炭素としてのオガ材なのか、添加されているタンパク質なのか、はたまた、腐朽菌の分解した何らかの栄養素である窒素源なのか、一体、何を指しての言及なのかということなんです。それらの内の何が食えて、何が食えないと言いたいのか、そこのところがわたしにはまったく読み取れないのですよ。
Z: なるほど。では、「餌慣れ」の方はどうですか? 「菌糸慣れ」とも表現されるみたいですが。
K: それもですね、その擬人化した慣用句っぽい形容もあまりにも抽象的に過ぎますし、飼育者それぞれの非常に主観に基づいた見方でしかないように思われるんですよね。その、餌に慣れているか、慣れていないのかは、一体、何を基準に判断されているのでしょう? 何か、明確な判断基準はありますか? 誰が見ても、そうと判定可能な見た目の基準というもの、ありますか? それは幼虫が教えてくれるのでしょうか?
Z: そう言われれば、まったくそのとおりですよね。
K: でしょう? 「菌糸慣れ」というのもですね、表現としてはおかしな話でして、そもそもオオクワガタは自然下に於いては産卵から成虫に羽化するまでの成長段階で白色腐朽菌とは切っても切れない密接な共生関係にあるわけです。これはコクワガタのようなヴァーサタイルな食性環境を得た近縁種とは違って、かなり偏執的と言っていい環境依存性を持っているんですよね。なので、菌に慣れるも慣れないも、白色腐朽菌無くしては種の存続・繁栄は成り立たない種なんですよね。逆に腐朽深度の進んだ人工マットなどのpHもC/N比も腐葉土に近い物の方が本来の餌環境としては慣れていないのです、オオクワガタは。
Z: 或る業者が、小麦粉を漉き込んで仕上げた自社製マットを「無添加」と豪語して販売しているんですが……。
K: それ、何かの冗談ですか?
Z: ですよね。その小麦粉そのものが添加剤じゃねえのか? って……。

(続く)

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