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共同親権導入のリスクについて

 現在の日本で共同親権制度を導入した場合のリスクについて、実務の観点から法制化が何をもたらすのか考えたい。

 一定の信頼関係があり離婚後もコミュニケーションをとることの可能な父母間では共同法制は必要なく、現行でも共同養育が実現できている。共同親権制度の導入は、このような任意の共同養育が不可能な父母間で、共同の強制をもたらす効果をもつものである。
 協議離婚の場合には、本来共同できないケースにおいて力関係により共同が強要されるうるし、調停・裁判離婚の場合においては、共同が合意できない紛争事案で裁判における法規範の作用として共同が強制される結果になる(共同先進国のオーストラリアでは、父母間で共同について合意できない紛争事案ほど、実際には裁判所は単独親権を命じることを回避し共同を命じる傾向があるとされる)。

 世界的にも裁判事案の半数以上はDV虐待が主張される、つまり共同できないケースにもかかわらず、実際には共同が命じられることから、密室で起こるDV虐待を認定することが非常に困難であり、DV虐待等の共同不適事案をスクリーニングにより排除することは不可能であることを、諸外国の各種調査は示している。
 「諸外国は共同親権」と言われることがあるが、「共同親権」の意味内容・程度も様々であり一様ではない。確実に言えることは、共同法制を導入した国々において子どもや同居親への危害を含め重大な弊害が起こる現実の中で、苦しみながらその改変の途にある事実である。諸外国における共同の法制化で何が起こったのかについて、我々はまず学ぶべきであろう。
 アメリカにおいては、2008年以降約800人の子どもが別居親から殺害されたとの立法事実が示され、2022年子どもを家庭内暴力から守る法(連邦法)が成立した。この連邦法の成立を受け、各州も有害な共同から子ども実効的に守るため州法の成立を急いでいる。
 オーストラリアにおいては、共同の推進により、実際には紛争事案が増加・激化して裁判所がパンク状態となり機能不全に陥った。子どもの殺人事件も多発し、2023年家族法改正によって共同養育の推進から撤退したとされている。
 イギリスにおいても、同様に複数の殺人事件や弊害が問題となり、司法省の発表した報告書において、専門家委員会は「両親の関与が子の福祉に資する」との児童法上の推定規定の削除を勧告した。

 現在の日本において、共同親権の導入を主張する人たちの声は大きく、反対に導入を恐怖する声は小さく聞こえない。前者は激しい街宣活動を繰り広げ、ネット上で同居親を誹謗中傷し、同居親側の弁護士への激烈な業務妨害も存在する。「子どもと会えない」との主張は同情を誘うかもしれないが、我々実務を知る者からすれば、家庭裁判所の面会交流手続により、特に問題のないケースでは会えるのが一般的なので首をかしげざるをえない。一方、恐怖で声があげられず貧困の中、育児に追われ、まったく余裕のない同居親の声は小さく、両者の非対称性は顕著だ。 

 現在の法制審の議論は共同親権ありきで進められているが、そもそも、共同親権導入の立法事実が示されていない。
 R3法務省委託調査「未成年時に親の別居・離婚を経験した子に対する調査」によれば、別居直後の別居親との関係は、「良くない10.4%」「悪い5.5%」「非常に悪い16.2%」で合計32.1%の子はネガティブな評価をしている。また、別居直後、別居親とどのくらいの頻度で会いたいと思ったかについて、「気が向いた時17.9%」「あまり会いたくなかった12.1%」「全く会いたくない20.1%」となっており、会いたいと思わなかった理由について、「親子としての関係がほとんどなかった22.7%」「同居親にひどいことをした21.4%」「自分にひどいことをした18.9%」「(自分に)関心・配慮がなかった18%」との回答で、実際には複雑な親子関係があることが見てとれる。 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00199.html

 また、未成年期に父母の離婚を経験した子どもの養育に関する全国実態調査とその分析(第9回法制審提出資料)では、半数の子にとって、別居離婚はほっとする体験とされた。また、全体的に、(別居親との)交流あり群の方が成長後の適応が悪く、交流の影響として「父母の対立の板挟み」を上げるのは約3割にのぼった。面会交流によって、気持ちの落ち込みなどのネガティブな影響があった子ども20%前後認められている。
https://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900001_00099.html

 法制審議会の中間試案へのパブリックコメントにおいて、実務の現場を知る最高裁判所や日本弁護士連合会の意見は、共同親権制度の導入に慎重姿勢であった。しかしながら、現在法制審議会の議論は学者主導で共同親権導入に向け推し進められている。そこでは、共同先進諸外国の苦難の実態を踏まえた実証的考察は一切なされていない。

 実務の現場にいる者の意見が軽んじられ、このままでは実際の犠牲者が複数出た段で制度改変を検討する先進諸外国と同様の途を辿ることなるが、DV虐待保護法制や社会的システムが格段に劣る日本での犠牲は、先進諸外国とはくらべものとならないくらい激烈なものとなる可能性が高い。
(紺碧の空)


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