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決勝No3. コインと肩車


微笑みの国タイ
このフレーズを耳にしたことがある人も少なくないと思う。
これはタイの教育方針から観光庁が作り出したものらしい。
実際に自身でもそのフレーズに頷ける経験をたくさんさせてもらった。
それは人であり建造物であり自然であり、あらゆるものから微笑みを作ってもらったと思う。
その裏側というか生活への距離の近さを考えれば側面もしくは一部と言うべきか。
発展途上国といわれる場所には物乞いというものがはっきりと色濃く存在している。
一つのビジネスとして確立されていると言っても言い過ぎではないように思う。
その国の歴史や政治的経済状況などあらゆる理由が絡み合っているのだろう。
何も行動しないのにここで声高らかにそれを批判するつもりもない。ただ、そういう現実があるのだと記したいだけである。

隣国から誘拐されて連れてこられ物乞いストリートチルドレンとして働かされる男の子。
母親一人で道端にいるよりも慈悲を手に入れる可能性を上げるために、見える体の一部を切除され抱っこされている女の子。
もしくは、他人に貸しに出されるレンタルチルドレンと呼ばれている子供達。
これは確かに存在する強烈な現実である。
仕事の都合でタイに行き始めそれほど見識がない頃に1人の男の子が使い古した小さなプラスチックカップを手に寄ってきたのでポケットにあった数枚のコインを入れた。
いや、本心は入れてあげただろう。優越感はあったと思う。
帯同していた現地人に言われた。
「かわいそうだと思いましたか?そう思うなら誰一人としてあの子達にお金をあげないのが1番の救いですよ」と。
今はその意味があの時より理解できていると思う。
そんなタイで経験したお話しをもう少しだけ。

私が拠点としていたのはパタヤというバンコクと共に観光地としても人気の土地である。
少し歩けばビーチもある。
私が常宿にしていたメインロードから2本ほど入った一泊4000円の安ホテルには一階にテラスがありその一角でホットドッグを売っていた。
朝のコーヒーを飲んでいる時に決まってそれを買いにくる一人の男がいた。
毎朝顔を合わせて挨拶をしているうちにいつしか彼は買ったホットドッグを私のテーブルで食べてから帰るようになった。
ブラックミュージックに憧れを抱いて育った
私には羨ましすぎるほどの褐色の肌をもつ彼の名はジェフ
歳は私より一回り上で体の大きさはというと二回りくらい大きかった。
聞くと彼はアメリカのアーミーであり戦地へ行きまとまったお金を稼いでタイへ遊びに訪れ懐が寂しくなってきたらまた戦地へ赴き、、、
といった人生を送っているのだとか。
ジェフは「人から見たら夢の無い薄っぺらい人生にうつるだろうね」と自嘲気味に教えてくれた。

彼は私にとって映画や漫画から飛び出してきたような男だった。

ある夜、ジェフとパタヤにある観光客がナイトライフを楽しむために造られた両サイドをスポーツバーやライブハウス ナイトクラブなどに挟まれた一本道のウォーキングストリートというスポットを歩いていた。
今夜はどこで過ごそうかと店を選びながら歩いていた私の頭上からホップの効いた液体が降ってきた。見上げると2階テラス席で見るからに良い感じに出来上がっているであろう五人組がヘラヘラと笑いながらこちらを見下げていた。
リーグ優勝(パ)レベルのビールかけである。
独り身で見知らぬ土地で生活していくためにはトラブルは御法度と信条にしていた私は特にイラつくことも無く「面倒な連中に巻き込まれたな」と思っていた。
次の瞬間、軽くポンと私の肩を叩き「ここで待ってろ」と一言呟き2階への階段を上がっていくジェフ。
今思えば、文字通り命のやり取りをする戦場を経験している彼はストリートで起きるトラブルに対する恐怖や思考のネジが何本か吹っ飛んでいたのかもしれない。
木製のイスやテーブルが発泡スチロールのように砕けていくダイナミックな
ジェフザブートキャンプ
を私はボーっと眺めていた。
僕の脳内で
ジェフVSアントニオ猪木 
時間無制限一本勝負をしたとしよう。
猪木渾身の絞り上げたコブラツイストをかけられてもニヤリと笑い一本指をメトロノームのように振り「チッチッチッ」と舌を鳴らすだろうと思うほどにジェフは強い。

ある別の夜、浴びるほど酒を飲みおぼつかない足取りでビーチ沿いを歩いてホテルへ戻っていると沖で花火が上がり始めた。
私とジェフ、もちろん周りにたくさんいる私達同様足元のおぼつかない人々も一様に動きを止め皆同じ方を見つめていた。
そんな我々のそばに私と歳のそんなに変わらない片腕のない青年がプラスチックカップを力無く持ち腰をおろしていた。
気づいた私が感傷的になっているとジェフがその青年を肩車でかつぎあげた。
10分ほどで花火は終わったと思う。
耳鳴りだけを少し残して止まっていた時間が動きだしたように人々が歩き始めた。
ジェフはもともと腰をおろしていた場所へそっと青年をおろした。微笑みの国を象徴するかのような笑顔で青年はジェフと握手をかわした。

残りの帰路を歩きホテルの下へ着き「じゃあまた明日」といつも通り別れようとしたのだが節操のない私は「どうしてあんなことをしたんだい?」と尋ねてしまった。
ジェフは
「たぶんあいつはいつも俺達より低い景色ばかり見て生きてるだろう。なんだかあの瞬間だけは誰よりも高いとこからあの花火を見てもらいたくなった。まったく余計なことしたよな。」
と自分の素性を教えてくれた時のように自嘲気味にいった。

私が少年に渡した数枚のコインもジェフの肩車も恐らくどちらもエゴだ。
しかし私のコインのエゴはきっと誰の目にも心にも強く残りはしていないし誰かの人生のハイライトになんて当然入らない。

でもジェフとその肩に乗った青年の背中越しに見たあの花火は私の頭にしっかりと焼き付き
そしていつまでも終わることはないのだ。

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