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屋敷稲荷

 会社員のSさんの家の向かい(道路を挟んで北側)には、空き家がある。
広い庭と屋上付きの立派な物件だが、現在は中々買い手がつかない。
この家にはよくない噂があって、夜中、無人の家の中を何かが動き回っているのを見た人が何人もいるという。
昭和末期の頃、T氏という会社経営者が父の死を境に家と土地を受け継ぎ、その時に現在の形に建て替えた。
ただその際にトラブルがあったらしい。もともと敷地の隅には屋敷稲荷と思しき社があったがT氏はこれを無理矢理に撤去した。
初めは解体業者にやらせようとしたが、社は御魂抜きもされていないと分かると業者が難色を示した。そのため神事などで余計な金がかかるのを嫌がったT氏は自分で解体することにした。
バールやらの解体器具が用意され、恰幅の良いT氏が社の屋根や壁をめきめきと剥がすのをSさんは眉を顰めて眺めていたという。
社があった辺りは立派なガレージに変わり、高級車が収まっていた。
ただそれからおかしな事が起こるようになる。
夕飯の支度をしていたSさんの妻が最初に気が付いた。
台所の窓からT氏の邸宅が見えるのだが、ガレージに停めてある車の運転席にT氏が座り、発車するでもなく何時間もぼーっと無表情で前を見ているのだという。
ある時は悄然として一日中庭をふらふらと行ったり来たりしていることもあった。
経営者として精力的に働き、日々忙しそうだった彼が建て替え後はそんな奇行ばかりが目につくようになった。
Sさん達は、体でも壊したのではないかと噂していたが、そうこうするうちに今度はT氏の嫁と子供が家を出ていった。
T氏は異様に痩せていき、とうとうある日、浴室で亡くなっているのが発見された。
その後、邸宅は売りに出される。
瑕疵はあるものの、当時は景気が良かったことも手伝って初めは入居する者もいた。
だが長くても一年と経たずに皆出て行く。
越していく入居者の一人から聞いたのは、変なことが頻繁に起こるという話だった。
寝静まった真夜中に天井裏をばたばたばたっ、と大きな何かが走り抜けていくような騒音がする。小動物が入り込んだのではないかと思い、調べてみるが何も出てこない。
それでなくても家にいる時は何か落ち着かない、そんなことを言っていた。
今でもSさんの妻は、誰もいない邸宅の方から視線を感じることがあるという。

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