ダムの底にあったもの
主婦のTさんは大学生の時に不可解な体験をしたという。夏休みに仲のいい友人達で中古車に乗り合わせ旅行に出掛けた。
目的地は特にないが西日本をぶらっと周るつもりでいたという。夕方、ある山中を走っていると視界が急に開けた。
ダム湖だった。
ただ雨不足の影響か干上がって湖底が露出している。Tさん達は珍しい光景に目を瞠った。かつてここに存在したであろう村の痕跡が見て取れる。橋や崩れかけた石造りの建物の遺構が西日に照らされ独特の雰囲気を醸し出していた。
「あれ何?」
運転していたK君がふと村の一角を指差した。
見ると小さな石碑らしいものが十基ほど並んで建っている。
しかし遠くてよく分からない。
車はそのままダムを離れ、旅館へ着いた。夕飯を食べている時、先程のダムの話になった。夜は暇なので、これからあのダムを探索してみようという話になった。
Tさんは何か事故が起きたらまずいから止めようと言ったがK君達は行くという。仕方なく皆で再び山中へと向かった。路肩の駐車スペースらしき場所に車を停める。
昼ならダム湖を見下ろせるロケーションだが今は闇に沈んでいた。K君を先頭にしてガードレールを乗り越えて湖底に降りようとした時、Tさんは足が止まった。変な胸騒ぎがする。Tさんは車に残る事にした。
K君を含めた他の三人は懐中電灯の光を頼りに談笑しながら村へ降りて行く。
Tさんは車内から彼らが湖底を巡って行くのをぼんやり眺めていた。時折K君が持参したカメラのフラッシュがたかれる。村の遺構を撮影しているのだろう。やがて昼間見た石碑の所まで来た。
するとTさんはあれっ、と思った。石碑に向けフラッシュが光った時、人影が見えた。それも複数だ。フラッシュが明滅する度に白っぽい服を着た人々が見える。自分達以外にも人が来ているのだろうか。
やがてK君達が車に戻って来たので聞いた。
「他にも人がいたんだね?」
K君達はきょとんとした表情になった。
「誰もいなかったよ?」
Tさんは首を捻った。だがよく考えればおかしい。あの真っ暗闇で明かり一つ持たないで人がいるだろうか。結局、見間違いだろうという事になり車は発進した。
しかしTさんはバックミラーを見て凍り付いた。先程停車していた辺りに白い着物を着た人々が立ち、こちらを睨んでいたのだ。
この旅の直後、K君は大学を辞めて消息が分からなくなったという。
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