薪とわが家の話
2020年7月30日
わが生家の東北では、冷害をもたらす「やませ」という言葉がある。はるか遠くに見える山の雪が解け、残雪がウサギの形になるころには、春の農作業がビークをむかえる。田植えも終わり、早苗が順調に育つ。そして梅雨に入る。日照時間が少なくなり稲の成長も鈍化する。ここに「やませ」という冷たい風が続くとさらに成長は鈍ってしまうのである。
この「やませ」が現在生活している東京にも時々やってくる。北方の冷たい海風が太平洋側から吹き込んでくるのだ。実家がまだ藁茸き屋根のころは「いろり」に火を焚いて、梅雨の農作業で冷えた体を暖めていた。そのいろりの暖気はとても心地よいものだった。それを再現して楽しんでいるのが、梅雨冷えの日に薪ストープで火を焚くことだ。
クーラーを取り付けていない我が家では、蒸し暑い梅雨が続くと室内の温度も湿度も高くなり、洗濯物も乾かない。「やませ」が来た時がチャンス。薪ストープの出番だ。外に積み重ねて置いてある湿った薪を燃え上がらせるには、焚き付けの材料に配慮をしている。最初に冬に拾い集めて置いた杉の葉を入れる。その脇に湿っている薪を抱かせる。杉の葉の上には小さな木端を乗せてさらに、細割をしておいに薪をクロスに重ねる。そして着火をするのだ。杉の菜が勢いよく燃え上がる火力で、細薪まで火が回っていく。そこからは細い薪を加えながら、ゆっくりと薪ストープの温度を上げてゆく。そうしているうちに湿っていた薪も勢いよく燃え始める。一時間もすると部屋中があの心地よい力ラッとした空気感に包まれるのである。洗濯物もカラッカラに乾ききるのだ。この手間暇のかかる楽しみ方は、子どものころの実体験までも再現できる喜ぴも含まれているからだろう。
我が家での室内湿気について語っておこう。家は築五十年前ほどの平屋の貸家を借りたのである。その時は「お化け屋敷」でも始めるのかと言われたりもした。建物本体以外は、ふすまも畳も業者に廃棄処分を依頼した。それから仕事が休みの日に一人でリフォームに二年かけた。過去の体感記憶からひらめくものがあった。真夏の農作業は早い時刻に始め、昼はゆっくり昼寝をするのである。寝床として選ぶのが板の問なのだ。火照った体の熟をヒンャリと板の間が吸い取ってくれるのである。又、長靴で遊びまわった足を、板の間へ乗せると、靴下の湿気が板に吸い取られている感が確実に記憶にあったのである。
NHK番組の実験で、一坪のピニールハウスの中に大人一人と、もう一つのビニールハウスには大人一人と杉丸太を入れ、結露を比較するものがあった。結果は杉丸太を入れた方は丸太が体から出る渥気を吸収し結露がなかった。杉丸太の無い方は結露がぴっしり付着していたのである。ムクの木材は涅気を吸排出しているのである。これらの事をイメージしてリフォームを始めたのである。家の壁や部屋の仕切りは、土壁で仕切られていた。この土壁を崩さずに杉板で両面から挟み込んだのである。土壁もそうとうな湿度の調整と保温をしてくれるのは間違いないからである。畳をはがした床には、湿気を吸収してくれる炭や多孔岩を敷き詰めそのうえに、厚めでムクの杉板を張ったのである。
この杉板の上にせんべい布団を一枚敷いて眠るのが、私の真夏の楽しみなのである。昔の日本家屋は、暑さと寒さはなんとかしのげるが、梅雨時の湿気をどうするのかを考えられていたような気がする。玄関を開けると土間があり、次に板の間があり、その奥に窓や出口がある。両側を開くと風が家の中を吹き抜けてゆく仕粗みが考えられていたようである。我が家でも空気の流れを考えた手作り掘りゴタツを楽しんでいる。掘りゴタツの側面を網と引板で作り、夏は引板を抜いて換気扇を回して出かけるのである。温度の低い空気は森から草地を渡り掘りゴタツに吸い込まれるのである。この空気感も心身にとても心地よいものである。
今日2020年7月30日午前9時30分に薪ストープに火を入れ、掘りゴタツの引板を閉じたのである。
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