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メディア・フレンドリー・ロックンロール

1950年代初期、黒人リズム&ブルースは全米ラジオ等の電波では扱われ難かった一方、ティーンエイジャーを中心としたアンダーグラウンドでの支持はどんどん高まっていた。その絶好の商機を逃さぬため、どうにかして「白人が歌う」という既成事実をひねり出したい大人の事情に名実ともに最も適任だったのがエルヴィスプレスリーだった。

彼が白人でありながらオリジナルの黒人リズム&ブルースの持つエネルギーやパワーを損ねる事なく大量消費時代の幕開けに相応しいカラフルでスピーディな質感の商業音楽としてのニュージャンル、ロックンロール・・へと進化・アップデイトさせたからこそ、今日のロックの姿があり彼も歴史に名を残したわけだが、南部のヒルビリー・・という彼の出自は世界恐慌や大戦を経験した50年代アメリカの親世代にとってあまり好ましいものではなく、黒人からの影響が大きいファッションや髪型にセクシーで不良っぽい雰囲気を纏った彼を子供達がヒーロー視し憧れる事を快く思わなかった。

そこで登場した、白人中流家庭のお茶の間でも当たり障りがなくもっとクリーンで健全な白人の若者のイメージのエンターテイナー、クルーナー版エルヴィスの役目を果たしたのがパットブーンだった。

敬虔なクリスチャンで大学に通いながら歌手活動をするブーンは戦後~冷戦期のまだキューバ危機やベトナム戦争を知らないイノセントなアメリカが夢見た未来、ドナルドフェイゲンのナイトフライのコンセプトとして扱われた世界観の理想の若者像であり、その時点で学生結婚をしていたことも「都市郊外の『グリーンフラワーストリート』に穏やかで幸せなホームスウィートホームを築く事」が既に担保された「ライフプラン勝ち組予備軍」の一つの理想モデルとしての役目を果たした。・・・ところで本記事では余談扱いになるが、現実にこれらアメリカ人達理想の郊外のホームタウンが迎えた結末は85年発表のブルーススプリングスティーンの『マイホームタウン』で歌われた通り。興味がある人は是非チェックを。

パットブーンに話を戻すと、彼の徹底的に漂白済みのロックやリズム&ブルースのカバーは、当時の音楽業界やメディアで大いに優遇され、ビートニクな大人達がベンチャースピリットで経営するクセの強いインディレーベルから出るオリジナルのレースレコード群を差し置き、実際の数字やチャートの結果や当時の名声・・・なんかを根こそぎ持って行った。

リトルリチャードの伝記映画では、そんな状況に不満を抱くリチャードをレーベルオーナーが煽り、パットに真似できないような勢いで歌わせアレンジを完成させる様がコミカルに描かれている。

こういう「リアルな黒人とイミテーションな白人」というシーンは5,60年代を舞台にした音楽映画ではよく見かける光景で確かドリームガールズでもこの手のシーンがあったように記憶する。

故にロックヒストリー的見地からはパットブーンの評価はあまり良くない。「リアルなRRを台無しにするインチキ野郎」・・というのが一般的なロックフリークのスタンスであり、実際彼の人気が本格的になるのは、当初の勢いの割には短期間で廃れてしまった50年代ロックンロールの後にやってきた60年代アメリカンポップスの時代になってからだ。

しかし個人的には彼の「漂白カバー」も巷のレッテルを鵜呑みにして、見過ごしてしまうには勿体ない出来で、例えば白人系ジャズボーカル的な見地からするとむしろこれはこれで素晴らしいロックンロールの一形態なのでは?という気がしてならない。

又それらカバーはスピード感や迫力は不足しているような部分は確かにあるものの、それはエルヴィスを除く白人RRに共通しておりエディコクランやバディホリー、ジーンヴィンセント辺りのレジェンド視されているホワイト50sロッカーも黒人のカバーはパットブーンと大差ないような部分があり、彼だけがやり玉に挙がるのはフェアではないと思うのだ。以下いくつか例を比較してみたい。

まず先にも登場したリトルリチャードのロングトールサリー。
まずオリジナル。発売当時はR&Bチャートでは1位だったものの総合チャートにはランクインせず。

次いでパットブーン。確かに別曲のようになってしまっているが、切り離して考えればノリの良い少し激しめのポップボーカルモノとしての出来は悪くないような気がする。ロックンロールとして攻撃性やヤバさやパンク感を求めなければこれはこれでアリのような気がする。チャートの結果は全米8位。

50年代フリークからはカリスマ視されるエディコクラン。自分の耳にはイマイチに聞こえるしロックンロールとして決定的に何かが不足しているという意味ではパットブーンと大差ないし、個人的には工夫のないギターのストロークが耳につく。

そしてエルヴィス。彼がキングである理由がそこにある・・と言わんばかりのバージョンだ。

次いでトゥッティフルッティ。まずオリジナル。全米21位。ブラック系としては大ヒットと言ってよいだろう。

パットブーン。そもそも原曲がロングトール~ほどハードでないので実はそこまで差がないように思える。Lリチャードは元々他のレーベルでもっとビッグバンドジャズ的な感じのレコードを既に出しておりまだそのマナーを引きずっているように聞こえる事も差を縮める要因だ。全米12位。

そしてエルヴィス。やはりカッコいい。ギターも良い。

続いてはグッドロッキントゥナイト。オリジナルはリズム&ブルースのロイブラウン(47年)で、やはり黒人のワイノニーハリス(48年)がカバー、インディー時代のエルヴィスが54年にカバー、それを受けてパットブーンが59年に全米ヒットさせた。

まずロイブラウン。40年代というのもあってリズム&ブルースというかジャズに近い。そこまで激しい感じはなくどちらかというと優雅にスウィング&バップ・・・と言う感じだ。ちなみに個人的にインディー時代のエルヴィスのボーカルスタイルは彼からの影響が顕著なように思える。

ワイノニーハリス。こちらもどちらかといえばジャズ的。ハードさやブルータルさは感じない。ゴージャスなエンターテイメント、という感じだ。

エルヴィス。まだトラックドライバーと兼業のセミプロ時代のもので彼の人生で2枚目の商業レコードだ。前出の全米デビュー後のような有無を言わさぬドスはきいてないものの「何か特別なもの」は感じる。ドラムレスを感じさせないしっかりした演奏でこの時エルヴィス19歳でバックバンドも20代前半のはず。やはりタダモノではなかったのだ。

でパットブーン。ワイノニーハリスをベースにしたと思われるが少なくとも2曲の黒人リズム&ブルースに引けを取るとは思わない・・・というか個人的にはこっちの方が良いような気がする。その意味で「パットブーンのカバーはオリジナルの黒人リズム&ブルースに劣る」という説はそう単純に成り立たないような気がする・・・というのが個人的な結論だ。全米49位。

白人ティーンアイドルのリッキーネルソン版。パットブーンと同じベクトルながら本人の意向でもう少しロックンロールに寄っているためロックヒストリー的な評価はそこまで低くないもののエディコクランやバディホリーなんかと比べると重要視されておらずこのバージョンもそれを反映するか如くいい所もあればそうでもないところもあり…な印象。少なくとも手放しで「最高」と言えるような出来ではない。

他にも沢山あるが今日はこの辺で。

ちなみに色々と研究が盛んな欧米では今日ここに書いたような事や「パットブーンはポップスのクルーナーというだけではない」コンセプトのコンピ盤はとっくに出ていたりする。さすがやね。


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