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【世界の料理】ANZACビスケットを焼いてみる

ちょっと最近防災ということを考えて、災害時にどんな食い物を容易できるかということを検討している。
昔公民館事業で飯盒教室をやったことがあるのだが、あれの延長で「いざという時に周りにある食材を食い物にできる技術」というものを普段から考えておくことは有意義なことだ。
例えばコメがなくて小麦粉しかない場合、白い粉の状態では全く食うことができないのだが、これをうどんやパンに作り変えることでヒーローになれるであろう。
そんなわけで、人類は小麦粉で何ができるかということを考えているのだが、保存食はどうだと思ったわけだ。
日持ちのする焼き菓子のようなものを焼いて備蓄しておけばいざという時に安心だし、それがうまいものであれば普段使いでローテーションできる。
それで、ANZACビスケットを作ってみた。

こいつはANZAC(オーストラリア・ニュージーランド軍団)が第一次世界大戦に参戦して初めて外征を経験した時に兵隊さんが持って行った戦闘糧食で、元々は公開されたレシピをもとに家でお母さんが焼いたやつを紅茶の缶に詰め込んで出征したということらしい。
初めて海外に出たANZAC軍団は最初に投入されたトルコのガリポリ半島上陸作戦でいきなりとんでもない損害を出して撤退、作戦が実施された4月25日はその後オーストラリアとニュージーランドではANZAC Dayとして追悼の日になったのだが、日本の8月15日みたいなもののようだ。
そのANZAC(アンザック)ビスケットはのちに焼き菓子のいちカテゴリーとして良く知られるようになり、市販もされるようになって現在に至っているのだが、これを作ることでいろんなことが追体験できたり英国式紅茶文化に浸ることができるので面白い。

作り方は至って簡単、オーブンがあれば誰でも作れる。
原理的には粉をシロップと油脂でで練って焼き固めるというもので、粉も主成分はオートミールなのが特徴だ。
今回は1926年版のレシピをもとに作ってみたが、とにかく簡単なのがありがたい。
まずオートミールと小麦粉と砂糖をボウルで混ぜる。
小麦粉は個人的には強力の方が焼成後の歯応えがでて好みで、砂糖も上白糖より茶色い粗糖の方がいい風味が出るようだ。
シロップは適当なシロップに水を足して沸かし、ベーキングソーダを加えて溶かしバターと合わせる。
これをボウルの粉に混ぜ合わせ、適当に成形して焼けばよい。
焼き上がりは少し柔らかいが、粗熱を取って冷やすとガチガチに締まって大変頑丈なビスケットに仕上がる。
ビスケット同士をぶつけるとカンカンという金属音のような頼もしい音が聞こえるくらいで、こういうビスケットは長期保存に向く。
今回はベーシックなものと、これにドライマンゴーとインカベリーとチョコチップを加えたものを作ってみた。
オーブンで15分ほど焼くとなかなかうまそうなものができあがった。

主成分は粉とシロップと油脂
よく混ぜる
チョコチップやドライフルーツも加えてみた
オーブンで15分焼く
どんどんできるANZACビスケット

さてビスケットというものは私のような木工屋にしてみれば別のものを想像してしまうのだが、本来「二度焼きしたもの」という意味らしく、元々はsea biscuitという長期保存を前提にした船員のための保存食のようだ。
これは昔の乾パン(今のサンリツの乾パンとはだいぶ違う)のようなもので、そのまま食うと全く歯が立たず歯の方が欠けてしまうくらい硬いものだが、そうでなければ劣悪な環境で知られる19世紀の航海には耐えられなかったに違いない。
私も大昔に日本の陸軍が食っていたという乾パンをかじったことがあるが、健康な歯をしていた子どもにとっても全く歯が立たず、バキッという音がして割れた時は乾パンが割れたのか歯が折れたのか一瞬わからなかったほどだ。
とてもではないがそのまま気軽に食えるような代物ではなく、まして歯科技術が未発達な19世紀の人がそのまま食えたとは思えない。
なんでも20世紀初頭のアメリカの労働者の平均的な歯の数はなんと4本という恐るべき記録が残っていて、そのためにAmerican meat chopperという挽肉製造機がシカゴの博覧会に出品されて大いに歓迎され、のちにハンバーガーが一世を風靡する土台になったというのだから、昔の人は硬いものがよほど食いにくかったであろうことが想像できる。

そんな硬いものをどうやって食っていたかということだが、イギリスの紅茶文化にはビスケットを紅茶に漬けるという食い方があって、この所作をダンク(dunk)というのだそうだ。
こうすることで岩のように硬いビスケットもなんとか歯が立つくらいになるようで、また紅茶の風味がビスケットに染みてうまいのだそうだ。
飲み物に焼き菓子を浸すという食い方はあっちでは割と珍しくなく、アメリカなんかでもドーナツをコーヒーに浸すことがあるようで、ダンキン・ドーナツのダンキン(Dunkin`)はそもそもこれを意味するようだ。
前述の死ぬほど硬い乾パン、帝国陸軍では重焼麺麭と呼んでいたが、こうやって食えば割と食いやすくなるに違いない。

そんなわけで出来上がったANZACビスケットを紅茶と一緒に昼飯にしてみた。
うむ、これはうまい、単なる戦闘糧食というだけでなく、普段使いで朝食や間食なんかに食ってもなかなかシアワセになれそうで、急な来客時に出しても十分お茶受けとして役に立つ。
今回はドライフルーツとチョコチップのものも作ってみたが、なるほどドライフルーツを入れると風味がよくて気に入った。
特に酸味が強いものを入れることで甘い生地が引き締まっていい感じになる。
またチョコチップの方は一緒にカカオニブも入れたが、これがガリガリとした食感とカカオの風味がよくて、これもいい。
次はナッツをたっぷり練り込んだものも作ってみよう。

ビスケットと紅茶という組み合わせはよくステレオタイプなイギリスの習慣として知られるが、これはなかなか手軽でいいもんだ。
映画なんかではイギリス人が仕事の合間にお茶を入れて、一斗缶みたいなブリキの缶に手を突っ込んではビスケットを取り出してかじっているシーンがあるが、なるほど仕事の息抜きにはちょうどいいな。
このビスケット、生地の時点ではボロボロとしてなんだか頼りなかったが焼成するとしっかりと焼き締まり、練り固めた穀物の歯応えがとてもいい。
たくさん作って2個ずつ真空パックしておけば普段使いや災害時に結構威力を発揮するに違いない。
ところでビスケットを紅茶に漬けるというのをやってみたが、うーむ私はどうも慣れないな。
やっぱりビスケットはガリガリした歯応えがないとなんか面白くない。
まあ異文化というものは自分で気に入ったものだけ自分に取り込んだらいいのだ。

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