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【旅行】仙台苫小牧ドンブラコ -5- 東北歴史博物館

なんだかすごい博物館が多賀城のそばにあるらしい。
いつも旅行の前には訪問地の空中写真を穴が開くように眺めているのだけれど、多賀城政庁より大きな建物が多賀城の南東にあって、しかも博物館が設置されることによってすぐ隣の東北本線に国府多賀城という駅まで新設されているではないか、これはただ事ではない博物館に違いないぞ。

ここで相当脱線することを白状するが、私は旅行の計画を立てるときにまずは何を見たいかということを考える。
そのために、その土地には何があるかということを調べるのだが、私の場合その情報の来源の九割がグーグルさんマップの空中写真だ。
昔地理学を大学でやっていたときは国土地理院の地形図ばかり眺めていたものだが、今は便利なものでネット環境さえあれば地球上大体の場所の航空写真が閲覧できる。
私が学生の頃は東京の国土地理院まで行かなければ自由に見れなかったものだが、なるほど夢の21世紀だ。
そうして対象地域を眺めていると、いろんなものが見えてくる
例えば近世の城下町と戦後の住宅地は今ではごちゃ混ぜになっているのだが、これは空中写真を見るとすぐに違いがわかる。
道の幅や屈曲を見ることで、自動車が普及する前にできた道路かどうかがわかり、街の地割や住宅の密集度を見れば古くからの町屋なのか第二次ベビーブームの頃に全国的に増えた新興住宅地なのかは一目瞭然だ。
地形図からもある程度は読めるのだが、空中写真の持つ情報の密度には到底敵わない。

そうして空中写真を読んでいると、ほほうと思うものに目が止まる。
道路は大抵不規則な屈曲を伴っているものだが、たまに美しい円弧を描いてカーブしているものがあり、これが途中で車道から未舗装の農道に変わりつつも、同じ雲型定規で描いたかのように続いているものがあったとしたら、結構な確率でそれは鉄道の跡だ。
また、市街地の中に嵌め込まれるように大きな施設があったり他とはパターンの異なる住宅地があったら、かつては学校や大きな工場、または陸軍の兵営であったことが推定できる。
なぜならば大きな開発プロジェクトを行うためには一定の規模の土地が一気に更地になる必要がある。
バブルの頃は地上げ屋が頑張ることで更地を作っていたのだが、とにかくまとまった土地を確保するのは大変難しいことから、大きな施設がなくなるとなるべくその土地の大きさのまま次の用途に転用するのが合理的だ。
それで、学校が移転するとか、工場が倒産するとか、終戦で陸軍が消滅するなどのイベントでにわかに空白の土地が生じ、行政もなるべくこれを活かすような都市計画を行うもので、それでこういう見通しができるのである。

愛知県豊橋市明海町付近
元は海軍豊橋飛行場だった人工島をベースに埋め立てが進んでいる


また、グーグルさんマップだと地名や古跡名勝なども表示されるので、時折XXX跡といった魅惑的な文字が目に飛び込んでくることがある。
もっとも現在では宅地化が進んだり地形の改変がすすんだりで全く跡形もなく、現地にそれを示す標柱でもあればいいほうなのだが、諦めてはいけない。
世の中には無償で人々に益をもたらしてくれるありがたい人というのがいて、すばらしいツールを世に放ってくれている。
「今昔マップ」と呼ばれるものがそうで、これは埼玉大学教育学部の先生が作り上げた地形図と空中写真を同時に2枚時系列で閲覧できるシステムだ。
昔の参謀本部の地図から現行の地形図まで、また空中写真なら地域によるが一番古いものなら昭和20年代にアメリカ軍が撮影したものから現在のものまで、右と左に並べて見ることができる。
これはすばらしく有用なツールで、大昔はいろんな時代の地形図を苦労して集めたものだが、今では指先一本でいろんな時代に遡ることができる。

もしグーグルさんマップでXXX跡という素敵な地点を見つけたとして、それが現在は完全に宅地化して痕跡がなかったとする。
その場所を今昔マップで開いて、片方を1960年代の空中写真にしてみよう。
例えばこういうふうにだ。

今昔マップより福井県坂井市舟寄付近

右が現行の空中写真で左が1960年代のもの、左にあって右にもあるものは今でも現存しているもの、左になくて右にあるものは新しくできたもの、左にあって右にないものは失われたものということになる。
さて右の画面上半分には大きな工場が見えているが、1960年代にはこれがなく田んぼが広がっている。
しかもこの当時の田圃は全国的に圃場整備が進む以前のものなので形状が不定形で随分細分化されていることがわかる。
前述の通り土地利用はその土地が用途を失うことで初めて変わるきっかけができるので、何かがなくなったらそのままの形で次の用途に使われることになる。
そうすると、左の写真中央に下を向いた「コ」の字型に見える地割りにも意味が見えてくる。
ここは実は中世武士の城館で、いわゆる掻き揚げの城というものがあった場所だ。
掻き揚げの城とは四方に堀を掘ってその土を内側に土塁として積み上げた簡単な防御施設で、ここにはかつて朝倉家家臣黒坂備中守の舟寄館というものがあった。
私の確信的推測では越前で浪人をしていた明智光秀が最初の仕官をするときに面接をしたのがここだということになっているのだけれど、こうして空中写真で実際の館のレイアウトがどうだったかが見えると、仕官の当日明智光秀がどこをどう歩いて館に入ったかもイメージできる。
日本城郭体系によれば舟寄館は北陸道が走る西向きに門があったと推定されていることから、西側のどこかから入ったのだろう、昭和30年代の水田の形は中世からほぼ変わっていないはずなので、水田の境目の畦道もおそらくそのままで、もしかすると館西側北寄りの太い畦道が館にアプローチする道で、ここを緊張しながら歩いたのかもしれないといったことが想像できるのである。

大きく脱線したが、私の旅行はこのように事前にいろんな年代の空中写真や地形図を読むことから始まり、言い換えればこの時点で旅行はすでにスタートしているといえる。
あとは現地に赴いて、空中写真からは読めないことを見聞し、事前にイメージしていたものがその通りであったかどうかを確認するという作業になる。
それでは東北歴史博物館を訪れてみよう。

東北歴史博物館

敷地もかなり大きなもので、車で大回りして駐車場に進入、エントランスを目指す。
なお北側すぐにはJR東北本線の国府多賀城駅があり、徒歩でのアクセスも大変良い。
この博物館のために追加した駅ではないかと思うが、観光立国とはこういうことだと思う。
大変大きな博物館な上に面白そうな特別展も開催されているのだが、旅行者の時間は限られているのがなんとも残念だ。
こういう時は、急いで全てを見て回っても単に「見てきました」くらいの印象になってしまうのでかえってもったいない。
見たいものを初めから絞って、例えばここでは古代から中世までしか見ない、見れなかった部分は次に来たときにとっておくというような見方がいい。
そういうわけで、ここでの滞在時間を45分と決め、ゆっくりと見たいものを見ることにする。
見たいものは古代と多賀城に関する展示だ。

もし近所に住んでいたら年間パスポートが欲しくなる
東北は割と縄文時代が後まで続いていたので、独特の文化があるのではないかと期待していた
祭祀用の土面
遮光式土偶
東北といったらなんといってもこれだ。青森県亀ヶ岡遺跡から出土したものが有名だが宮城県でも出ているようで、東北全般で見られるようだ。
中尊寺金色堂の柱
10年前に現地でも見たはずだが鞘堂の中が暗くてよくわからなかった
改めて明るいところで見るとものすごい工芸品であることがわかる
陶片に人間の顔が描かれたもの
人が顔をどのように認識してどうデフォルメするかは今も昔もそうは変わらないようだ

続いて多賀城の展示を見てみよう。
今回の旅行ではとにかく時間が推していて多賀城自体もそれほど時間を割けなかったのだが、これを補完するためにも博物館の展示はありがたい。
旅行者はとにかく時間がないのが残念だ。

多賀城とこれに隣接していた条坊制の市街地
第1期の頃は多賀城だけだったものが、次第に市街地が形成されていった様子がわかる
多賀城政庁の模型
解説に合わせて照明も変わり、演出が大変良かった
国分寺の模型
少し離れたところには国分寺も設けられていた
大和政権の地方支配は大体国司がいる政庁と国分寺がセットになっている
多賀城碑の複製
現地は覆屋があるためによく文字が見えなかったが、この複製品のおかげでよく見える。なるほど明治の学者がケチをつけた「筆跡が異なる」というのもわからんでもないな。
多賀城ではないが中世の展示にあった山城の模型
大変よくできたジオラマで、私にとって城とはこういうものだ
漆容器のパッキンに使った紙
紙は本来高温多湿な環境や虫食いに弱いので、残りにくい素材ではあるが、こうして漆容器のパッキンがわりに使ったものは漆がコーティングになってしっかり保存される。
紙は当時不要になったものや書き損じを使ったのだろうが、まさか逆に遙か後世までくっきり残されるとは、書いた人は想像していなかっただろう
木簡を削る官吏
当時は紙はまだ貴重品なので木簡が多く使われていたが、書き間違えたら削れば済む
また使い古しも削ればまた新しく書けるようになる

こうして滞在わずか45分ながら、ゆっくりと展示を楽しむことができた。
ほぼ大半の展示は見れていないのだが、それは次に来た時のためにとっておこう。
そう考えることで、駆け足でもゆっくりと楽しむことができる。
ここは改めて1日かけて見て回りたいもんだ。

ミュージアムショップで売っていた縄文の猪の複製品
かわいらしいのでわが家に連れて帰った


つづく

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