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【中国戦記】クーラー故障 2005/7/6 

現地の中国人と外国人の相違はなんであるか。
躊躇せずにゲンゴロウが食えるかどうか、ホクロ毛を自慢げに伸ばすかどうか、屋内でもタンを吐くかなどさまざまなのであるがその中でも「クーラーのない生活に耐えられるかどうか」というのはやはり大きな相違であると思うのである。
つらづら考えてみるに、我々等も学生のころまではクーラーにはあまり縁がなかったはずなのであるが、気がつけばクーラーなしの夏は考えられぬくらい軟弱になってしまったようで、生き物としてはむしろ退化しているのではないかと思うのである。
減量が順調に進行中とはいえ今だ体内に断熱材を多く保有する私は、寒さにはわりと強いのであるが暑いのはかなわん。
やはり寝るときも常温ではろくに寝付けないあたりも軟弱であるなと言わざるを得ない。

さて、居室のクーラーが故障した。
以前より冷房の効きが悪くなってきている傾向は感じていたのだが、急にその機能を喪失するのではなく徐々に温度が下がらなくなってきたので「まだいけるわい」と思いダマシダマシ使用に及んできたところ先日ついにその機能を完全に喪失するに至り、なんのことはない、空調とはいえ空気をかき回すだけの扇風機になってしまった。
去年も同様の故障により約10日間をクーラーなしで過ごす羽目になり実にヒデエ目に会ったのであり、以下当時の悲惨な情況を記す。

現在住んでいる台湾系企業の幹部用個室には窓がついているのだが、その内側にある巻上げ式のブラインド・スクリーンの巻き上げヒモがブチ切れてしまっていて常に下がりっぱなしなのであるため窓を開けようが閉めようがほとんど外気の往来がない。
かといって入り口のドアを開けて寝るわけにも行かないのであり、Etiquette上宜しくないのみならずイビキによって他者の安眠を妨害せしめ、以って国際社会に於いて孤立することはあってはならんことである。
では風呂場の換気扇を回すことで室内の空気を排出し、減圧することで部屋のあちこちの隙間から強制的に(蚊を含め)外気を取り入れることも検討したが、換気扇のダクトがあっても肝心の換気扇があるとは限らないのが大陸において留意すべき点のひとつなのであり、必死で換気扇を回そうとしたがどこにもスイッチが見当たらず、つまりは「換気扇がはじめから付いていない」という厳然たる事実に直面した時、私は途方に暮れたのである。
となると8畳間ほどのわが居室は完全密封に近い状態に置かれることとなり、室温は急激に上昇する。
クーラーなしでも外気さえ入ってくればなんとか寝られないことはないが完全密封となると話は別である。
湿度も80%はあり、掛け値なしに蒸し風呂状態となってまったく寝付けない。
結局モダえのた打ち回った末にクタびれて寝付くのが毎晩4時という状態で、スーダラ節の歌詞ではないが、これが体にいいわけはない。
さらに就寝中であっても容赦なく汗はかくのであり、これが耳に逆流することでとうとう中耳炎になってしまった。
昨年はこの情況が10日間続き、ついにクーラーが修理され快適な環境が再び実現したときは文明社会の恩恵を身をもって痛感するに到ったのであった。

さて、今年もクーラーが故障したのだが、憲法の前文にも書いてあるように過去の悲惨な経験は再び繰り返してはならないのであって、早速対策を講じる。
まずは扇風機である。
空気を攪拌するものがなければ話にならないのであって、すぐに98元で購入に及ぶ。
「道具ハスベカラク実用的デアルヘシ」という私の個人的な嗜好からすればここは鉄製の頑丈な工場用扇風機を使いたいところだがあれは電動機の音がうるさく、夜間隣の部屋に迷惑をかけてはまずいのでコンパクトではあるがなるべく強力な家庭用扇風機を購入するに到った。
それからアルコールである。
私は平生は一滴も酒を飲まないのでこのアルコールの用途は飲用ではない。
医療用アルコールを水で希釈したものを霧吹きに入れ、適宜皮膚に吹き付けて扇風機を併用することでアルコールが蒸発する際に生じる吸熱反応で清涼感を期待しようというわけだ。

500ml入りのアルコールを7.5元で買ってきて早速試す。
驚いたことに75%エタノールを水で半分にうすめると50度くらいまで発熱する。
そういえば高校の化学の授業で、濃硫酸を希釈して希硫酸にする場合は発熱を伴うため徐々に水を加えて希釈することが重要だと習った気がするが、アルコールもそうであったとは知らなかった。
早速試してみると、なるほどヒンヤリして実に心地よい。
扇風機を併用すると特に良好な効果が得られるようで、その際は撒布点を50㎝ほど風上に置き飛沫を風に乗せることでより広い撒布界が得られるのみならず、飛沫自体も風に乗っている間に若干蒸発することで十分に冷却されるため実に心地よい。
傍から見れば実にバカげた行為のようだが、実はその通りなのであるが、世界に向かってこれを公開するわけでもないので結果がよければそれで構わんのである。
後はクーラーの修理を待つばかりである。

【追記とあとがき】
広東省はとにかく暑い土地で、気温のみならず湿度もかなりあることから、倉庫など空気の流れのない空間に入るととたんに汗が滝のように流れてくる。
これならサウナはいらないなと思うほどで、服は毎日洗濯できるからいいが、外出のたびに汗びっしょりの背中で担いでいる背嚢などは次第に恐るべき悪臭を放つようになる。
地元の広東人があまり汗をかかないのは体質なのかもしれないが、とにかく頭からバケツで水をかぶったようになっている状態でタクシーに乗ると、タクシーの運転手があからさまにイヤな顔をしたのをよく覚えている。

月面にも人間を送れる時代であるから中国といえどもだいたいクーラーはあるのだが、これがしばしば壊れるのには閉口した。
暑がりの人間にとって冷房は生活の上で欠かすことのできないインフラのようなもので、ライフラインといってもよい冷房が使えなくなるということはただちに普段の生活が送れなくなることを意味する。
そうした折に考えるのが、「人類はクーラーのない時代どう生きていたか」ということだ。

毛沢東が長征で四川省の山の中を逃げ回っていたころはさぞかし暑かったことだろうと思う。
のちに知られる肖像写真ではパンダと区別がつかないくらい丸い毛沢東も長征のころはやせていたらしいが、それでも暑いものは暑かろう。
周口店の北京原人などは全身毛むくじゃらで、クーラーも風呂もないじめじめした洞窟に住んでいたのだが、毛皮を脱ぐわけにもいかず難儀していたに違いない。
それでも涼しく過ごすための知恵というものはあったはずだ。

紀元前の文書の中にも扇というものが出てくることから、風を送れば涼しいことは古くから知られていたであろう。
また冬季の氷を氷室に保存して夏季に涼を取るのに使うという習慣もあったようで、これは今日の新疆ウイグル自治区などでもみられる風習だ。
水の気化熱を利用して涼を得る方法も世界各地で存在していたようで、アラビアのベドウィン族などはスイカを薄くスライスすることで気化熱で10度ほど冷やして食べるということをやっているが、2022年現在この方法を応用した簡易クーラーがよく売れているようで、確かに8‐10度ほど室温より冷たい空気が出てくる。
この項で試みたアルコール噴射による気化熱利用型清涼法も原理としては同じだ。

初めは水でやっていたのだが、気化熱を利用するということは同時に室内の湿度が上がることでもあるので、あまり頻繁にやっているとかえって蒸し暑くなってしまう。
それで、吸熱作用がもっと顕著なアルコールでやってみたところ、大変心地よい結果が得られた。
希釈したアルコールを霧吹きに入れて扇風機に向かって吹き付けるとピヤピヤに冷えた空気となって帰ってくるのが大変気持ちよく、調子に乗ってやっていたら原液のアルコールが目に入ってのたうち回るということもあったが、クーラーがない事態では代替手段としてけっこう役に立った。

中国ではいろんなトラブルが日常的に起きるもので、日ごろから問題解決能力が求められる。
「日本ならこんなことは…」などと嘆くのはシロウトで、そんなことを言ったところで事態は前に一歩も進まない。
くだらない文句を言うより解決への努力をするほうがよほど幸せになれるというものだ。

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