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【中国戦記】「抜火缶」を試す 2005/6/13

普段は毛沢東に怒られそうなことばかり書いている私であるが、さりとて中国のよいものを認めるのにやぶさかではない 。
最近4千年から5千年に改訂された大陸の悠久の歴史の中で、中華民族の偉大な発明が人類の英知になったものも少なくなく、近代文明の礎となっているものも少なくない 。
その中でも「健康」に対する中華民族の果て無き追求は多方面に及び、「医食同源」といった言葉を持ち出すまでもなく生活のあらゆる面にこれが現れているのだが、これにはまことに頭が下がる思いがする。

「按摩」も中華文明の作り出した立派な文化で、現在こちらではピンからキリまでいろいろな按摩が街で提供されるのであるが、私がもっぱら珍重するのは「盲人按摩」と呼ばれるものだ。
「盲人按摩」とは言え必ずしも盲人の先生がやっているとは限らず、数ある按摩の中でもっとも医療に近いものにこの名称を用いているようである 。

本日は工場も公休日であったので夕方台湾人の友達と件の盲人按摩に赴いた 。
1時間40元(500円程度)でみっちりと揉み解してくれるこちらの按摩のありがたさは内地の整骨院などとは比較にならない 。
案内されるとまず端のほうに20センチほどの穴が開けてある按摩台にうつぶせになる。 
なぜ穴が開いているのかというと、うつ伏せになったときに顔が入るようにとの配慮で実に心地がよい 。
「我要按背(背中をお願いします)」と先生にお願いすると、先生はおもむろにもみだすのであるがこれが実に痛い。 

普段極道な行いをしているバチが相当たまっていると見えて、スジをペンチでネジ切られるような痛さが延々と続く 。
悶え苦しむ七転八倒の痛さであるが、生来アマノジャクな私は何があっても悲鳴などは上げたくない 。
キアイと根性で耐えるが、やがて「按摩を受けるコツ」というものが分かってくる 。
つまりは筋肉に力をかけるから痛いのであるって、できるだけ力を抜き身を任せるのが一番ラクなのである 
そういえば按摩の別の言い方で「放松(緩める、力を抜く)」という表現があるが、なるほどと思う。
が、痛いものは痛い 。
しばらくは地獄の20分が続き、大体そのあたりで揉み解されてきて楽になるか、または悲鳴を我慢するのに疲れて寝てしまうかのいずれかだ。 
終わると非常に背中が軽い 。
亀が甲羅を脱ぐと多分こういう心持になるのではないかと思う 。

1時間の按摩が終わり、台湾の友達にどうすると聞くと「加一個鐘OK?(もう1時間追加していいか?)」という 
どうやらここが相当お気に召したと見えて、今度はクビ周りを念入りにやってもらうのだという。 
では私もお付き合いするとして、ならば何をやってもらうか? 
私は困ったことに「身を挺してギャグを狙う」という習慣が徹底してしまっているので、普通の道と笑える道の両方がある場合迷わずヘラクレスの選択をしてしまうのである。 
どんなことができますかと聞くと、なんでも「火であぶったガラスの壷を押し付けて真空状態で悪い血を抜く」というのがあるらしい。 
たしか内地の整骨院でもそういうものがあると聞いたことがあり、家庭用に市販されているものも使ったことがあるので、早速これをお願いする。 

準備に少し手間取ったと見えて、5分くらい先生は席をはずす 。
「アルコールはないか?」 
「ライターはないか?」 
廊下からなにやら恐ろしげな内容の声が聞こえて来る 
やがて先生はガラスの壷がたくさん入ったかごをカチカチ鳴らしながら持って部屋に入ってくる 。
私はうつ伏せであるので周囲で何が展開されているのか見えないが、五感を研ぎ澄ましているとどうもブッソウな雰囲気である。 
アルコールランプにライターで点火する音が聞こえ、それで何かを燃やすような熱を背中に感じる。 
にわかに湯飲みのようなものを押し付けられるのを感じ、それが大変に熱いのに驚く 。
ガラスの壷自体が熱いのではなく、その中の空間がひどく熱いのだ 
もっともその熱さは一瞬でなくなり、今度は壷を当てられた背中の皮がものすごい力で吸い上げられるのが分かる。 

写真はイメージです

推測であるが、多分ガラスの壷の中にアルコールを微量たらしこんでこれに点火し、青い火がついたものをそのまま背中に押し付けているのではないだろうか 。
押し付けられた壷の火は一瞬で消え、今度は熱せられた空気が冷却されるに従いシャルル・ボイルの法則によって急激にその体積を減じ真空状態を作り出して背中の皮を吸い上げているのだと思う。 
昔日本で家庭用の健康吸盤を試したことがあるが、あれはチャチな手動空気ポンプで空気を抜く程度なのでたかが知れていた 。
が、今度のものはアルコールが燃焼する温度から摂氏30度に戻るときの強烈な減圧作用を利用しているのでその効果はすさまじい。 
しかもその次の動作が想像を絶するものであった 。
がっちりと食いついたガラスの壷を今度は前後に動かすのである。 
如何にツラの皮が厚い私とて背中の皮をヒン剥かれるような痛みは実に抵抗しがたい 。
必死で按摩台にしがみつき足をばたつかせるが、となりの台湾の友人は「何をそんなに大げさな」とばかりにからかってくる 。
何を言うか、うめき声を上げなかっただけでも評価してもらいたいものだ。 

次に先生は背中一面にガラスの壷をくっつけにかかる 。
熱いのと皮が引っ張られるのとで背中は大変なことになる。 
こちらでいまだにやっている拷問というものはおそらくこういうものではないかと思うがこれが健康によいことは大陸4千年の歴史が保証することであるので努めて耐え、15分ほどしてはずしてもらう 。
背中に甲羅ができたような感じになり背中一面がハレ上がって厚ぼったくなっているのが分かる 。
自分で背中は見えないが台湾の友人は「うわ、真っ黒だ!」という。 
普通経験から言って充血した場合の色は心電図の跡のように紫色と決まっている 。
然るに真っ黒とはなにごとか。 
どうもよほどタチの悪い血が集まっていたようだ。 

実にヒデエ目に会いながらも施術が終わって立ち上がると背中がウソのように軽い 。
背中の節々にたまっていた凝りが完全になくなっている。 
やはりこちらの按摩はすばらしい。 
今月に出張に来る会社のエライさんをぜひここにつれてきて、存分にヒデエ目に合わす、もとい、存分に大陸文化を堪能してもらおうと思うのである。

右利きなせいか右ばかり真っ黒になる

【追記とあとがき】
中国のマッサージはたいへんよいもので、向こうにいる間どれだけ通ったか分からないほどだ。
普通は背中を中心に全身を手でもみほぐしてもらうものが一般的だが、ちゃんとしたところだと他にもいろんなメニューを取り揃えていて、今回やった抜火缶は疲れがたまっているときには効果がてきめんだった。
筋肉の奥深くに滞留している血液を無理矢理に皮まで吸い上げてしまうので、なるほど疲れそのものがなくなるわけだ。

施術については概ね本文で書いた通りなのだが、まずはガラス瓶と皮膚との気密をよくするために皮膚に乳液を塗布し、アルコールを染み込ませた脱脂綿に火をつけガラス瓶の中に突っ込んでからすぐに皮膚に当てることで、真空効果によりものすごい吸引力が発生し、表皮と真皮とその裏側にある膠状質の層、つまり指でつまむとつまめる部分がメリメリと音を立ててガラス瓶に吸い込まれる。

さらに背骨の両側の筋肉に対しては、そうやって密着させたガラス瓶を上下にスライドさせるのだが、これは背中の皮をはがされるかというような目の覚める思いをする。
そして改めて背中一面に卵を産み付けられるようにガラス瓶をこれでもかと貼り付けられるのだけれど、そういえば熱帯のカエルでこんなのがいた気がする。
ちょっと身動きするだけでガラス瓶がにぎやかにカチカチ当たるので、なんだかパチンコ屋の看板になったようなもんだ。

そうして一定時間経過すると外してもらうのだが、外すときに空気が流入するブシッという音がする。
外してしばらくはなんだか背中全体が巨大なカサブタになったようでかゆみも感じることがあるが、施術直後は皮膚が痛んでいるので掻くのは厳禁、その日はできれば風呂にも入らないほうがいいらしい。
そうして背中でオセロでもやったかのような模様を背負って帰途につき、寝てよく朝起きると大変背中が軽いのを感じる。
この痕は2週間は消えないのだが、中国ではこれはごく普通に行われているのでプールに行くのをためらうようなことにはならないためほとんど気にしなかった。

向こうでは出張なんかで出かけるときはおおきな背嚢を背負って書類でもサンプルでも何でも担いでいったものだが、そのために背中は常に疲労していた。
その疲労がたまりすぎてどうにもならなくなった時に、これは大変ありがたいものだった。

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