企業情報の持ち出しリスク~企業が採るべき情報管理体制とは?~
1. はじめに
最近、従業員による営業秘密の持ち出しが、問題になっています。
報道によれば、先日も、国立研究開発法人で、外国籍の研究員が研究データを外国企業に漏洩した疑いがあるとして、不正競争防止法違反(営業秘密の開示)の疑いで逮捕されました。また、今年の4月には、大手商社の従業員が同業他社から転職する際に営業秘密を不正に持ち出したとして(不正競争防止法違反の疑い)、警察による捜査が行われているとのことです。
企業には、「研究データ」、「技術情報・ノウハウ」、「顧客情報」など、企業運営と密接にかかわる様々な情報(以下「企業情報」といいます。)がありますが、それらの企業情報の持ち出しが全て不正競争防止法で保護されるわけではありません。不正競争防止法で保護されるためには、企業情報が「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に該当する必要があります。つまり、企業としていくら「機密情報」だと思っていても、「営業秘密」に該当せず、不正競争防止法で保護されない場合があります。
企業情報が「営業秘密」に該当するために、特に重要となるのは、情報の管理体制です。そこで、この記事では、法律による「営業秘密」の保護の概要や、保護されるために必要となる条件などについて解説します。
2. 「営業秘密」として保護されるとはどういうことなのか?
例えば、次のようなケースについて、考えてみます。
この例の場合、企業情報が「営業秘密」に該当するか否かで、被害を受けた企業(甲)の救済手段に大きな違いが生まれます。
(1) 「営業秘密」として保護される場合
当該企業情報が「営業秘密」として保護される場合、A及び乙社は、次のとおり、不正競争防止法に違反する可能性があります。
【Aの行為について(企業情報の提供)】
Aに、不正な利益を得る目的(乙社へ不正な利益を得させる目的も含まれます。)、又は、甲社へ不当な損害を加える目的がある場合、Aの行為は、営業秘密の開示行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当します。
【乙社の行為について(企業情報の取得・利用)】
Aの行為が、営業秘密の不正な開示行為であることを知っていたか、又は、重大な過失により知らなかった場合、不正開示された営業秘密の悪意・重過失での取得・使用(不正競争防止法2条1項8号)に該当します。
甲社がA及び乙社に対し取りうる民事上の責任追及方法としては、行為の差止請求(同法3条1項)、損害賠償請求(同法4条)、謝罪広告などの信用回復措置請求(同法14条)が挙げられます。また、営業秘密の開示行為や取得・使用行為については、不正競争防止法で刑事罰も定められています(同法21条、同法22条)。
(2) 企業情報が「営業秘密」に該当しない場合
Aが持ち出した甲社の企業情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない場合であっても、A及び乙社の行為は、不法行為(民法709条)に該当する可能性があります。
ただし、民法の伝統的な理解によれば、不法行為の救済方法は、原則として損害賠償に限られるため、A及び乙社に対する責任追及に限界があります。
以上のとおり、企業情報が「営業秘密」として不正競争防止法で保護される場合には、被害企業の救済手段の選択の幅が広がるというメリットがあります。
3. 「営業秘密」として保護されるためには?
「営業秘密」として法的な保護の対象とされるためには、企業情報が、①秘密として管理され(秘密管理性)、②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であり(有用性)、③公然と知られていない(非公知性)ものである必要があります(不正競争防止法2条6項)。
そして、裁判で「営業秘密」の該当性が争われる場合、①秘密管理性が最も争点となり易い要件です。そこで、①秘密管理性が認められるためには、どのような点に注意すべきか、解説していきます。
(1) 必要な秘密管理の程度
①秘密管理性の要件が設けられている理由は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにあります。
このことから、経済産業省の指針[1]では、秘密管理性要件が満たされるためには、
営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、
当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある
とされています。その上で、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情に応じて、従業員がこれを一般的に、かつ容易に認識できる程度の管理体制を用意する必要がある、と説明されています。
(2) 管理方法の具体例
前記の指針では、典型的な秘密管理措置が紹介されています。ここでは、その一部を紹介します。
ア 紙媒体の場合
ファイルの利用等により一般情報からの合理的な区分を行ったうえで、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示する。
個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する。
イ 電子媒体の場合
記録媒体にマル秘表示を貼付する。
電子ファイル名・フォルダ名にマル秘を付記する。
営業秘密である電子ファイルを開いた場合に端末画面上にマル秘である旨が表示されるように、当該電子ファイルの電子データ上にマル秘を付記する。
営業秘密たる電子ファイルそのもの又は当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に要するパスワードを設定する。
記録媒体そのものに表示を付すことができない場合には、記録媒体を 保管するケース(CDケース等)や箱(部品等の収納ダンボール箱)に、マル秘表示を貼付する。
記録媒体そのものに表示を付すことができない場合には、記録媒体を 保管するケース(CDケース等)や箱(部品等の収納ダンボール箱)に、マル秘表示を貼付する。
4. コメント
企業経営には、従業員による企業情報の流出のリスクが常にあります。もちろん、企業情報の流出を未然に防止するために、定期的なモニタリングを行うことも重要です。
ただ、上記で解説したように、企業情報が「営業秘密」として不正競争防止法で保護されるか否かによって、実際に企業情報が持ち出された後にどうなるのか、が大きく変わってきます。企業秘密のうち秘密の管理性はもっとも争点になりやすく、また、実際の裁判においても管理状況については指針を踏まえ、厳格に検討される傾向にある印象です。
そのため、企業情報の流出を未然に防ぐことに着目するだけでなく、特に秘匿すべき情報については、実際に企業情報が持ち出された場合を想定して、経済産業省が公表しているガイドライン等を参考に、社内で行っている秘密管理措置が秘密管理性の要件を満たしているか否かの確認を徹底的に行うことも、企業の重要なリスクマネジメントといえます。
この他、事前の対策としては、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」[2]も参考にするとよいでしょう。このハンドブックでは、不正競争防止法に基づく営業秘密として法的保護を受けられる水準を越えて、秘密情報の漏えいを未然に防止するための様々な対策例が紹介されています。自社の就業規則や秘密保持誓約書等においてどの情報が秘密保持の対象となるか明示、特定した上で、従業員等との間でしっかりと確認しておくなどの対策を講じることで、不正競争防止法で保護されない企業情報の漏洩が問題になったとしても、契約に基づいて、損害賠償請求、漏洩を防ぐあるいはその悪化を防ぐための行為を強制することができる場合もあります。
[注釈]
[1] 経済産業省「営業秘密管理指針」最終改訂:平成31年1月23日
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf
[2] 経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」最終改訂:令和4年5月https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf
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