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『塔』2024年5月号より②

『塔』2024年5月号から、気になった歌をあげて感想を書きました。
(敬称略)


夜の闇へ豆を撒きをり「鬼は外」言ふたび口から鬼が出でゆく
/伊東文 

p71

・「鬼は外」と言うたびに「鬼」という声が夜の闇にばらまかれるのだ。
そんなユーモアの歌と読んだ。
「心の中に棲む鬼」と捉えることもできるが、そのまま楽しい歌として読んだほうが味わえる気がする。


暗闇に鍵をさすとき耳もとであなたひとりにうちあけるとき
/小田桐夕 

p72

・二つの行為が提示されているだけで一首が構成されている。
この二つの行為が似ていると感じたのだろう。
官能的な雰囲気を持つ一首。


風が髪を巻き上げるとき憎しみの姿になっているだろうわたし
/黒沢梓 

p73

・顔面に強風が吹きつけてオールバックのようになってしまっているのだろう。
「憎しみの姿」という表現が個性的だ。ユーモラスな歌のようでもあるが、作者の中に潜んでいる憎しみの心が、この一首に反映されているのかもしれない。


語尾長き能登のことばが耳に立つ輪島に求めしブローチにぎれば
/嶋寺洋子 

p74

・被災地である輪島でかつて買ったブローチ。
それを見て輪島の知人の方言のイントネーションを思い出している。
被災された方々に心を寄せる歌は多く見られるが、この上句のように具体があると、読んだときに心に響く。「耳に立つ」もいい。


簡明な生にてあらむかさこそと落ち葉のあひに動くシロハラ
/竹下文子 

p75

・渡り鳥であるシロハラは木の葉をひっくり返して、その裏に潜む昆虫を捕食する。
初句二句が印象的で、二句切れの調べも魅力的な一首。「簡明」と「かさこそと」と頭韻を踏んでいるk音が効いているのかもしれない。


目標は何にしようか気比神宮の錆朱の色の鳥居を見上ぐ
/田口朝子 

p90


・気比神宮は福井県敦賀市にあり、木造の大鳥居で有名な神社。
作者は初詣に出掛けたのだろう。
その大鳥居を見上げながら、本殿で何を祈願しようかと考える。
初句二句の口語のリラックスした感じがいい。
大鳥居から本殿までの作者の足どりや敷地内の地形も想像できて趣のある一首である。


思い出づ大震災に娘(こ)は言いき「馬に乗ってるみたいだった」と
/田中稔子 

p114

・作者は兵庫県在住であるから、阪神大震災の話だろう。
「馬に乗ってるみたいだった」というのは普通に想像できる範囲を超えている。
それほど大きな揺れだったのだろう。


言いそびれしままの五文字を言ってみる遺影の父のかすかなる笑み
/加藤𣳾代 

p145

・「言いそびれしままの五文字」とは何だろう。「ありがとう」だろうか。
父に伝えられなかった言葉が作者の胸に今なお残り続けている。


コツコツとヒールの音立て今我を抜き去りゆくは若き日の吾
/亘ゆり 

p152

・歳を重ねた作者の歩みを颯爽と追い抜いてゆく女性に、若き日の自身の姿を重ねている。
作者の実感が籠り心に響く一首だ。
上句のカタカナ表記や、「我」と「吾」という二つの「われ」を使い分けているなど、表現上の工夫にも注目した。


思想より詩を遠くへと旅立たせゆく水鳥よ裸形つめたし
/後藤英治 

p168

・美しい表現で詠まれており、句またがりをともなった韻律も魅力的。
そして結句が一首を引き締めている。
これは痺れる一首だ。


糸くずと思えば尺をとりはじめ逃げてゆきたり2㎝(センチ)の虫
/中山惠子 

p77

尺取りの子のうすみどりふよふよと縮んで伸びる白紙(しらかみ)の上
/森川たみ子 

p178


・おそらくこの2首は1月に永田和宏さん宅で行われた再校のときの場面を詠まれたもので、そのとき私もテーブルに居合わせたのだった。
大きな木のテーブルの上を尺取虫が進みはじめて可愛かった。
皆さん素知らぬ顔でしっかり歌にしているところが歌人である。

ちなみに私も詠みました。

秒ごとにΩ(オメガ)となりて木の卓をすすみゆきたり尺取り虫は/浅野馨

しかし、Ωがあまりにもありそうだったのでボツにしたのでした。


今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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