2022年2月25日に思うこと

こんばんは。今日は話が暗くなってしまいます…。
綴りたいことは、ウクライナの今を知って思うことと、自分の夢のこと。
noteでは、読んでくださる方がいたら、少しでも前向きになる内容を綴っていきたいと思っていたけど、今ばかりは…。
乃木坂46の「シンクロニシティ」ではないですが、悲しみを抱いているたくさんの人たちの涙を、少しでも自分ももらうことができたらという気持ちです。ただただ怖い。戦争反対。世界に平和な未来を。

昨日、衝撃的なニュースを知ってからは、ぼんやりと過ごしてしまいました。ルーティンにしていた社労士の資格試験の勉強も、1日にコーヒーを3倍飲むことも、できなかった。次々に流れてくる情報に目が離せなくなってしまいました。

「有事のときは情報が錯そうする。デマが流れる」
「どんな情報も冷静に読み取る」
なんて、大学生のとき、メディアリテラシーの講義を受けたような気がするけど、冷静にって言葉が頭では浮かんでも、心はもの凄くざわめいてしまうし、涙がこぼれてしまう。(でも、これが正直な反応で、こうなって当然のことのようにも思うし、この気持ちとかは忘れちゃいけない気がしています。)

なんでこんなことに?
これからどうなるの?
どうしたらいいの?

無知で無能な私は、大昔からのあらゆることが重なって、時代の流れの中で同じ人間が生んでしまった戦争なのだと理解することで精一杯。誰がどう止めることができたのか、なんて、考えてしまうけど、じゃあ、一体、自分はこれまで平和のために何かしてきたのか?って問われると、8月の終戦記念日近くに戦争の本を読んで、平和が大切と思うくらいで、具体的なアクションをしたことはないなと。

平和が大切って、SNSで発信するのも、何か胡散臭いかなと思ってしまって、避けてきたけど、こうやって気持ちを綴ったり、家族と話したりして、考えを共有していくことが(読んでくださっている方がいたら、本当にありがとうございます)、小さいながも、平和を築いてく一歩になるのかなと、思い始めているところです。

平和な社会で生きれるって当たり前だと思っていたけど、全然そうじゃなくて、平和って、誰かによろしくって、任せるのではなくて、地道に地道に、ちゃんと自分でも築いていくのもなのかもしれないなとも、思ったり。

話は変わりますが、、なぜ、今、社労士の資格試験に挑戦しているのか理由を綴ります。それは、こんな自分でも、困っている人の力になれるかもしれないと思ったから。新卒から営業(MRという仕事)をしているのですが、いつからか、もっと直接、患者さんのためになれないかと考えるようになっていました。偶然、通っている病院で「社労士相談会」の張り紙を見て、コレダ!と当てにならない直感があって、そのときから、入院することになってしまった人の力になれる社労士になることを目指しています。

突然に自分の夢の話になった挙げ句、何か特別な理由がある訳でもなくて申し訳ないのですが、どんなに小さなことでもいいから、自分のためだけじゃなくて、誰かのためになれることをしようって本気で思い合える社会が平和と呼べるのかなとも思ったりしてます。

そして、その誰かのためにって心から思う気持ちが愛と呼べるのかなとも。

平和ボケしてると言われる世代育ちだから、そんなことが言えるんだって思われてしまいそうだし、そうなのかもしれないけど、、。

歌でもよく耳にするフレーズで、当たり前にみんなが大切にしていると信じきっていたけれど、愛と平和ってかけがえのないもの。愛をもって、未来の平和を願って、微力というか無力かもしれないけど、今を生きてる一人の人として、できることをしたい。しなきゃいけない時なんだ。

戦争反対。

気持ちが落ち着かなくて、とんでもなく乱筆乱文になりました。最後まで読んでくだったら、本当に、ありがとうございます。


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